第63話

 それは、ボーンデッドにとっての久々の蹴りだった。



 ……ドオンッ……!!



 暴走列車のようなつま先が、シャッタードアを吹き飛ばす。

 そのまま蹴り上げると、オモチャの人形の家のように、屋根ごと高く舞い上がった。



 ……ウワァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?



 扉のそばにいた作業員が、絶叫とともにポップコーンのように弾け飛ぶ。


 それは漫画やアニメなどで、ヒロインの制裁を受けた主人公が大空に消えていくシーンを彷彿とさせた。


 しかし次の瞬間、俺は少しだけ我に返る。

 ソイツらが地面に叩きつけられる前に、手のひらで受け止めてやった。


 よく考えたら、コイツらはそこまで悪いわけじゃねぇんだ。

 殺すのはちょっとやりすぎだろう。ケガくらいはさせちまうかもしれねぇけど。


 水をすくいあげるような両手の上には、すっかり混乱している作業員たち。

 無理もねぇか、仕事してたらいきなり工場がブッ壊されて、気づいたら真っ黒いゴーレムの手のひらの上だもんな。



「わあっ!? 黒いボーンデッド……黒ボンがいるぞっ!?」



「なんで、なんでこんなところに黒ボンがいるんだっ!? それも作りものじゃなくて、本物のゴーレムじゃないか!」



「プロモーションよ! プロモーション用に作られたやつなんだわ!」



「そうなのか!? でもプロモ用ならなんで俺たちを襲うんだよっ!? いくら黒ボンが闇落ちした設定だからって……!」



「そ、そう言われてみれば……! ま、まさか……まさか本当に実在する、黒いボーンデッドなの……!?」



 俺の掌中で、人さらいの正体に気づいた子供のように、ハッとする作業員たち。

 怯えるように身を寄せ合いはじめた彼らに向かって、俺は新聞を切り貼りしたようなメッセージを投げかける。



『オレノ グッズ』



『カッテニ ツクルナ』



『コレハ テンバツ』



『サッサト ニゲロ』



 浮かび上がる文字たちを、神の宣告のように見つめる大きな子供たち。


 ……通じたかどうかはわからねぇけど、警告としてはこれでいいだろう。


 俺は作業の邪魔にならないようにと、人質を敷地の隅っこのほうに降ろして解放してやったあと、破壊工作に戻った。


 背中からすがってくる「やめてくれーっ! 黒ボーン!」という懇願を無視して、半壊の工場めがけ、再びサッカーボールキックを放つ。



 ……ズドォォォーーーンッ!!



 地雷が作動したような爆音とともに、打ち上がるベルトコンベア。

 ベルトに乗って運ばれている真っ最中だった、祭りの屋台で売られているようなお面が、散りゆく桜のように舞い散る。


 花の嵐を踏み越え、ズシン、ズシンとさらに奥に進むボーンデッド。

 周囲には、悲鳴とともに逃げ惑う、藻みてぇな色の作業服の人間ども。


 パニック映画のように行き交う人混みの中をかきわけ、紺色の制服のオッサンたちがわらわらと出てきた。



 ……ピピィーッ!



 オッサン軍団は首から下げていた笛を吹き鳴らすと、ショボい警棒をビシッと突き付けてくる。

 どうやら、この工場の警備員のようだ。



「おいっ! 黒ボン! 大人しくしろっ! これ以上暴れると、破壊するぞっ!」



 俺は返事のかわりに、片手をかざした。



 ……ゴッ!!



「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?!?」



 見えないダンプトラックがぶつかってきたみたいに、身体をくの字に曲げて一斉に吹っ飛んでいく、働くオッサン軍団。


 いまのは『ウインドアーム』の出力を上げたものを、一瞬だけ放出するという小技。


 こうすると人間くらいの重量であれば、簡単に吹っ飛ばすことができるんだ。

 パソコンの中にサッとひと吹きして、チリを飛ばすエアダスターのようにな。


 警備員たちが後ろでんぐり返しを繰り返しながら、ゴロゴロと工場の外へと転がり出る。

 総員を強制退去させたのを確認した俺は、工場内の中心にある、大黒柱のような鉄柱を両腕で抱え込んだ。


 ストレッチするように腰を捻るだけで、



 ……ビキビキビキィッ……!!



