第69話

 ダメージを受けたハリネズミのように四散する、金属の輪っか。

 自転車のリムのように転がったあと、瓦礫の山へと消えていく。


 自慢のゾウさんのお鼻を、天狗のようにへし折られたチャンプ。

 先がほつれ、短くなった先っちょだけがプラプラと揺れている。


 ブツブツだらけの汚い団子っ鼻のパイロットは、最初は呆気に取られていたが、すぐにメーターがあがるような勢いで、顔を真っ赤にすると、



『おいっ!? どういうことだこれはっ!? チャンプの鼻は、ワシが調達してきた軍事パーツの払い下げで作ったのではなかったのかっ!? まさか、ちょろまかしたというのかっ!? アレは世代落ちだというのに、高かったんだぞっ!?』



 俺の肩越しに、高台にいる技術者に向かって怒鳴りはじめた。

 両手をブンブン振って、あとずさる技術者たち。



「そ、そんなっ!? 社長、チャンプのロングノーズは、たしかに軍事用のメルカヴァのパーツで作りました!」



「三世代前のヤツでしたが、強度は折り紙つきのはず……!? それなのに、あそこまでバラバラになるだなんて……!」



「どうしてだ!? ボーンデッドは岩石乙女のキャプテン機、『ドルスコスOLV』のベアハッグを受けた時に、手も足も出なかったじゃないか!」



「ああ、そうだ! ドルスコスの腕が、勝手に自壊したんだ……! チャンプのロングノーズはその倍以上の強度と、パワーを誇るってのに……!」



「だったら……設計ミスしか考えられないじゃないか!」



「いや、そんな……! 何度もテストしたんだぞ!?」



 技術者たちは輪になって、原因をあーでもないこーでもないと話しあっている。

 すぐそばにいたオバサン従業員が、見かねたように割って入った。



「……ちょっとちょっとアンタたち!? なに言ってんのよ!? 設計云々よりも、軍事用パーツを一般のメルカヴァに使うのは、法律違反でしょうが!?」



「いや、だって……社長が持ってきて、コレを使え、って言うから……」



「そこはホイホイ使うんじゃなくて、止めなきゃダメでしょ!?」



「いや、だって……軍事用パーツなんて初めてだから、扱ってみたいな、なんて……」



「バッカねぇ! バレたらどうするつもりよ!? 設計者が捕まっちゃうのよ!?」



「いや、それは……役人に袖の下を渡すから、バレても大事にはならない、って社長が……」



「ああもう、メカオタクって、どこまでバカなの!? いい加減、あのハゲデブのやり口ってのを学びなさいよ! あのハゲデブは軍事用パーツを使っていることがバレたら、自分は知らなかったとシラを切り通して、アンタたちに罪をなすりつけるつもりなのよ!?」



 俺の正面で、『グフフ……』と嫌らしい笑いが漏れた。



『よく気づいたなぁ……! さすがはこの工場きっての、妖怪おつぼねババアだけある……!』



「ハン! その妖怪を、若い頃さんざんオモチャにしてポイ捨てしたくせに、なに言ってんだい、この妖怪タヌキオヤジ! 腐れきったヘドロみたいな欲にまみれて、腹ぁパンパンにしてんじゃないよっ! ……おいボーンデッド! もう遠慮はいらないよ! さっさとやっちまいな!」



 姐さんのような威勢のいい掛け声が、背後から届く。


 ……いや、だから……俺はお前らのモメごとを晴らすために、ここに来たわけじゃねぇんだけどなぁ……。


 ハゲデブはすでに鼻を失ったショックから立ち直り、後ろ足で砂けりをしていた。

 ……次になにをしようとしてるのか、バレバレじゃねぇか。



『グフフフ……! 設計ミスに助けられたからといって、調子に乗るなよボーンデッド……! ロングノーズは前菜にすぎん……! チャンプの本当の怖さ、思い知らせてやる……!』



