第38話
ついに解き放たれた業火に、コクピットの中の外も混迷をきわめる。
女たちの悲鳴と燃え盛る轟音が幾重にも重なり合い、地獄の様相を呈していた。
きっと周囲からは、太陽に向かっていく愚かなヤツに見えたことだろう。
イカロスはどうだったかは知らねぇが、俺は久しぶりに、五感全てが研ぎ澄まされていくような感覚を味わっていた。
全身の血が駆け巡り、すべてがスローになっていく。
銃弾すらも泳ぐ魚のように見える、この感覚を……!
押し寄せる巨大なソイツも、身体じゅうの毛を振り乱してジタバタともがいている滑稽なデブペットにしか見えない。
このままじゃ陽が暮れちまうと思った俺は、さらに加速度をつけて挑みかかる。
「お前、そうカッカすんなって……! 少し俺が、冷ましてやらぁ!」
がばあと振り打った右手が、青白い閃光に包まれる。
雪の結晶のような粒子が浮かび上がり、長い尾を残していく。
周囲の大気は沸騰しつつあったが、瞬転、局地的に氷点下にまでさがる。
その源は、
「さあっ、こっちもキンキンだぜ……! せっかくだから、涼んでいきな……!」
親戚のおばちゃんみたいな口調で、蒼拳をブッ放す。
「
彗星が、太陽に衝突した。
……ズカッ……!!!
キィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
その先に待っていたのは、スーパー・ノヴァでも、インディペンデンス・デイでもなかった。
この星が真空になってしまったかのような沈黙と、雪玉で遊び終えたような一体のゴーレム。
音のない世界で、俺はフゥとひといきつく。
コクピットの魔送モニターには、実況と解説の顔面が血走った目で貼り付いていて、キモかった。
聖堂院を映すモニターには、ペットショップで売れ残った子犬のように貼り付く俺の嫁たちがいて、かわいかった。
『こ、凍った……?』
ダムに小さな穴があいたかのように、誰かの声が、かすかに流れる。
そして決壊した。
『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?』
いきなりの大音響。俺はびっくりしてのけぞり、シートを後頭部に打ち付けちまった。
『シートクラス』をあげといてよかった……!
『しっ、しししし、信じられませんっ!? ゆ、夢でも見てるんでしょうか!? 「
『あああああ、ありえない! 絶対にありえない! ファイヤーボールを凍らせる……しかも中級クラスのものを凍らせるだなんて、この世界の魔法学では絶対に不可能……! これはトリック……! なにかのトリックに違いありませんっ!!』
『でっ、では、どんなトリックだとお考えですかっ!?』
『下賤なトリックなど、このヴェトヴァが知るわけないでしょう!? とにかく、インチキ、インチキなのですっ! あのゴーレムはインチキゴーレムですっ! キィィィィィーーーッ!!』
『お、落ち着いてくださいヴェトヴァさんっ! だ、誰か、誰かヴェトヴァさんを……!』
カメラを奪い合うようにして喚く、実況と解説。
『み……みなさん、ボーンデッド様がまたチャッカリやらかしましたよ! よく考えたらボーンデッド様は神様なんですから、あのくらいのアチアチなんてなんでもないんですって! あーあ、ルルニーさんってば、泣いちゃって……!』
『ら、ララニーさんこそ……! で、でも……涙せずにはいられません……! あああ……! ボーンデッド様、ボーンデッド様……! またひとつ、あなた様の奇跡を拝ませていただきました……! でも、でも……ボーンデッド様がご無事であったことが、何よりも、何よりも嬉しいです……!』
『わああんっ! ボーンデッドさま、ボーンデッドさまぁ……!』
『ボーンデッドさまがしななくて、よかったねぇ、うれしいねぇ!』
『ボーンデッドさまはしなないよっ! だってつよいんだもん! やさしいんだもん! かっこいいんだもんっ!』
抱き合って喜ぶ俺の嫁たち。
『う、うそ……ボーンデッドさん……なに、やったの……?』
『あ、あんなデカイい火の玉が、殴っただけで凍ったぞ!? あんな魔法、見たことねぇ……! おいシター! なんなんだありゃ!?』
『ま……まったくもって不明。ファイヤーボールを爆発させずに球体のまま凍らせる魔法など存在しない。例えあったとしても、中級魔法を相手に無詠唱での発動はありえない』
いちばん間近で見ていたであろう部員たちは、ひたすらうろたえていた。
あ……いや、他にも砂かぶり席のヤツはいたな。
アイツはどんなリアクションしてんだろう。
ちょうどそう思ったとき、そばにあった巨大な氷塊はヒビがようやく入り終え、破裂音とともに砕け散った。
残雪のような白い破片の向こうには、一面の草原。
火球の軌跡に沿って草は焼失していて、切り開かれた道のように一直線に伸びている。
焦土の先に立っていたのは、一体のメルカヴァ。
ピアノのように黒光りするボディを微動だにさせず、立ち尽くしている。
フードの向こうのフェイスはさっきまでは鬼気迫る表情だったが、今はあどけないほどにポカンとしていた。
俺は、逆転サヨナラホームランを食らったような、マウンド上のエースに向かって歩みよっていく。
『マダ ヤルカ?』
するとエースはなぜか驚いて、びっくぅぅぅぅぅーーー! と飛び上がった。
勢い余ってコクピットの天井に頭をぶつけて蹲っていたが、すぐにメルカヴァを反転させて逃げ去っていく。
なんだありゃ。
俺はその背中を見送りながら、物思いにふける。
……俺が火の玉に向かってカマしてやったのは、『コールドアーム』。
腕に冷気を発生させるスキルだ。
魔法相手にブッ放すのは初めてだったので、イチかバチかだったんだが……うまくいってよかった。
打ち負けちゃマズいと思って、念のためにレベル3まであげておいたんだが、それがうまく働いたのかもしれない。
でも……できることなら、俺が出しゃばることなく勝負をつけたかったんだが……つい、熱くなっちまった。
あのデカい火の玉に向かっていく時に感じていたのは、ひさしぶりの高揚感。
未知なる敵を相手にしているような、あのカンジ……。
ゲームを始めた頃にはしょっちゅうあったんだが、世界チャンピオンになってからはすっかりご無沙汰だったな……。
しかし……これからも同じ思いを味わえそうだ。
この世界のメルカヴァといえば、なんとかバンディット号みたいなガラクタばかりだと思ってたんだが……あんなにアツくさせてくれるヤツもいるだなんて……JK、侮りがたし……!
アイツとなら、もう何戦かやってもいいくらいなんだが、どこにいっちまったんだろうな……?
結局、逃げた
生き埋めになった、すく冒メンバーも掘り起こされたんだが……虎の子だった『
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●レベルアップしたスキル
武装
Lv.00 ⇒ Lv.03 コールドアーム
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