第16話

 『いただきますのお祈り』が終わり、ルルニーが「さぁ、どうぞめしあがってください」と勧める。

 町のヤツらは待ちきれなかったのか、その言葉が終わるか終わらないかくらいのタイミングで、すでにカレーを口に運んでいた。


 その様を、ごくりっ、と喉を鳴らして見守る聖堂院の女の子たち。

 直後、天変地異が起こる。



 ……ズダァァァァァァァーーーーーーーーーンッ!!



 大地震で天と地がひっくり返ったかのように、誰もが椅子から転げ落ちたのだ。

 後ろに控えていた女の子たちは、「キャッ!?」と小さな悲鳴とともに飛び退く。


 そして、感情が爆発する。



「うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 ヤギの断末魔のような、耳を裂く雄叫びが聖堂院を、いや、町をも揺らした。


 テーブルの端をガッと掴み、地獄の淵から戻るように這い上がると、カレーに再び襲いかかる。



「うめえっ! うめえっ! うめえええっ!? なんだコレっ!? めちゃくちゃうめぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」



「こんなおいしいもの、初めて食べた……! やべえっ、止まらねぇぇぇぇっ!」



「こんなうまいものが、この世にあっただなんて……! くそっ、くそぉぉぉっ!」



「ううっ……! うめぇ……! うめぇよぉぉぉ……! かあちゃんにも食べさせてやりたかった……!」



 男も女も、若者も年寄りも、みな狂ったようにカレーをかっこんでいる。

 泣いたり、笑ったり、悔しがったり、怒ったり……さまざまな感情を爆発させながら。


 飲むような勢いで平らげたとあるデブが「おかわり!」と女の子に皿をつきつける。



「あ、あの……2杯目からは、寄付を……」



 事前に俺が教えておいた接客マニュアルを言い終わるより早く、デブは財布ごと女の子に押し付けていた。



「いくらでももってけ……! だから早く……! 早くおかわりを……!」



 食べ終わって数秒しかたってないのに、禁断症状のように辛そうな顔で呻くデブ。


 そして聖堂院の庭は、隔離病棟と化した。



「あたしも! あたしもおかわりっ! お願い! 早くっ、早くちょうだいっ!」



「俺もおかわりだっ! 金ならいくらでも出すぞっ!」



「こっちは大盛りでおかわり! みんなの倍……いや、三倍払ってもいいっ!」



 下手すると暴動を起こしかねないような「おかわり」コールの連続に、接客も厨房も一気にてんやわんやになった。


 俺はカレーをよそう係をやっていたんだが、鍋の減りが想像以上に早かったので女の子にバトンタッチして、大急ぎで追加のカレーを作った。


 絶叫を聞きつけた町のヤツらがさらに駆けつけ、聖堂院の外に長い長い行列を作る。

 木の上にいたララニーが行列整理を買って出ていた。


 ルルニーは会計担当だったのだが、誰もが財布ごと渡してくるので混乱して目を回している。


 そして、俺はというと……もう、なにがなんだかわからなくなっていた。


 途中で材料が足りなくなり、客の中にいた農家のヤツらが食材を荷車で持ってきてくれた……あたりまでは覚えているのだが、そっから先は記憶がほとんどない。


 やまない「おかわり!」コールと、飛び交う財布。

 働きアリのように行ったり来たりする女の子たち。


 それすらも目に入らなくなるほどに忙しくなり、俺はカレー製造マシーンと化していた。

 長いこと労働とは無縁だった俺にとっては、久しぶりのハードワークだ。


 身体はかなりキツかったが、不思議と辛くはなかった。


 なぜだろうか……。

 とめどない女の子たちの声がずっと、ずっとずっと楽しそうで……いつまでも元気だったからだろうか……。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その日の夜、俺はひとり河原で放心していた。


 聖堂院の庭からは、祭りのあとのような明かりが漏れていたが……それもやがて消え、いつもの静寂を取り戻す。


 そうなると、ますますさっきの出来事が夢なんじゃないか、と思えてくる。


 顔はまだ火照って熱っぽいし、手は操縦桿の握りすぎでマメができちまった。

 3日徹夜でプレイしても、こんな風になることはなかったんだがな……。


 まだ、戸惑いはあるものの……不思議と気持ちはスッキリしてる。



「ボーンデッドさーん! チャッカリ全部おわりましたー!」



 ララニーの声がコクピットに飛び込んできた。

 見ると、聖堂院のある土手から転がるように駆け下り、両手をぶんぶん振り回しながらこっちに向かってきている。


 一番動いて一番大声を出していたはずなのに、まだあんなに元気とは……たいしたヤツだ。



「はぁ、はぁ、はぁ……! ボーンデッドさんの指示どおり、明日の開店に行列を作ってた町の人たちには整理券をお配りしました! 後片付けのほうもみなさんがチャッカリやってくださいました!」



