第12話

 ルルニーとララニーが打たれていたのは、俺が想像していたよりも遥かに激しい滝だった。

 てっきり打たせ湯くらいの規模かと思ってたんだが、ハリウッド映画ならこの上から誰かが降ってきそうなくらいに雄大だ。


 氷壁のように固くて冷たい流れは、のしかかるような水圧となってふたりの少女を押しつぶしている。

 モニターに表示されている水温もかなり低い。


 ムチャしやがって……!

 ふたりとも枝みたいに細い身体してるクセに……!


 俺は唇を噛みながら白滝に飛び込む。

 すさまじい水圧だが、ボーンデッドにとってはシャワー同然だ。


 ふたりとも腕ですくいあげて、とりあえず滝の外へ連れ出した。


 ボーンデッドの堅い腕の中で、ぐったりしている少女たち。


 ルルニーの健康肌も、ララニーの色白肌も、見る影もないほどに青白くなっている。

 唇も薄紫で、まるで死人みてぇだ。


 俺は今までに感じたことのないほどの危機感を覚えていた。

 こんなヤバい状態の人間を見るのは、初めてだったからだ。


 いや、どうでもいいヤツだったら「ほーん」と鼻くそでもほじくってたかもしれない。


 だが、コイツらは……どうでもよくなんかねぇ……!

 こんな所で死んじゃいけねぇヤツらなんだ……!


 残された子供たちが悲しむ、なんてことじゃねぇ……!

 だって彼女たちは、ついこの前……生まれて初めてカレーを食ったばかりなんだぞ……!


 この世には、もっとうまいもんや楽しいことがいっぱいあるっていうのに……!

 それを知らずに死んでいくなんて、そんなバカなことがあるかよっ……!


 ぜってぇ……ぜってぇ死なせねぇ……!

 待ってろよ……この俺が、絶対に助けてやっからな……!


 俺は、自己最高を遥かに塗り替えるスピードでスキルウインドウを操った。

 世界一を決める時の戦いでも、こんなに速くはなかった、ってほどに。


 スキルポイントは使い切ってたんだが、さっき山賊どもをブチのめした際に一気にレベルアップして、また補充されている。


 まさか、アイツらの存在が役に立つだなんてな……!


 まずはアプリケーションの『メディカル』のスキルを獲得。

 レベル1でパイロットの健康状態、レベル2で外部の健康状態がわかるようになるんだ。


 ゲームのほうではプレイヤーキャラの健康状態に気を配る必要があるから、レベル1は必須のスキルといわれている。

 いまは俺自身がプレイヤーキャラだから、すっかり取るのを忘れてたけど。


 俺の健康状態なんてどうでもいい。

 今も、そしてこれからも。


 ためらいなく2ポイントをつぎ込み、超特急でメディカルモニターを開いた。


 ルルニーとララニーをターゲッティングし、健康状態のスキャンを実行。

 ふたりの少女の柔らかな身体のラインをなぞるようにして、緑色のレーザーが走る。


 身長と体重、スリーサイズまでもが表示されているが、今は目に入らなかった。



『深部体温30度、呼吸心拍あり、静脈起動問題なし。重度の低体温症ですが、早期対応により別状ありません。安静にし、体表加温を行ってください』



 モニターに表示されたメッセージに、俺は思わずガッツポーズを取ってしまう。


 よし……! 発見が早いのが良かったんだな……!

 このまま一気に、死神の手からお姫様たちを奪い返してやるぜ……!


 すぐさま外装の『オペレートボディ』のスキルを獲得。

 発動すると、ボーンデッドの首の下から足のつま先までが平らに変形し、鋼鉄のようだった機体が柔軟性を持つ。


 これは、ボーンデッドの身体がベッドのようになるスキル。

 野戦で負傷した兵士などを緊急で寝かせることができるんだ。


 ただの兵士を助けるボーンデッドなんていやしねぇから、不人気スキルのひとつでもある。

 使う場面があるとすれば、要人救出の際などに人質が負傷した場合くらいだ。


 要人が死んじまうとミッション失敗になっちまうからな。

 とはいえスキルポイントは有限だから、見殺しにするヤツも少なくない。


 でも今の俺にとっちゃ、このふたりは大統領なんかよりもずっとずっと大切だ。

 だからちっとも惜しくなんかねぇぜ……! スキルポイントくらい、いくらでもくれてやるっ……!


 最後に、『ヒートアーム』をレベル1からレベル2に……!

 これで腕だけじゃなく、全身から熱を出せるようになる……!