 コンクリートの床から引っこ抜ける。


 その柱を使って天井を蜘蛛の巣のごとく払うと、鉄の屋根板がバラバラと降ってきた。

 巨人のメンコ遊びみたいにズシン、ズシンと地を揺らす衝撃とともに叩きつけられる。



「わっ……!? わああっ!?」



「く、崩れる!? 崩れるぞっ!?」



「あ、危ないっ! 離れろ、離れろぉぉぉぉーーーーーーーっ!?」



 警備員たちは腰が抜けて立てないのか、ほうほうの体で安全圏まで這い逃げていく。



 ……ガラガラガラガラ……ガッシャァァァァァァーーーーンッ!!



 直後、工場はビル爆破のように垂直に崩れ、瓦礫の山と化した。

 俺は生き埋めになってしまったが、顔にたかるハエを払うほどの平易さで押しのけ、外に出る。


 直後、空襲警報のような、巨人の慟哭のような、けたたましい唸りが頭上に鳴り渡った。



 ……ウォォォーーーーーンッ!!



『……緊急事態発生、緊急事態発生です! 正体不明のゴーレム……黒ボンに酷似したゴーレムが、敷地内で暴れています! すでにお面工場が崩壊させられました! 作業員は、至急避難してくださ……えっ……!? ああっ、社長っ!?』



 警報とともに発せられた女子社員による緊急放送は、驚きとともに遮られてしまった。

 そしてさらに耳障りな、警報のほうがよっぽどマシだったダミ声に変わる。



『……ダメだっ! この書き入れ時に、職場放棄など許さん! ゴキブリが出たのを理由にサボるヤツがどこにいるっ! ヤツがたとえ近くに来ても、ほおっておけ! 絶対に作業の手を休めるんじゃないぞっ! すぐにメルカヴァの警備隊を派遣して、ヤツを捕獲する!』



 ハウリングを起こすほどの無駄にでかいその声に、俺は聞き覚えがあった。


 ……ハゲデブ……!

 ヤツもこの工場にいやがるのか……!



『おいっ、近隣の街には連絡したか!? 違う! 衛兵を呼ぶんじゃなくて、マスコミを呼ぶんだっ! これはいい宣伝になるからな! それにあの黒ボンを生け捕りにして、白く塗り替えるんだ……! そうしたらもう、ワシに歯向かうクソゴーレムの相手をしなくてすむ……! いままでの写真はぜんぶ隠し撮りだったから、素材としては不自由だったが……これからは好きなポーズをさせて撮り放題、使い放題になるぞ!』



 スピーカーごしでも唾が飛んできそうなほどに、ペチャペチャ音をたてて喚きまくるクソオヤジ。



『最近たるんどる従業員どもに喝を入れるために、山奥にある工場までわざわざ出張ってやったんだが……こんないい拾いモノをするとはな! 運が向いてきた証拠じゃわい! やはり清く正しい人間に、天は味方するのだ! がっはっはっはっはっ!』



 俺は、心の中で抑え込まれていた、地獄の窯の蓋がポーンと弾け飛ぶのを感じていた。


 ……この野郎……!

 このオヤジだけは、絶対に許すわけにはいかねぇ……!


 飛び上がった蓋が、コインのようにくるくる回りながら落ちたあと……『大魔神モード』のスイッチを押す。


 ……そのクソゴーレムに、自分の工場がめちゃくちゃにされる気持ち……味わわせてやるぜっ……!

 もちろん痛めつけるのは工場だけじゃなく、テメー自身もだ……!


 俺が叩きつけるようにスキルウインドウを操作すると、遠巻きに見ていた作業員たちからどよめきがおこった。



「い……色が変わった……!?」



「黒ボンが……真っ赤に……赤ボンになったぞ……!?」



「し、真紅……! 真紅のボーンデッドだ……!」



「まっ、まさか、怒ってるのか……!?」



「で、でも、なんで怒ってるの!? それに、ゴーレムが怒るだなんて、聞いたことないよ!?」



「俺はさっき見たぞ! 黒ボンが、勝手にグッズを作るなって字を出してたのを……!」



「そ、そうか……! それで怒って、工場を壊しに来たのか……!」



「こっ、こっち見たぞ! うわぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?」



「こっ、怖ぇっ!? 逃げろ、逃げろぉぉぉーーーっ!?!?」



 蜘蛛の子を散らすように逃げていく野次馬たち。


 俺は『テクスチャー』スキルで、ボーンデッドの機体の色を黒から更に赤に変えた……!

 赤ってのは、力を3倍にする効き目があるからな……!


 カンフル剤を打ち込まれたみてぇに、俺の身体が芯からカッカと熱くなる。

 瓦礫の中から鉄柱を抱えあげると、激情のまま思い切りブン回した。



「……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 ……ドォォォォォーーーーーーーーーーーーンッ!!



 横薙ぎの鉄柱を受けた真新しい工場は、飴細工のようにひしゃげた。

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