第50話

 まっすぐに伸びた森の一本道から、『神の乗物』と呼ばれた騎馬が駆けてくる。

 規格外のサイズのそれは、小さなわだちを踏み潰し、すべてをわが道のように塗り替えていく。


 騎手の身体は鏡面のように陽光を反射し、自身が太陽であるかのように輝いていた。

 高く掲げた剣からは六角形の残像が放射状に伸びていて、さながら聖剣のよう。


 凹凸のある地面を波のように乗りこなすたび、巨体わずかに浮く。

 空転していた車輪がふたたび接地すると、ズズン! と揺れ、驚いた木々の鳥たちが飛び立っていく。


 ……『聖ローリング学園』のメルカヴァ、『グラッドディエイター』……!

 今までは物陰からだったが、覆い隠すモノのない今は、ハッキリと全容が確認できる……!


 馬上槍試合ジョストのように勇猛に挑みかかってくるヤツに、俺の戦闘意欲もちょっとばかし刺激されちまった。

 だが、俺が相手してやるわけにはいかねぇんだ、ちょっとした事情で譲っちまったからな。



『よぉーし、やるよっ! さぁ、かくごかくごーっ!』



 お魚くわえたドラネコを追いかけるかのように、ドタドタと走っていくサイラ。



『さあ、かかってきやがれ! もう逃げも隠れもしねえぞ! 真正面からブッ潰してやるぜっ!』



 やる気みなぎるグルグルパンチをしながら、ドスドスと走っていくラビア。


 シターは無言でふたりの後に続いている。



 ……ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!



 迫りくる鉄の蹄と銀輪が大地を震撼させ、地すべりのようなすさまじい轟音をたてる。

 巨大な鉄馬車による襲歩ギャロップは、距離が近くなればなるほどその威圧感を増していき、



『きゃあっ!?』『うわぁーっ!?』『……!』



 3人娘はゴリアテに蹴散らされる兵士のように、あっさりと飛び逃げていた。



『母大と聖ロー、ついに接触! 交戦がはじまりました! しかし、ボーンデッドだけは遠巻きに様子を伺っています! 3対1ということで、楽勝だと判断したのでしょうか!? ヴェトヴァさん、どう思われますか!?』



『ンフフフフ……! 楽勝など、とんだお門違い……! シロウトに毛が生えた程度の母大のパイロットと、あの弱小メルカヴァでは……たとえ30体いたとしても、聖ローの戦闘馬車チャリオンは倒せないでしょう……! しかも、信号弾を見たもう1体が合流しようとしている……!』



『となると……母大が勝利する道は、もう残されていないのでしょうか!?』



『ンフッ! ないこともありません……! 手は、ふたつほど考えられます……!』



『そ、それは……どういうものなのですか!?』



『まず、再び逃げて姿をくらまし、落とし穴を掘る……! 母大の実力では、正々堂々と戦って勝つのは不可能ですから……あのゴーレムがしていたような、薄汚い作戦に再び手を染めるしかないのです……!』



『なるほど……! 落とし穴作戦は、すでに2回成功させているという実績がありますからね……! それで、もうひとつは?』



『もうひとつは、聖ローのグラッドディエイターが合流する前に、母大の5機を総動員して、全力で1機をたたく……! 合流前に1機を倒すことができれば、無傷ではすまないものの……まだ勝機は残されていると言ってよいでしょう……! といっても弱小校の母大にとっては、1機を倒すことですら奇跡に近い……! 2階から目薬をさすほどの、成功率の低い作戦といえましょう……!』



