第46話
メルカバトルというよりも野良仕事を終えたような俺たちは、最後に掘った落とし穴の側にある森に身を隠し、息を潜めていた。
『ねえ、ボーンデッド監督……本当にここで待ってれば、聖ローが来てくれて穴に落ちてくれるの?』
『そううまくいくかよ! このクソ広い戦場に、たった4つの穴しか掘ってねえんだぞ!? 下手すると、ひとつも引っかからねぇだろ!』
『作戦としては、あまりにも
『ええっ、そんなにたくさん穴がいるの!? じゃ、じっとしてる場合じゃないよ! 急いで掘らなきゃ!』
『待てよサイラ! 400個なんて今からやってたら日が暮れちまうよ!』
『1日だけではすまない。400個の落とし穴をこの4機だけで作成すると仮定した場合、4日ほどかかる』
『そ、そんなにぃ!? あっ、もしかして……ボーンデッド監督が非常食をくれたり、おトイレをガマンしろって言ってたのはそのため……!?』
『えっ、アレ非常食だったのかよっ!? オレ、ぜんぶ食っちまったぞ!?』
『……本作戦は穴だらけの作戦と断定できる。落とし穴だけに』
『あっ、シターちゃん、うまーい!』
『感心してる場合じゃねーだろ、サイラ! おい、本当にこのままじっとしてていいのかよ、ボーンデッド!?』
……訂正、息を潜めているのは俺だけだ。
同行しているサイラ、ラビア、シターはカモフラ用の枝を振り回しながら、延々おしゃべりを続けている。
JKってのは本当に話題が尽きねぇねな……それに、一時もじっとしてやがらねぇ。
特にサイラはアクションゲームとかの待機モーションのごとく、わずかなヒマを見つけては踊っている。
俺は『ジット シテロ』とたしなめながら、コクピット内のモニターを眺めまわした。
まずレーダーモニター。
フィールドに散開して索敵行動をしている聖ローのヤツらがじりじりと迫ってきている。
距離と速度からいって、
そして俺の嫁たちがいる、聖堂院を映し出しているモニター。
早朝だというのにみんな起き出して、パジャマ姿で試合を観戦している。
索敵状態で試合に動きがないせいか、飽きてしまった小さい子などは船を漕ぎはじめている。
ララニーに至っては、ルルニーの膝枕でグースカいびきをたてていた。
最後に魔送モニター。
実況と解説は好き勝手なことを抜かしてやがる。
『聖ローは散開しての索敵行動をしているようですね……個別撃破の危険性はありますが、そのあたりはどうなんでしょうか、ヴェトヴァさん!』
『ンフフフフ……! 聖ローは母大が得意とする、「地震陥没埋葬コンボ」を警戒しているのでしょう……! 散開していれば、その被害にあうのは一機ですみます……! さらに聖ローは敵を発見した場合、信号弾で連絡を取り合います……! 彼女らの
『「地震陥没埋葬コンボ」は、3機いないと成立しませんから、聖ローを1機でも攻撃した途端、駆けつけた増援に囲まれてしまうというわけですね!』
『その通り……! 母大のコンボはすでに各校に研究され尽くしている……! 最初は良かったのでしょうが、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた強豪校相手には通用しません……! もはや馬鹿のひとつ覚えといっていいでしょう……! ンフフフフフフ……!』
『その母大なのですが、今回もまた「地震陥没埋葬コンボ」を狙っているようです! ただ今回はあらかじめ落とし穴を掘っておいて待ち構え、落ちたところを襲いかかる……という作戦でしょうか!?』
『ンフッ! ンフッ! ンフフフフフ……! この広大なバトルフィールドで、落とし穴作戦などと……! しかも、たったの4つ……! 愚か、愚か、愚か……! ンフッ! 横隔膜の震えが止まりません……! これは、砂漠の中にお子様ランチの旗を立てるほどの愚行……! あの落とし穴に落ちる事など、億にひとつもないでしょう……!』
『おおっ! ヴェトヴァさんの「億にひとつもない」がまた出ましたっ! 今大会2度め! しかも2度とも母大に対しての予想ですっ!』
『先の予想は、あの薄汚いゴーレムが下賤なる絡め手を用いたためノーカウント……! 今回こそがこのヴェトヴァの本命……! あのゴーレムは戦略というものを知らない木偶の坊であることが明らかになるでしょう……!』
『誰も落ちない落とし穴を掘ってしまった母大は、骨折り損のくたびれもうけというわけですね! これは今大会最大の珍プレーになりそうです!』
……相変わらず、偏ってやがんなぁ……。
実況の方はまだしも、解説の女……ヴェトヴァのほうはかなりひでぇ。
何かっていうとボーンデッドを目の敵にしやがって……俺になにか恨みでもあんのかよ?
まぁ、いいけどな……。
ヤツに向けての反論なら、これからの試合運びでたっぷりしてやるさ。
俺は散開した聖ローの索敵軌道を観察し、ゲーマーとしての勘を働かせて落とし穴を作ったんだ。
ゲームではFPSのような瞬時の判断力と、思い描いたことを実現するだけの操縦テクニックが必要だが……勝つためにはそれだけじゃ足りねぇ。
レーダーに映った敵の動きを分析し、移動先を予測する……リアルタイムストラテジーのような先読み能力が不可欠なんだ。
俺はそのふたつを、何十年にも渡って鍛えあげてきた……!
人間の動きは予想がつかねぇっていうが、そんなことはねぇ……!
パターンさえ掴めればフェイントすら予見できるし、感情で意思決定が揺らがないAIと違って、動揺させれば思い通りの場所に誘い込むことだって簡単なんだ……!
……ピンッ!
俺の思いに答えるかのように、レーダーの赤点がひときわ強く光る。
最初の獲物がまっすぐこっちに向かってやがる……!
案の定、お前が一番乗りだ……!
部員たちはまだワーワー言っていたので、『モウスグ クル』と打ってやったらピタリと黙った。
そして用心深げにあたりを見回す。
『もうすぐ来るって……もしかして、聖ローのメルカヴァが?』
『しっ! 静かに! なにかゴトゴト聞こえてこねーか?』
『これは、車輪……! 間違いなく、聖ローの
シターの鋭い一言で、サイラとラビアのフェイスが一気に緊張を帯びる。
サイラの貧乏ゆすりが止まり、ラビアの額からつぅと汗が伝った。
遠い炸雷。
ゴロゴロとした音が風に乗るようにじょじょに近づいてくる。
少女たちは森の外へと視線を移した。
折り重なる梢の隙間から覗く、まっすぐな草原の一本道。
地平の向こうから、ぬうと現れた小山のような存在に気づき……固唾を飲んで見守りはじめる。
時折不安そうに、手前にある穴にチラリと視線を落とす。
彼女らが作った落とし穴は、ひと目見ただけではどこにあるのかもわからないほどの完璧な偽装で、風景に溶け込んでいる。
掘った当人たちですら目を離すと「どこだっけ?」となっていたモノ……それが、馬車などに乗っていて、わかるはずもない……!
車上からの眺めは、さぞかし気分がいいことだろう。
遠くにいる敵をいちはやく見つけられ、キツネ狩りをする貴族のような気分でいつでも走り出せることだろう。
だが、忘れるな……!
お前がいま相手をしているキツネは、人を化かすってことを……!
それも、手がつけられねぇほどにな……!
大地を覆い尽くす影とともに、トロイへの贈り物のような巨大な鉄馬が近づいてくる。
大名行列から隠れる悪ガキのように、王の命を狙うレジスタンスのように、誰もが息を止めた。
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