第42話

 なんかよくわからんゴタゴタがあった、次の日の朝。


 合宿所の庭がキャーキャーうるさくて、目が覚めちまった。

 文句のひとつも言ってやろうと思ったんだが……それは飲み込まざるをえなかった。


 なぜならば、ボーンデッドの足元が女子高生の花園と化していたからだ。


 ブラウンの落ち着いた色合いの制服に身を包んだうら若き乙女たちが、ボーンデッドの股の下でポーズをとったり、足に抱きついたりしている。


 合宿所の軒先にいる部のメンバーたちも制服女子たちに囲まれ、花束やらプレゼントやらを受け取っていた。



「3回戦進出おめでとう! まさか強豪の『すくすく冒険学校』に勝っちゃうだなんて!」



「そーそ! 1回戦目のときは偶然だったけど、今度のはちゃんとした勝利だったよね!」



「2回戦目はあたしたちも、視聴覚室にある魔送のまえで応援してたんだよ!」



「大騒ぎだったよねー! みんなが活躍するたびにワーワーキャーキャーって!」



「そーそー! サイラちゃんの地震魔法、すごかったよね! すく冒の子たちを完全に動けなくしてたもん!」



「それを言うならシターちゃんの陥没魔法もだよ! ずどーん! って! あんなに強力な魔法だなんて知らなかった!」



「あたしはラビアちゃんの砂塵魔法! あの時のラビアちゃん、勇ましくて、カッコよかったぁ……!」



 称賛と花束に埋もれるサイラ、ラビア、カリーフ。

 サイラは満面の笑顔で応じ、ラビアはちょっと照れくさそうに、カリーフも満更ではなさそうだ。


 どうやら、制服女子たちは同じ『母なる大地学園』の生徒たちなんだろう。

 でも、こんな制服だったのか……茶色いセーラー服だなんて、ミッション系の学校みたいだな。


 ……モロ俺の好みじゃないですか。

 部員たちはずっとジャージ姿だから、知らなかったぜ……!


 俺は叩き起こされた不満もすっかり忘れて、彼女たちの会話に耳を傾けていた。



「でも、すく冒のすごい魔法が出たときはヤバかったよね!」



「うん! みんなで魔送の前で叫んでたんだよ! うしろうしろー! って!」



「もう発動する! ってなっちゃった時は、もうダメかと思ったよー!」



「そーそー! それでみんなキャーってなったんだけど、ゴーレムが凍らせちゃったときはビックリしたよねー!」



「うんうん! みんなで、ええええーーー!? ってなっちゃったもん!」



「あんなすごいゴーレム、ウチの学校になかったよね!? どこで見つけてきたの!?」



「それよりさぁ、あのゴーレムさんってお喋りできるんでしょ!? ちょっとお話させてよー!」



「そーだ! シンシャらせて!」



 ……シンシャってなんだ? と俺が首を傾げていると、久々にモニターが反応した。

 『アウトラインネットワーク』のスキルで自動検索されたんだ。



 【真写しんしゃ

  『真実剔抉転写魔法』の略。

  光学術式により、人物や風景を専用の触媒紙に記録する魔法技術のこと。

  複雑な術式を必要とするため、開発当初は王族や貴族などの上流階級しか利用できなかったが、近代は術式の機能を有した触媒装置『真写機しんしゃき』により誰でも手軽に利用できるようになった。



 ……なんだ、ようは写真ってことか。

 さっきから足元で昔の携帯電話みたいなごっついのでパシャパシャやってるのがそうなんだろう。


 それから記念撮影大会となった。


 廃校の危機を救ってくれるかもしれない俺のことをヒーローのように思っているようで、ちょっとサービスして手を振ったりしてやると、ヒーローショーに来た子供たちのようにみんな大喜びしてくれた。


