第11話

 突如、茂みを破って現れたボーンデッドに、腰を抜かす山賊ども。

 黒いサンタキャップだけでなく、暑苦しく歪んだ驚き顔までお揃いときてやがる。


 意気揚々としていた黒いサンタどもの進軍は、森の熊さんを前にしたお嬢さんのようにピタリと固まった。


 俺は、怒りに燃えていた。

 思わず操縦桿を握りつぶしちまいそうになるほどに。


 おじさん、お逃げなさい……なんて言ってやらねぇ……!

 全員、ブッ潰す……!


 あんないい子たちをさらうだなんて、ぜってぇさせねぇ……!

 二度とそんな気が起きねぇように、メチャクチャにしてやらぁ……!


 こんなに怒りを感じたのは、チームバトルで相手が全員チーターだった時以来だ。


 しかもその時は味方チームも全員チーターで、味方に攻撃が当たるチートがしてあった。

 俺をランキング1位から引きずり下ろすために仕組まれた、罠だったんだ……!


 しかし、俺は負けなかった。

 味方からの攻撃は受けるのに、こっちは撃ち返しても味方に当たらねえという地獄のような状況で、チートを駆使する相手チームをひとりで全滅させたんだ。


 さらにタチが悪かったのは、ゲームが終わったあとソイツら揃って俺をチート呼ばわりしやがったんだ。

 ネットにさんざん悪口が書き込まれたが、俺がその時のプレイ動画をアップしたらどいつもこいつも黙りやがった。


 以降、ソイツらは俺に近寄りすらしなくなったんだよな。


 俺の激情がコクピットごしに伝わっているのか、山賊どもは恐れおののいている。



「こ、コイツが、例のゴーレムかっ!?」



「あ……ああっ! 間違いねえっ! 例のゴーレムだっ!」



「血……血だっ!? ゴーレムのくせに、真っ赤な血を流してんじゃねぇか!?」



「すっ……すげえ迫力……! やべえぞ、コイツ、キレてやがる……! マジでキレてやがるっ……!」



「こっ……怖えよ……! ゴーレムというより、怒り狂った白い魔神みてぇじゃねぇか……!」



 ボーンデッドを仰ぎ見ながら、潮が引くように後ずさる野郎ども。

 そういえば排水の途中だったと今更ながらに思い出す。


 今にも逃げ出しそうだったヤツらに、激が飛んだ。



「え……ええいっ! おめえら、怖気づいてんじゃねえっ! しょせんはゴーレムだっ! こっちにはメルカヴァがたくさんあるじゃねぇか! いくぞっ! 一斉攻撃だっ! たとえヤツが魔神だったとしても、ひとたまりもねぇはずだ! 起きやがれっ! 『ジャイアント・バンディット号』っ!」



 今回のリーダーらしきオッサンが叫ぶと、馬車で牽引していた積荷がギギギギゴゴゴゴと軋むような音をたてて一斉に起き上がった。


 『ぴったりドンキー』2号店から7号店ってカンジのボロ……ブリキの板を打ちっぱなしにしたような6体のメルカヴァが、次々と荷台から降りる。



「さあっ! やっちまえっ! 我ら『ブラックサンター』に歯向かったヤツがどうなるか、思い知らせてやるんだっ!」



 号令一下、一列になってゲチョンゲチョンと向かってくるジャイバンたち。


 搭乗者を表す『フェイス』も6つ連なっている。

 金太郎飴みたいにどこを切っても髭モジャのオッサンだ。


 その他のオッサンたちはというと、クロスボウを構えて一斉射撃。

 針のような矢がビュンビュンと飛んできている。


 ボーンデッドの身体に当たるたび、ガキン! ゴキン! ガガン! と甲高い音がコクピット内に響く。


 ……言ったよなぁ? 俺、うるせぇのは大っ嫌いだって……!


 心の内で燃え上がっていた怒りが、ついに爆発炎上した。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 腹を突き破るような雄叫び。



「俺の利き手が光りに光るっ! お前を倒せとバチバチ叫ぶっ……!!」



 がばあっ! と開いた右手。

 白いマニュピレーターが、逆立つような青白い閃光に包まれる。


 ……今度こそ、キメるっ……!!



「シャぁぁイニングっっ……!!」



 ……そして、俺はデジャヴを見た。


 輝く指先が、先頭にいるジャイバンの胸に触れるか触れないかくらいのところで……気が早いにも程があるだろってくらいに、見事なまでに砕け散ったんだ。


 俺の怒りの一撃はとどまる所を知らず、稲妻の槍のように次々と貫いていき、6体ともあっさり爆散させちまった。



 ……どばふぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!



 爆風が押し寄せる。

 バラバラになったパーツが飛んできて、ボーンデッドにガンゴンガンゴン当たる。


 ……くそっ! また、技名を最後まで言えなかった……!



