第73話

『Aブロック決勝、母大とジャスハイの戦いが、いま始まりました! いまや母大のエースともいえるボーンデッド、メンバーを引き連れて進軍しています!』



 コクピットの魔送モニターには、1機のゴーレムを先頭とし、二列に並んだメルカヴァたちの隊列が映っていた。


 こうしてゲームみたいな神の視点で見下ろせるものいいんだが、できれば相手の状況を中継してほしいんだよなぁ……。


 でも、ないものねだりをしてもしょうがない。

 俺は赤点だけの動体レーダーを頼りに、敵の様子をさぐった。


 数キロ先にある、ジャスティスナイツハイスクールの拠点。

 そこには連なって移動する、4つのホタルが瞬いていた。


 さすが人馬ケンタウロスタイプのメルカヴァだけあって、かなりのスピードだ。

 しかし、同じ高機動力でも『聖ローリング学園』のヤツらとは違い、散開しての索敵ではなく、全機が一列に連なって行動していた。


 間違いなく、コッチの『落とし穴作戦』を警戒してのことだろう。

 ひとつに固まっていれば、索敵範囲は狭くなってしまうが、個別撃破されることはない。


 たとえ先頭のヤツが落とし穴に落ちたところで、味方の援護で助けることができるからな。


 しかし……その対策はコッチでも予想済みだ。

 裏をかく新作戦があるから、うまくハマれば一気にケリをつけられるかもしれねぇ。


 俺はヤツらの動きを凝視して、動きのパターンを分析する。



『コッチ ダ』



 早足で移動する俺に、文句ひとつ言わずついてくる部員たち。

 俺の移動先予想も、もう誰もケチをつけない。


 しかしそうじゃなきゃ困る。新作戦はスピードが生命だからな。

 相手はひとカタマリになっているとはいえ、穴は4つ以上掘らなきゃいけねぇんだ。


 具体的にいうとこうだ。


 まず、一部を残して円を描くように、大きな落とし穴を掘る。


 この残っているところから、敵の一団を中に入れる。


 そして、カリーフの石化魔法で、出口を塞ぐ……!


 こうなりゃもう、敵は池の中の鯉といっしょだ。


 石化したカリーフはかなり強靭だから、倒して突破される可能性は低い。

 それに落とし穴は大きいから、まわりを飛び越えて逃げられることもない。


 あとはアンブッシュしていたサイラ、ラビア、シターが出ていって……妨害されることもない状況で、『地震陥没埋葬コンボ』をキメてやればいい。


 ……いちばんの問題なのは、この広大なフィールドで、そんな都合よく誘い込めるかということだ。


 普通のヤツなら不可能だと喚くだろうが、俺にとっては小学生の相手をしているプロ棋士と同じ……。

 投了までの全手は、すでに頭のなかにできあがっているんだ……!


 俺の役目としては、敵の来る場所を予測するだけ。

 そうすればあとは、部員たちがやってくれる。


 さんざんやってきた練習どおりで、ヘマをしなけりゃな……!


 俺は隠れるのにちょうどいい茂みに面した草原を、トラップポイントに選んだ。


 馬にだと飛び越えられるかもしれねぇから、いつもより大きめの穴をシターの陥没魔法で作ったあと、カモフラージュ用の草木を覆い隠す。


 落とし穴づくりの練習もさんざんやって来たから、慣れたもんだ。

 こんな土木作業みたいなことをやるメルカヴァ部なんて、他には無いそうだがな。


 とっとと森に隠れ、来るまでのヒマつぶしをする。

 部員どもはこの前はふざけて遊んでたってのに、ブロック決勝ともなるとさすがに緊張しているのか、言葉もほとんど交わさない。


 まるで木になってしまったかのように立ち尽くし、落とし穴の行く末をじーっと見守っている。

 俺はノンビリと、魔送テレビを眺めていた。



『おおっ! 母大は前回の聖ローとの戦いに続き、落とし穴作戦のようです! ヴェトヴァさん、これをどうごらんになりますか!?』



『ンッフッフッフッフッ……! あまりにも愚かという他ありません……! 前回の中継を、ジャスハイが研究していないわけがありませんから、この手は通用しない……! あっさりと落とし穴がバレて、徒労に終わる未来が見えるようです……!』