 撮影しやすいようにとあぐらをかいて地べたに座り込んだんだが、さっそくジャングルジムのようによじ登られ、ボーンデッドは女子高生が実る木と化す。


 座り方は大仏のようなんだけど、肩や腕や手のひら、そして腰や足にいたるまでJKが寄り添う姿は、ハーレムの国の最高神にでもなったような気分だった。


 ……実はドールを大量に買い込んで、同じことをやったことがあるんだよな。

 男子ならば、こういう妖精サイズの女の子に憧れるのは一度や二度ではなかろう。


 通学用カバンに忍ばせておいて、「なんで着いてきたんだよ!?」なんてのは序の口。

 寝る前にパジャマの中に潜り込ませておいて、朝起きたら、



 俺:「ふぁ~あ、よく寝た」


 俺:『おはよーっ!』


 俺:「ああ、おはよ……って、おいおい、ベッドなら自分のヤツがあるだろう。なんで俺の上で寝てるんだよ……それもみんなして」


 俺:『だってぇ、そのほうがよく眠れるんだもん!』


 俺:『うむ、わらわはそなたの心臓の音を聴きながらでないと眠れんのじゃ!』


 俺:「暑苦しいんだよ、まったく……。おわっ、パンツの中にまで入ってんじゃねぇーよ!」


 俺:『えーっ、いーじゃん別にー! だってテントみたいになってて、マジ寝やすいしぃ! みんなもそう思うっしょ?』


 俺:『ええ。大黒柱のようなものがあって、ちょうどよいですわね』


 俺:「わっ、触るな馬鹿っ!」



 なんていう小芝居を、健全なる男子ならば誰しもやったはずだ。


 両方のほっぺたに同時にキスなんかされて……と妄想していると、夢は現実となった。


 左右のサイドモニターに、清らかな乙女の顔がアップになったかと思うと、



 ……チュッ。



 コクピット内に、口づけの音が小鳥のさえずりのように響いた。

 モニターに跡が残る。まだ口紅も知らない、瑞々しい青い果肉の跡が。


 同時キスをかましたふたりの三つ編み少女は、唖然としている級友たちに向かって照れ笑いを浮かべた。



「えへへー! ファーストキスあげちゃった!」



「ボーンデッドくんにならいいかなと思って、ねーっ?」



 ニッコリ頷きあう少女たちに、場は騒然となる。



「ず、ずるーいっ! ふたりで抜け駆けなんて! わたしも、わたしもボーンデッドとキスするぅ!」



 吊り目の少女が、長いサイドテールを振り乱しながら叫んだ。



「ええっ!? あんた、ゴーレムなんて、って馬鹿にしてたじゃん!?」



「そ、そうだけど……でも、ボーンデッドは別かな、って思って……! だ、だってカッコイイんだもん!」



 長い髪をマフラーみたいに口に当てて、恥ずかしそうに顔を隠すサイドテール少女。

 その殺人的な可愛さに、俺が秒速で恋に落ちたのは言うまでもない。



「じ、実をいうと、わたしも……魔送で応援してたときから、ずっといいな、って思ってたんだ……!」



「そーそー! でっかい火の玉に向かっていくときなんて、超カッコよかったよね!」



「ぱきーん! って凍らせたときなんてもうヤバかったぁ! ゴーレムなのにキュンキュンなっちゃったもん!」



「なんだ、みんなボーンデッドのことイイなって思ってたんじゃん!」



「じゃあさ、じゃあさ、みんなで応援のキスしようよ! そしたら次の試合もホームランだと思わない!?」



「さんせーいっ!!」



 いったい何がホームランなのか、などと突っ込む野暮なヤツはこの場にはいない。

 あれよあれよという間に、嬉しい話がまとまった……! と思ったのも束の間。



『くぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』



 地を揺らす地響きと、落雷のような怒号とともに、山のような女……じゃなかったメルカヴァが合宿所の坂道を登ってきた。


 吠えるフェイスは、もはや『霊長類最強女子』と呼んでもいいくらいの獰猛さだ。



『貴様らっ、男女七歳にして席を同じくせず、という言葉を知らんのかっ!? それなのに、それなのに接吻などとはっ!? 恥を知れぇぇぇぇぇぇぇぇーーーいっ!!』



 浮気現場を押さえたレスラーの鬼嫁のごとく、ドスドスとこちらに突っ込んでくる。

 近くに来てもぜんぜんスピードを緩めないので、女生徒たちは踏み潰されるのかと思ったのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。



「きゃぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?!?」



 俺の腕から幻のように離れていく妖精たち。

 せ、せっかくいい所だったのに、邪魔しやがって……!



『ボーンデッド殿! 助けに参りましたぞわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!?!?』



 俺はブソンを思いっきり、巴投げで後ろに投げ飛ばしてやった。

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