「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 俺は怒りに任せ、『ロケットリム』を発動。

 まだ帯電している右手を、煙の中に向かって発射する。



「サンダぁぁぁ……ロケットパァァァァァァァァァァンチ!!」



 間を置かず撃ち出される、青白い砲弾。


 雲を突き破る戦闘機のように煙を散らし、視界が一気に開ける。


 そして、白煙の向こうに見たのは……高速で迫りくる魔神のゲンコツに、髪まで蒼白になっているオッサンたちの姿。

 絶望の二文字を形にしたかのような……最期の顔だった。



 ……ドッ……! ガァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!



 それは、まるでモーセの奇跡。

 海割のように、ど真ん中からちょうど真っ二つになっていくキャラバン。


 馬車や荷車の断面が見えたあと、ウエハースのように粉々に散っていく。


 最後に残ったのは、大震災の後のような瓦礫の山と、星が落ちたかのように地面に大穴を開けている拳。


 そして……魔神のように仁王立ちになったままの、ボーンデッドだった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺は、身体の火照りを感じながら、温泉へと戻っていた。


 我を忘れて怒りを放出したあとは、いつもこうなっちまう。

 普段なら自己嫌悪に陥り、頭を抱えてジタバタするんだが、今日は違った。


 なんだか祭りのあとのように、ぽやあんとしている。

 なんとなく、心地いい。


 なんでだろうな……?

 もしかしたら自分のためではなく、他人のために怒ったからだろうか。


 俺が誰かのために怒りを感じるなんて、生まれて初めてのことだからな。

 今までは誰がどんな目に遭おうと、知ったこっちゃなかった。


 いや……違うな。

 昔は誰よりも正義感がある、なんて言われたもんだ。


 といっても……世間を知らねぇクソみたいなガキの頃だけどな。


 って、危ねぇ危ねぇ。なに思い出に浸りかけてんだ。

 ベンタブラックよりも黒い歴史を紐解こうとするなんざ、正気の沙汰じゃねぇ。


 俺もヤキが回ったな……と頭をコツンと叩いていると、ふと、レーダーに反応があった。


 温泉のある滝、そのはずれの岩山のほうに、ふたつの赤点があったんだ。

 タッチしてみると、それは人間のようだった。


 聖堂院のヤツらは全員温泉のほうにいるハズだから……また、アイツらか……!?


 俺は進路を変更し、謎の赤点のほうへと向かう。


 着いた先は、水の流れ出す洞窟だった。

 この中に誰かがいるようだ。


 ボーンデッドは図体がデカいから、中に入るとすぐ見つかっちまう。

 逃げられるかもしれねぇから、まずは『集音』スキルで様子を伺おう。


 赤点のある地点を集音指定すると、ドドドドドと水が落ちるような音がコクピット内に反響した。

 敵はどうやら滝のそばにいるようだ。


 でもこれじゃ何が何だかわかんねぇから、滝の音を雑音扱いにしてカットする。


 すると、耳慣れたふたりの少女の会話が聞こえてきた。



「くぅぅぅ~っ、ルルニーさんっ! たっ、滝行は久しぶりですけど、キツいですねぇ~っ! チャッカリ身が引き締まる思いですっ!」



「はいっ、ララニーさん……! でも聖堂院が貧しいのは、ゼムリエ様への祈りが足りていないせいです! ですからこうして……!」



「わかってますって! ボーンデッドさんがいなければ、飢え死に寸前でしたもんね……!」



「はいっ……! でも、ボーンデッドさんに頼ってばかりはいられません……! わたしたちは自分たちの力で生きていかなくてはなりませんから……!」



「刺繍も詩集も、最近ぜんぜん売れませんもんね……! これも、ゼムリエ様への祈りが足りないせいですよね……!」



「はいっ……! わたしたちの信心が足りないのが、町の方々にも伝わっているのです……! ですのでどなたもお祈りに来てくださらないのです……!」



「くうううっ……! ゼムリエ様! ゼムリエ様ぁ! どうかどうか、聖堂院をお救いくださぁぁぁいっ……!」



「ゼムリエ様……! わたしたちはどうなっても構いません……! せめて、子供たちだけでもゼムリエ様のお慈悲を……!」



 俺は滝に打たれてもいねぇのに、身体の熱がすっと冷めていくのを感じていた。


 ……これが、『特別なお祈り』ってやつか……。

 てっきり温泉に入りに来たのかと思ったんだが、これが目的だったんだな……。


 しっかし、滝行をやるなんざ……修験道かよ……。

 ファンタジーRPGの世界には、似合わねぇなぁ……。


 それに神様になんざ祈ったところで、なんにもしてくれねぇぜ……?

 神はサイコロを振らないんじゃない。ヤツらはそれすらも面倒くさがるんだ。


 急に、少女たちの声が途絶えた。


 ……どうしたんだ?

 さっきまで荒い息が聞こえてきてたのに……?


 敵ではないとわかった以上、遠慮するこたあねえと、ボーンデッドを洞窟の中に進める。


 すると……滝つぼの下で倒れている、ルルニーとララニーがいたんだ……!

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