第47話

 肉迫する、『聖ローリング学園』のメルカヴァ。

 敗北への落とし穴ブービー・トラップに着実に近づいているとも知らず、蹄と車輪の音を我が物顔で轟かせている。


 隠れてその様子を伺う部員たちは、合格発表を待つかのようにハラハラしていた。

 しかし俺はもう飽きていて、さっさと落ちろと思っていた。


 ……えーっと、たしか相手の機種名は『グラッドディエイター』だっけか?


 外装は白銀の鎧甲冑のようで、いたるところに獅子の意匠があしらえられている。

 吠える獅子のような兜、獲物に飛びかかる獅子のような肩当て、そしてボディの真ん中には百獣の王のような獅子の胸当て。


 右手には煌めく直剣、そして左手には竪琴のようなクロスボウ。

 背中には塔を背負っているかのような巨砲おおづつ


 攻守ともに隙のない出で立ちで、巨大な鎧馬を駆る堂々としたその姿……古代ローマの剣闘王さながらであった。


 ……なんて心の中で盛り上げてはみたものの、失った緊張感は戻ってこない。

 次にヤツらが乗ってる戦闘馬車チャリオンのほうを注視する。


 俺はゴーレムといえば、『ブラックサンター国立第三毒蜘蛛女子』の『ネフィラ・クラヴァータ』が放つ『スパイダー・ウェブ』しか見たことがなかった。


 それが実に機械的な動きだったので、あまり期待してなかったんだが……。

 初見となる馬型のゴーレムは、メリーゴーランドとかにありそうなぎこちなさは全くなく、かなり馬っぽいしなやかな足運びだった。


 しかし、デカいな……対比としては「人間と馬」と同じだ。

 ボーンデッドがいまは18メートルほどで、グラッドディエイターも大体同じくらいだから……あの馬の全長は……。


 確かめようとしたところで視界から消えた。

 穴に落ち、前転するようにひっくり返った馬の後ろ足が、覆い隠していた木々を蹴散らしている。


 チャリオンに乗ったご主人様は「しまった!」という顔をしているがもう遅い。

 馬車といっしょに巻き込まれるようにして穴の中へと消えていった。



 ……ズドッ……! ガッ、シャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 巨大スクーターに乗った巨人の出前持ちが、配達途中で派手にすっ転んだような轟音。

 土煙と葉が噴出し、間欠泉のように空高く舞い上がった。


 女たちの息を呑む声が聞こえる。

 それが側にいる部員たちが発したものなのか、それとも被害にあったヤツのものなのか、はたまた実況と解説が漏らしたものなのか……俺にはわからなかった。



『やっ……た……! ぁ……あららっ?』



 それよりも、抱き合おうとしたサイラ機のリアダクトを掴んで引きずり、茂みから出る。


 部員たちが浮かれだすのはいつもコイツがキッカケなんだ。

 俺の目が黒いうちは、以前のすく冒との対戦みたいに、詰めが甘かったなんてことはさせねぇ。


 同じく出鼻をくじかれたラビアとシターが後に続き、穴の底を覗き込んだ。


 そこにはちょうど、瓦礫と化した馬車の上であたふたしているグラッドディエイターの姿があった。



『なっ、なんなんですかっ!? なにが起こったっていうんですかっ!?』



 穴に落ちたやつの反応って、大体同じだな。

 コイツらはウチのやり方をさんざん研究してきただろうに、まるで初めて見たみたいなリアクションだ。


 たぶん脳が急転直下の事態に追いつかず、一時的にパニックになるんだろう。


 顔をあげたグラッドディエイターは俺たちに気づくと、今更ながらに叫んだ。



『あっ!? あなたたちは……! はっ!? もしやこれは落とし穴!? そ、そうか、母大には陥没魔法の使い手がいた……! でもまさか、こんな広大なフィールドで、事前に落とし穴を仕掛けておくだなんて……! そんな非効率すぎてバカげた作戦、予想もしませんでした……!』