 俺はコクピットの中で、フンと鼻を鳴らした。


 このヴェトヴァとかいう女……性格は最悪だが、乳と解説だけはイイ線いってるんだよな……。


 たしかに一番なのは、隠れて逃げ切ることだ。

 状況をリセットさえできれば、再び落とし穴作戦に移ることができるからな。


 そして「戦う」という選択肢の場合も、ヤツの言うとおり全機で速攻というのがベストな手だろう。

 あのいかにもヤバそうな馬車が2体になったら、手がつけられなくなるのは容易に想像できる。


 どっちもいい作戦だが……残念だが、俺が考えてるのはどっちでもねぇんだよなぁ。


 俺はチラと、レーダーモニターの様子を横目で伺う。


 よし、そろそろ……そのどちらでもない作戦ってヤツを、見せてやるとするか。


 メインモニターに視線を戻すと、山賊に襲われる村人みたいに逃げ惑っている3人娘がいた。



「ちょっとの間だけ、助けてやれなくなっちまうけど……がんばれよ」



 俺はそうつぶやくと、操縦桿をぐっと倒し、ボーンデッドの身体を反転させる。



『おおっと!? ボーンデッド、戦線離脱するようです! あさっての方角に走り出しました!』



『ンフッ! 浅はかな……! この状況において、戦力を分散させるなど、愚の骨頂……!』



『ボーンデッドはなにをするつもりなんでしょうか? ……あっ、向かう方向に、ちょうど応援に駆けつけるグラッドディエイターがいます! このままでは鉢合わせしてしまうでしょう! その距離、わずか数十メートル……!』



 空撮映像には、つきあたりに湖のある森の曲がり道を、減速もせずに突っ込んでくる戦闘馬車チャリオンが映っていた。


 一歩間違えば池にボッチャンしてしまう無謀運転なのだが、寸前でドリフトをかます。

 コーナーを滑り、俺のいる道のほうへと躍り出してきたその姿は、馬車というより鉄の巨大ウナギがのたうつようであった。


 横滑りする車輪によって、草が地面ごとガリガリと削りとられる。

 緑色と土色のしぶきがあがり、すぐそばにある湖に波紋を投げかけていた。


 ……ずいぶん豪快な運転をするヤツだなぁ……多分パイロットは、ブソンみたいなヤツか?



『ああっ!? お前はボーンデッド!』



 俺の予想に反し、フェイスに浮かび上がった驚愕は、高校生というより小学生にしか見えない幼子のものだった。


 金糸のようになびき輝くツインテールに、海に浮かぶ宝石のように澄んだ瞳。

 威嚇する子ライオンのように、くわっと開けた口から、幼女独特のキンキン声が飛び出す。



『我が名は聖ローリング学園、戦闘馬車チャリオン同好会部長、ルルロット・ラララ・リリンドール! ここで会ったが百年目っ! いざ尋常に勝負するのですっ!』



 びしっ! と剣とひとさし指を向けてくる幼女……えーっと、ルルロットだっけか?



『さあっ、ゆくのです、パンチョパンチョ! あのゴーレムを踏み潰してやるのです!』



 コクピットの中で、じゃらしに飛びかかる直前の子猫のように身体を揺すり、愛馬を急かしている。


 ……どうやら俺を見つけたことに気を取られていて、まだ気づいていないようだ。

 馬車の片輪はすでに脱輪していて、湖のほうへとゆっくりと傾いていることに。



『どうしたのです、パンチョパンチョ! さあっ、いますぐあのゴーレムにむかって……! わわっ……わぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?!?』



 ……どっぱぁぁぁぁーーーん!!



 着水の瞬間、機雷が爆発したような高い水しぶきがあがり、雨となって俺のいるほうにまで降ってきた。


 没した騎士と馬は必死にもがいていたが、引きずり込まれるようにどんどん沈んでいく。



『ぷああっ!? ぱ、パンチョパンチョ!? し、沈んじゃだめなのです! やだやだ、死んじゃやだなのですっ……あぶぶぶぶ……!?』



 コクピットに浸水したのであろう、フェイスが水槽みたいになっている。


 ……グラッドディエイターは、防水じゃねぇのか?


 その疑問が解消するよりも早く、俺は走り出していた。



『た、大変ですっ! メルカヴァが1機、湖の中に落ちてしまいました! このままでは、溺れてしまいます! 救護班、至急向かってください!』



 ボーンデッドのコクピットの中では、鬼気迫る実況の叫びが、警報のように鳴り響き続けていた。

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