 どーせ次は体当たりだろ? と思っていたら、



「で……出るぞっ! チャンプ最大の必殺技……『ダイナマイト・タックル』が……!」



「くらったら最後……! 爆弾ダイナマイトを受けたみたいに吹っ飛ばされて……バラバラになるんだ……!」



「テストで、警備用メルカヴァ軍団を一撃で全滅させたっていう、アレか……!」



 どうやら、そのものズバリの技のようだ。

 俺の胸の内からも、鬼気迫る声がたちのぼる。



『に、逃げるんだ、ボーンデッド……! 「ダイナマイト・タックル」だけは、いくらお前でもどうしようもない……! あの技は、それほどまでに規格外なんだ……! 例えるなら工事用の鉄球で、ボーリングをやるようなもの……!』



 警備長の鋭い顔に戻った彼女を、俺は背後にかばう。



『ハナレ テロ』



『お、おい、ボーンデッド! ムチャだ! やめておけ! くらったら吹っ飛ばされるだけじゃないんだぞ……!? グシャグシャに潰されてしまう……!』



 続けざまに、がしっと背後から掴んでくる女警備長。



『やめろ、やめるんだ……! お、お願いだから、やめて……! 私、あなたを失いたくない……! 私といっしょに、逃げて……!』



 ……うーん、この警備長サン、計算なのか? それともマジの天然なのか?



『がっはっはっはっ! またしてもでかしたぞ! 警備長! そのままボーンデッドを押さえていろっ! 二機とも仲良く、あの世に送ってやるっ……! いくぞぉっ!!』



 次の瞬間、突風がおこった。



 ……ゴオッ!!



 後脚で蹴り出されたチャンプは、ダンプトラックが突っ込んでくるようなプレッシャーで迫ってくる。



『これで終わりだっ! ボーンデッドぉ!! ダイナマイトぉ、タァァァァーーー!!!』



 俺は唾まみれのフェイスを拒むようにマニュピレーターをかざし、かるく扇ぐように動かした。



 ……ドッ……!!



 突如おこる、横殴りの暴風。

 空気砲のようなそれは、鋼鉄の象の胴体を狙い撃ちにする。



 ……ベコンッ!!



 ベニヤ板のように凹むボディ。描かれていたハゲデブの顔もひしゃげる。



『ァァァァァァァァァァァァーーーーーーーー……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?』



 コクピットが大きく傾いて、ヤツもようやく気づいたようだ。


 駅のホームでノンストップの急行が通り過ぎていくような感覚を、機体の側面で感じる。

 窓からの、乗客の視線までもがあるかのように。


 驚愕に歪む暑苦しい顔が、俺を睨みつけながらすぐ横をく。

 それは、ロケットに詰め込まれて、追放される囚人のような……永久の罪深さを感じさせた。



 ……ズドガッ……シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!



 特急が横転したかのような轟音が、背後でおこる。

 バックカメラで確認すると、ヤツは頭のネジが外れたアザラシみてぇに、瓦礫をブッ崩しながら地面を滑っていた。


 やれやれ……コッチは一歩も動いていないってのに、アッチはえらいはしゃぎようだな。


 俺は突進してくるチャンプに対し、手で扇いでやっただけだ。

 まあそれで、『ウインドアーム』を使ってやったんだが。


 突風で胴体を押して、狙いがそれるように横に倒してやったんだ。

 『ハリケーンアーム』じゃねぇから、丸ごと吹っ飛ばすようなことは無理だが……ピンポイントで当ててやれば、突っ込んでくるヤツの軌道くらいなら簡単に変えられる。



『どっ……どういうことだっ!? 突然倒れたぞっ!? おいっ!? 起き上がれないぞっ!? おおい! 誰か! 誰かぁーっ!?』



 そして予想どおり、倒れたチャンプは起き上がれずにもがいていた。

 岩石乙女のヤツらが2足のメルカヴァだってのに起き上がれないから、4足だとなおのことだと思ったんだ。



「しゃ、社長っ!? チャンプは倒れることを想定してませんから、自力では起き上がる機構がついていません! クレーンで吊り上げるか、他のメルカヴァに助けてもらわないと……ああっ!?」



 技術者は途中で言葉を詰まらせ、顔をこわばらせた。

 ……いや、その場にいた全ての者に、緊張が走っていたはずだ。


 倒れたチャンプのコクピットのすぐ側に、黒いボーンデッドが立っていたんだからな……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る