 俺はボーンデッドを洞窟の床に横たえ、胸の上でルルニーとララニーを寝かせる。

 そしてふたりの身体を、両腕でやさしく包み込んだ。


 『メディカル』のスキルと連動し、『ヒートアーム』が自動的に発動。

 今の彼女たちに必要な温度が選択され、温められていく。


 モニターには、ふたりの少女のサーモグラフィーが表示されている。

 氷像のように真っ青だった身体が、じょじょに赤みを取り戻していくのが見えた。


 ふぅ……これでよし……!

 もう大丈夫だろう……!


 俺は安堵のため息とともに、シートにどっかりと倒れ込んだ。

 ボーンデッドは仰向けになっているので、洞窟の天井が見える。


 そして、目を見張った。


 頭上は礼拝堂の天井絵のごとく、一面が巨大な壁像になっていたんだ。


 星空から美の巨人が降ってくるような、大迫力のビジュアル。

 この世のものとは思えぬ力強さと美しさ、そして神々しさ感じさせる見事な芸術作品だった。


 巨人は、女の形をしていた。

 レオナルドダビンチの人体図のように両手を広げており、天井に埋まった大樹と一体化している。


 天然物と人工物、人と人ならざるものが併さったような神秘的な造形に、俺は直感した。


 ……コイツが……この国の女神……ゼムリエか……!


 頭の中に、ララニーの明るすぎる声がこだまする。



 『ルルニーさんの胸が大きくて、あたしも鼻が高いです! ゼムリエ様みたいにボイーン! ってなってくださいね! ボイーンって!』



 たしかに……ララニーに言うとおり、ボイーンってしてるな。

 正直言って、顔も身体も俺のどストライクだよ……。


 でも……俺はあんたを信用しねぇ……!

 こんな近くにいながら、こんないい子たちを見殺しにしようとしてたんだからな……!


 俺はコクピットごしにゼムリエを睨みつけてやったが、ヤツは変わらない涼しい顔を返してくるばかりであった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺はふたりの体温が上がるのを待って起き上がり、洞窟の外へと出た。

 寒い洞窟の中よりも、太陽が照って暖かい外のほうがいいと思ったからだ。


 呼吸も脈拍も安定しているから、少しくらいなら動かしても大丈夫だろう。

 子供たちのいる温泉に向かって歩いていると、腕の中にいるふたりが意識を取り戻した。



「う……ううん……」



 ルルニーもララニーも、長い眠りから覚めたように呻いていた。

 ショボショボした目で、ぼんやりとボーンデッドをかいばんでいる。


 そして茫洋としたまなこのまま、こう呟いたんだ。



「……チャッカリ……あったかい……です……」



「……こころのナカまで……ぽかぽか……してます……」



「……ひょっとして……かみ……さま……?」



「……かみさま……? かみさまなのですか……!?」



 ふたりは殻をやぶったばかりの雛鳥のように、視線をさまよわせはじめた。

 そして、ついに親を見つけたかのように……瞳に確かな光を取り戻す。



「ああっ、かみさまが……! あたしたちのところに、きてくださいました……!」



「はい……! いっぱい……! いっぱいおいのりしたのが、つうじたんです……!」



 ふたりの目は夕暮れの湖畔のように、光にあふれてキラキラしていた。

 その輝きは真珠となって、ララニーの瞳からどばっと、ルルニーの瞳からつうっとこぼれ落ちる。


 そして……ダムは決壊した。



「わあああっ……! ああああんっ! うわぁぁぁぁーーーんっ! かみさま! かみさまぁ……! 子供たちを……! 子供たちをお救いくださぁぁぁぁい!」



「ううっ……! ううううっ……! ぐすっ……! わたしたちだけでは、子供たちを救えません……! どうか、どうか……! かみさまのお力を、わたしたちにお貸しください……!」



 ボーンデッドの胸にひしっとすがりついて、子供のように泣きじゃくるふたりの少女。

 俺は、巣から落ちた雛鳥のように、大きなで手でやさしく包み込んでやった。


 きっと……今まで大変だったんだろう。

 自分たちだってまだ子供だっていうのに、大勢の子供たちの面倒を見てきたんだからな。


 いつも気丈に振る舞っているが、やはり辛かったんだ。

 それでも弱音ひとつ吐かず、一生懸命がんばって……!


 子供たちのために、ルルニーは母親のような微笑みを、ララニーはいっぱいの元気を、決して絶やさなかった……!


 だがそれも、今日で終わりだ。

 もうお前たちを、これ以上すり減らせはしない……!


 俺が……救ってやるよ……!

 子供たちを……そして、お前たちふたりを……!


 ぜってぇに……みんなを幸せにしてやっからな……!!



――――――――――――――――――――

●レベルアップしたスキル


 武装

  Lv.01 ⇒ Lv.02 ヒートアーム


 外装

  Lv.00 ⇒ Lv.01 オペレートボディ


 アプリケーション

  Lv.00 ⇒ Lv.02 メディカル

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