『たしかにジャスハイは、武器である騎乗槍ランスを地面に突き立て、落とし穴がないか確認しながら進んでいますね!』



 ここでようやく、中継がジャスハイ陣営に移った。

 メリーゴーラウンドにありそうな、エナメルホワイトの馬に身体がついたようなメルカヴァが、ザクザクと地面を掘り返しながら進んでいる。


 一見、のどかに遊んでいるように見えなくもない。

 が、サイズ的には重機みてぇなもんだから、ヤツらが通った後の道は巨大モグラが暴れたみてぇにボコボコになっていた。


 しっかし……デケェなぁ……。

 人間サイズに例えるなら、俺らは生身の身体で、馬と喧嘩しているようなもんだ。


 知能も馬並みだったら助かるんだが……中身は名門のお嬢様学校らしい。

 ちなみに勉強勝負では相手にもならないとシターが言っていた。


 素手の殴り合いならどうだとラビアが息巻いていたが、彼女らは武道でも全国一位を取るほどなんだそうだ。


 ならダンスなら!? とサイラが踊りながら言っていたが、芸術でも他校の追随を許さないほどらしい。


 最後にカリーフが提案した、『雪だるま作り勝負』くらいなら勝てるかも、とのこと。


 ようは、何もかも負けてるってことだ。


 だが……雪あそび以外でも勝てることがあるってことを、俺はコイツらに教えてやるつもりだ。


 ヤツらは対策を練っているとはえ、やはり、強豪校ならではの驕りのようなものがあるに違いない。


 ほんのわずかかもしれねぇ……だが人間である以上、油断というものは確実に存在する……!


 それは敵を観察し、分析し、理解することで、初めてわかるようになる。

 しかもそういう情報は戦いの中だけじゃない、むしろ外に転がっているものなんだ。


 俺は部員たちに、ジャスハイの試合の動画だけでなく、彼女らのファンクラブの動画なども観るようにさせた。


 趣味や、好きな食べ物、言葉遣い……パイロットがどういう人間なのかを、頭に叩き込ませたんだ。

 すると、あるお嬢様なんかは家を出るとき必ず左足から、というのがわかった。


 もしやと思って試合の動画を見返してみたら、案の定……そのお嬢様は、かならず左足から飛び出していたんだ。

 最初の踏み足が相手にバレバレというのは、格闘戦においては致命的な弱点となる。


 そこを狙ってローキックを放ってやれば、俺であれば脚をまるごともぎ取れる。

 そこまでは無理でも、出鼻をくじくことくらいはできるんだ。


 そして臆するんだ。

 癖を読まれただけなのに、なんて超人的な反応なんだ、と……!


 そして誤解するんだ。

 こちらの行動は、すべて読まれているのではないか、と……!


 そして最後には、誤った選択をしてしまう。

 いつもと同じ攻撃パターンは、コイツには通用しない、と……!


 そうなればもう、どんな強敵だって恐れることはねぇ。

 利き手じゃないほうで殴ってくるようなヤツなんて、怖くもなんともねぇからな。


 そう……!

 大番狂わせジャイアント・キリングを偶然だなんて思ってるヤツは、永遠に一流どまり……!


 狙って巨人殺しジャイアント・キリングを起こせるヤツこそが、超一流になれるんだ……!


 サイラ、ラビア、カリーフ、シター……!

 それを今から、お前らに身をもって体験させてやる……!


 この、俺がな……!



『ああーっとぉ!? 母大が隠れている森まで、あと100メートルというところまで、ジャスハイが近づきました! こ、これは……すごい偶然!? いや、必然でしょうか!? まるで排水口に吸い込まれる水のように、近づいていっています!』

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