 息を切らしながら、わんぱく坊主のようにボーンデッドの身体によじ登ってくるララニー。



「それと、聞いてください! 今日の売り上げ……じゃなかった、寄付なんですけど、なんとなんと、200万エンダーでした! あたし、10万¥以上のお金を見るのって初めてでしたから、そりゃもうチャッカリビックリしましたよ!」



 そう報告しながら、勝手知ったる我が家のようにボーンデッドの肩に腰掛ける。



「ああ……! まさかこんなに売……寄付がいただけるなんて……! それも、たったの1日で……! これもひとえに、ボーンデッドさんがチャッカリしているおかげです! 本当にありがとうございました!」



 コイツは俺が返事しなくても、一方的に話し続ける。


 まぁ、コイツだけじゃなくて、聖堂院の女の子はみんなそうなんだが……ちゃんと聞いてくれてる、とでも思ってるんだろうか?


 まあ……実際ちゃんと聞いてやってるんだがな。



「でも……そんなことよりも、あたしがもっともっと感謝したいのは、ルルニーさんのことなんです」



 ……ルルニーのこと? なんでだ?


 ララニーは俺の疑問に答えるように、ボーンデッドの上で足をぶらぶらさせながら、ポツポツと語りだした。



「ルルニーさんってあたしのお姉ちゃんなんですけど、あんまり人と話すのが得意じゃないみたいで……。


 小さい頃も、いっつもひとりでお人形さんと話しているような子だったんですよ。

 まぁ、あたしがムリヤリ外に引っ張り出してたんですけどね。


 聖堂院のみなさんとは話せるようになったんですけど、町の人たちとはサッパリで……ルルニーさんってしっかりしてるように見えるから、意外でしょ?


 んでんで、あたしがビックリしたのは、そんなルルニーさんがボーンデッドさんを連れてきたことだったんです。


 ルルニーさんがお客さんを連れてくるなんて初めてのことでしたから、ビックリしちゃいましたよ。

 だからボーンデッドさんのことは、最初は人さらいだと勘違いしちゃったんですけどね。


 ボーンデッドさんが来た日の夜に、ルルニーさんが教えてくれたんですけど、なんとキスまでしちゃったって……!


 あの目をあわせるだけで恥ずかしがるルルニーさんが、キスだなんて……!

 あたしはビックリしちゃって、ベッドからひっくり返って落ちちゃいましたよ!


 あっ……あたしとルルニーさんは床で寝てるから、転がっただけなんですけどね!

 まあそのくらい、驚いたってことで!


 なんだかルルニーさん、ボーンデッドさんの前だと本当の自分を出せるみたいです。

 なんででしょうね? ボーンデッドさんがお人形さんみたいだからですかね?


 でもなんにせよ、いいことだ! とっても嬉しいな! って思ったんです!


 ……。


 でも……。


 でも、なんででしょうね……ちょっと妬けちゃったりなんか、しちゃったりして……。


 ……。


 ……だからあたし、ついルルニーさんに意地悪しちゃいました……。

 ルルニーさんが大勢の前でしゃべるのが苦手だと知ってて、『いただきますのお祈り』をするように振っちゃったんです……。


 あたし……最低です……心が汚れちゃってますよね……。

 聖職者失格です……。


 あ~あ……ルルニーさんみたいに、もっと心がキレイだったらなぁ……」



 ふと、ララニーは我に返った。



「あららっ!? あたし、ボーンデッドさんにお礼を言うつもりだったのに、何を言ってるんでしょ!? あははははっ!? そっ、そうだ! 本当は、みんなと一緒に寝ましょってお誘いに来たんでした!」



 ララニーはアセアセと取り繕うように言いながら、ボーンデッドの肩からヤケ気味に飛び降りる。

 河原の石のせいで変な着地になってしまい、グキッ! と足をくじいていた。


 しばらく悶絶した後、何事もなかったように顔をあげると、



「さっ、まいりましょ、ボーンデッドさん! 聖堂院まで、チャッカリ競争です! よーいどーんっ!」」



 本当に何事もなかったかのような、いつもの笑顔で走り出した。

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