第68話

 海底に走る光ファイバーみてぇなぶっとい金属の蛇腹。

 顔めがけて飛んできた巨人の鞭のような一撃を、ボーンデッドはかざした手のひらで、遮るように受け止めていた。


 「なっ……!?」と、ギョロリと目を剥くハゲデブ。


 「ええっ……!?」と、乙女のように息を飲む警備長。


 従業員の中にいる技術者たちが指さし、口々に叫んでいた。



「ちゃ……チャンプのノーズ・ウイップを受け止めたぞ……!?」



「おい、マジかよっ!? 重量級のメルカヴァでも紙みたいに吹っ飛ばす威力があるんだぞっ!? それなのに、びくともしないだなんて……!?」



「ノーズ・ウイップはボーンデッドの重量とパワーを予測し、それを遥かに上回るように設計したんだぞ!? なのにどうして!?」



 その疑問に、俺はコクピットの中から答えてやる。



「悪ぃな……いまのボーンデッドのボディカラーは、あいにく赤……! 赤は、すべてを3倍にする……! どうやらお前らの予測をさらに上回っちまったようだ……! だから今の俺にとっちゃ……こんな攻撃、スプリングのオモチャでしかねぇんだ……!」



 この声はもちろん外には聞こえていない。スピーカーユニットをオフにしてあるからな。

 だがまるで反論するかのように、ある技術者が声を大にして言った。



「だ、だが……! ボーンデッドは未知のメルカ……いや、ゴーレム! ノーズ・ウイップが不発になるだなんて、ありえないトラブルだと思っていたが……こんなこともあろうかと、ちゃんと対策は練ってあるんだ……! それが、技術者というもの……!」



 そのあとを、嫌らしい含み笑いとともにハゲデブが引き継ぐ。



「グフフ……そうだぁ! でかしたぞ、ゴミどもっ! ボーンデッドよ、偶然に攻撃を止めたくらいで、いい気になるなよっ! ……これでもくらえっ!」



 気持ちの悪いフェイスが、コクピットにあるレバーをグイッと倒した瞬間、鉄の蛇腹がまさに大蛇のようにうねり、俺と警備長の機体に巻き付いてきた。



「がははっ! どうだっ! これが、ノーズ・バインド! この攻撃からは、逃れられまいっ!」



 俺は高笑いを黙殺しつつ、同じ輪の中にいる警備長を胸に抱き寄せた。

 もちろんパイロットの身体じゃなくて、機体のほうだ。


 なぜそうしたかっていうと、このあと間違いなく締め上げてくると思ったから。



『ぼ、ボーンデッド……?』



 俺の腕の中でフェイスごし、さらにメガネごしにある瞳をぱちぱちさせる警備長。

 彼女はなんだか不安そうだったので、落ち着かせるためにメッセージを送ってやった。



『シンパイ スルナ』



『オマエノ コトハ』



『オレガ マモル』



 警備長は瞬きをやめ、キラキラした瞳をことさら大きく見開いたかと思うと、



『わ、私を、守ってくれるの……? 』



 まだ疑っているかのような言葉を紡ぎ出す。

 俺と対峙していた時の勇ましさは欠片もなく、少女のような声で。


 なんだ、まだ不安がってるのか……。

 さっきまで喧嘩上等だったクセして、以外と気が小せぇんだなぁ……。


 俺はさらに、メッセージを送信。



『アンシン シロ』



『ナニガ アッテモ』



『ズット マモル』



 するとなぜか、彼女の頬がバラ色に染まった。

 そして感極まったように、ひしっと抱きついてくる。



『は、はいっ……! わ、私のこと……ずっとずっと、守ってくださいっ……!』



 なにをそんなに感激したかは知らんが、こうやって抱きついてくれるほうが、拘束攻撃からは守りやすくていい。



 ……ブィィィィィィィーーーーーンッ!!