『そのバカげたヤツに、一番最初に引っかかったのはオメーなんだよーっ! バーカバーカ!』



 穴の淵から容赦なく言い返すラビア。



『でも、まさか本当に引っかかるだなんて思ってもみなかったよねー! ちょうど4つしか掘ってないのに、ドンピシャだったよ!?』



 余計なことをべらべらしゃべるサイラ。



『これは、天文学的な偶然……! 確立計算をせねば……!』



 すでに自分の世界に入っているシター。


 俺はコクピットの中で肩をすくめた。

 ……やれやれ、コイツらすっかり自分の役割を忘れてやがる……特にラビア。


 それに相手をもっとよく見ろよ……相手の眼はまだ死んじゃいねぇ。

 それどころか、お前たちが油断しているのを良しとしているような表情じゃねぇか……。



 ……バシュゥゥゥゥーーーーーーーーーーンッ!!



 刹那、ヤツの背中が弾けた。

 携えている信号弾が発射されたんだ。


 しかし、それは本来の用途をなすことはなかった。



 ……ガシィィィィッ!!



 俺が、穴から出てきたところで掴んだから。


 バッ! と俺の手に一斉に注目が集まる。

 部員、対戦相手、実況、解説までもが、捕まった羽虫のように暴れる信号弾を見つめていた。


 信号弾はしばらくの間、打ち上げ花火のような噴出を続けていたが、それもやがて力尽きる。

 ただの空き缶になってしまったソレを、持ち主に投げ返してやった。



『ゴミヲ ステルナ』



 一応、気の利いた台詞をオマケに付けてやったんだが……ノーリアクション。

 いたたまれない沈黙が俺を包む。


 ……おい、誰かなんか言えよ……! 恥ずかしいじゃねぇか……!

 と思っていたら、



『し、信号弾を……掴ん、だ……?』



 噛みしめるような声が、どこかから聞こえた。

 その主を探る間もなく、絶叫が炸裂する。まるで季節外れの花火みてぇに。



『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?』



『す、すごい! いま飛び上がった弾を、キャッチしたよね!? ずどーん! ばしーんっ! って!?』



『砲弾を掴むだなんて、なんなんだよっ!? オマエ!? 仙人かなんかかよっ!?』



『信号弾とはいえ、初速は秒速80メートルはあるはず……! それをあっさりと……!』



『ゆっ、ゆゆゆ、夢でも見ているのでしょうか!? あっ、リプレイ出ますかっ!? スローでご覧くださいっ! 発射のタイミングにあわせ、ボーンデッドはまるで予知しているみたいに手を伸ばし、確かに掴んでいます! 超人的な反応ですっ! こ、これは……ゴーレムどころか、メルカヴァでも無理だと思うのですが……!? いかがですか、ヴェトヴァさんっ!?』



『ぐぐぐぐぐぐ……! ぎぎぎぎぎぎ……! ぐぐっ、偶然です……! ききっ、きっと、偶然手を伸ばして掴んだところ、偶然に信号弾が手におさまったに過ぎません……! ほほっ、砲弾を掴むだなんて、狙ってやるのは不可能な芸当……! ああああんなヨゴレゴーレムには、逆立ちしたって不可能です……!』



 ……まったく、コイツらは相変わらずだ。


 そりゃ、いきなりだったら出来てたかはわからねぇけど、来るのが分かってたらキャッチボール感覚なんだって。


 肝心なのは、相手がなにをしてくるのかあらかじめ予想しておき、常に備えておくことなんだ。

 やることがわかってりゃ行動の選択肢も狭められ、それぞれの精度をあげられる。


 でもいくら備えていても、もちろん予想外のことは起こりうる。

 とっさの反射神経っては、そんな時にこそ使うものなんだ。


 わかってねぇくせに、ヤーヤー言いやがって……どうせならいっそのこと、コイツくらい無理解のほうがいいかもしれねぇな。



『……実況と解説の方が大騒ぎしておられますけど……ボーンデッド様が、また奇跡を起こされたのでしょうか……?』



 モニターごしにキョトンとしている俺の嫁だけが、このやかましい空間のなかで唯一の癒しだった。

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