 チェーンソーが回転するような耳障りな音とともに、鉄の大蛇が震えだす。

 同時に、ギリギリと機体に食い込んできた。



「で……出たぁっ! 『ゼゲロ・ザ・チャンプ』、幻の三段攻撃っ!」



「ノーズ・ウイップからのノーズ・バインド、そこからさらに締め上げる、ノーズ・チョーカー!」



「あのチョーカーは、ボーンデッドが『女子校対抗メルカバトル』で、岩石乙女のキャプテンから受けていた必殺技、『ロック・ヤンカー』を参考にして作ったんだ!」



「でも、威力は『ロック・ヤンカー』の倍以上……! 実験では岩どころか、鉄柱すら空き缶みたいにクシャクシャにしたんだぞ!」



「……ねえ、アンタたち技術者って、ボーンデッドの味方なの? それとも敵なの?」



「うっ……! クビになった以上、もちろんボーンデッドの味方さ!」



「でも、ボーンデッドがやられて、なんだか嬉しそうな……」



「だ、だって、しょうがないじゃないか! 自分たちが設計したメルカヴァが活躍してるんだぞ!?」



「そ、そうそう! それにボーンデッドには気の毒だけど、ああなったらもうオシマイなんだよ! だから、いまさらボーンデッドを応援しても……」



「ふうん、そう。だからそうやって、自分たちがアレを作ったんだって社長にアピールしてるのね」



 内輪モメをはじめる従業員たち。

 その間にも『ノーズ・チョーカー』とやらはさらにきつく締め上げてきて、ギリギリ、ビキビキと軋むような音をたてはじめた。



『うううっ……! ボーンデッド……! ボーンデッドぉ……!』



 警備長はその音に、すっかり怯えている。

 雷を怖がる子供みたいに、フェイスごしの顔とメルカヴァの顔を、揃ってイヤイヤと左右に振っていた。


 そのリアクションに気をよくするハゲデブ。



『がははははっ! どうだぁ、じわじわと潰されていく様は!? このままコクピットごと、鉄の箱に閉じ込めて、一生出られなくしてやるわっ!』



 ヤツはきっと、自分の思い通りにならない男女を自動車に乗せたまま、粉砕機にかけているマフィアのボスのような気分でいるに違いない。


 これが映画だとして、車の中にいるのが脇役だったら、ヒビの入ったフロントガラスを血まみれにしながら死んでいくことだろう。


 もし主役だったら、華麗に脱出、もしくは助けに駆けつけた味方に助けられる……とかだろうか。


 そして、ボーンデッドの場合は……どうするのが最善なのかね?


 相手がブソンの時は、女子高生のベアハッグなんて一生に一度あるかないかの貴重な体験だったから、されるがままになってたけど……。


 こんなクソオヤジの抱擁なんて、たとえメルカヴァごしであってもご免だよなぁ……。

 まあ、警備長がいるからプラマイゼロにはなっているが……。


 ちなみに警備長といっても、そんなに歳はとっていない。

 部下の警備員たちよりもずっと若くて、『オバサン』というよりまだ『お姉さん』でも通用しそうな見た目だ。


 例えるなら、そう……あの解説、ヴェトヴァぐらいの年の頃だろうか。



 ……ミギギギギギギッ! ビチビチビチィィィッ!



 あ、なんてこと考えてるうちに、ヤバい音になってきた。

 んじゃ、そろそろやるとするか。


 俺は警備長のメルカヴァの背中に回していた手を、ガッツポーズするようにガバッと開いた。



 ……ググググッ……! 



 すると、拘束が緩み、



 バッ……キィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 もはや限界だったのか、鉄の大蛇はバラバラのパーツとなって弾け飛んだ。


 ……あぶねぇあぶねぇ、ギリギリだったか。

 ブソンの時と同じように、何もしねぇうちに壊しちまうところだった。


 今回だけは……やっぱりちゃんと『ブッ壊して』やらなきゃ、気がすまねぇもんな……!

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