第9話

 人里離れた山奥の温泉に、元気いっぱいのカウントダウンが響く。



「いーち! にーい! さーん! しーい! ごーお!」



 ララニーが両手を指揮者のように振って先導し、そのあとに皆が続く。

 誰もがお行儀よく正座し、湯船に浸かった肩を、リズムをとるように左右に揺らしていた。


 みんなお行儀がよく、みんなかわいい。

 小学生や高校生までの幅広い就学児たちが、ボーンデッドのまわりで楽しそうに歌っている。


 俺はなんだか浮かれちまって、コクピットの中で唱和に参加していた。



「ろーく! なーな! はーち! きゅーう! じゅーっ!!」



 ざばーんっ!


 両手を翼のように広げて一斉に立ち上がる、素肌の天使たち。

 ミルククラウンのような水しぶきが、輪になってたちのぼった。



「はぁーいっ! みなさん! チャッカリ肩まで浸かって10数えましたね! ではでは、洗いっこしましょー!」



「はぁーいっ!!」



 統率のとれた動きで温泉から出て、隣の平らな岩盤の上で再び輪になる少女たち。

 ムカデ競争のように同じ方向を向いたあと、サッと跪く。


 そして前にいる子の背中を、タオルで拭きはじめた。



「♫ごっしごっししましょ、おとなりさん」



 歌いながら、各々の前にある背中をひとしきりこすったあと、180度回転。



「♫それではこっちらも、おっかえしに」



 今度は反対側の子の背中を、ごしごしこする。


 俺は湯船で背を向けたまま、背面カメラでその様子を眺めていた。


 ああ……温泉に浸かりながら、美少女たちの洗いっこが見られるだなんて……。

 身も心も癒やされる……この光景の前では、神々ですら争いをやめちまうだろう……。


 ちちくらべのように並んだ少女たち。

 無い子は無い子なりに健気にふるふると、有る子は有る子らしく早熟にゆさゆさと、母性を揺らしている。


 水滴を弾くハリのある肌は波打ち、先端は生意気にもツンとしている。

 ショートケーキのイチゴのようなソレめがけて『ズーム』すると、毛穴が判別できるほどモニターいっぱいに大写しになった。


 ああ……なんて素晴らしいんだ……!

 世界最高の風景だって、絶景の星空だって、この美しさには及ばない……!


 こんないいもの、猫型ロボットに泣きついたって見れねぇぞ……!

 あっちはせいぜい、ヒロインひとりの入浴シーンだけだし……!


 俺は鑑定するように目を凝らし、ひとりひとりの宝石を愛でていたんだが……ふとあることに気づいた。


 よく見たら……全然泡立ってねぇ。

 コイツら……石鹸とかシャンプーみたいなのは使ってないのか?


 いままでの彼女たちを見ていたから、すぐに答えは出た。

 主義だとか、信仰上の理由とかじゃねぇ。


 貧乏だから、石鹸が買えないんだ……!


 俺はざばぁと立ち上がり、温泉からあがる。



「おやおや? ボーンデッドさん、どちらへ?」



 手をひさしのようにして仰ぎ見るララニーから尋ねられたので『スグ モドル』と答えた。


 俺は温泉から離れると、川沿いにある獣道からはずれて森の中へと足を踏み入れた。

 藪をかきわけながら、『石鹸のかわりになる木の実』とクグってみる。


 『ムクロジ』という実がヒットしたので、『サーチ』のスキルで探す。


 すると、ぎんなんみたいな木の実が見つかった。

 これが『ムクロジ』か。


 ついでにクグって天然石鹸の作り方を調べる。

 どうやら無臭らしいので、さらに『香りのいい花』でサーチして、適当に花も摘んだ。


 これで材料は揃った。

 あとはネットのやり方で石鹸を作るだけだ。


 俺はモニターの検索結果に目を通しながら、スキルウインドウを開く。

 スキルポイントを使って『ヒートアーム』のスキルを獲得する。


 『ヒートアーム』……これは、『サンダーアーム』の親戚みたいなスキルだ。


 『サンダーアーム』が電気をまとうスキルなら、『ヒートアーム』は熱。

 ボーンデッドの腕に、高熱を発生させることができるんだ。


 ボーンデッドの手のひらにムクロジと花を置いて、潰さない程度に軽く握りしめる。

 そして『ヒートアーム』を使って一気に加熱する。


 指の間から薄く煙がたちのぼったところで手のひらを開くと、ドライフルーツになったムクロジの実と、ドライフラワーになった花々があった。


 あとはコレを強く握りしめて、粉々に砕いて混ぜ合わせれば……天然石鹸の完成だ……!



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺は少女たちの元へと戻ると、『セッケン ダ』と手のひらに乗せたものを差し出す。


 しかし、皆は人間の手からエサをもらうリスのように懐疑的だった。


 木の実が石鹸のかわりになるだなんて、そんなことがあるわけ……と半信半疑ながらも、タオルに包み込んだ木の実で背中をこすってみると……。


 ブクブクと、白い泡が生まれた。



「うわあ~っ! うわっうわっ、うわあーっ! 本当に泡立ソープってるぅー!?」



「すごいです……! 木の実がこんなに泡立つなんて、知りませんでした……!」



 まるで手品でも見ているかのように、目を白黒させるララニーとルルニー。

 他の子たちも大はしゃぎだ。



「わあーっ! すごーい! 石鹸だ、石鹸だぁーっ!」



「石鹸なんて、ひさしぶりー!」



「うれしいね! それに、石鹸よりいいニオイがするよ!」



「ほんとだぁーっ! お花のいい香りー!」



 泡からたちのぼるフローラルな香りに包まれて、天にも昇るような少女たち。

 小さな子たちは身体じゅう泡まみれにして、おおはしゃぎだ。


 雲の羽衣をまとったような少女たちは、もはや天使に相違ない。

 洗い場にはしゃぼん玉があふれ、温泉の湯気とあわさって天国と見紛うような光景だった。


 虹色しゃぼんに映る、色とりどりの花のような笑顔。

 どれもが弾けんばかりに満開で、こっちまで嬉しくなっちまった。



「……肌の露出が減ったのは残念だが、ま、いいよな。俺にとっちゃ、刺激が強すぎたし……」



 しかし、そんな俺の独り言は大間違いであると、あっという間に気付かされることになる。



「ああっ!? ボーンデッドさんも汚れているではあーりませんか! みなさぁーんっ! ボーンデッドさんもチャッカリ洗ってさしあげましょー!」



「はぁーいっ!!」



 俺は美少女軍団に促されるまま洗い場に寝かされ、一斉にごしごし奉仕を受けた。

 モニターは全方位、泡まみれになっちまう。


 でもまぁこれだけなら洗車同然で、別に刺激的でもなんでもなかったんだが、



「えっへっへー! いーこと思いつきました! こーすれば、あたしもチャッカリ綺麗になります!」



 ララニーが何を思ったのか、泡まみれの身体をボーンデッドに押し付けてきたんだ……!


 モニターに大写しになった裸体は、ガラスにへばりついたヤモリのようだった。

 それだけでは飽き足らず、



「ボーンデッドさん、きもちいいですかぁーっ!? ごしごし! ごしごーしっ!」



 ララニーは身体をこすりつけるように、上下に屈伸運動をはじめたんだ……!

 押し付けられた胸が、にゅるんにゅるんと滑らかに形をかえて滑っていく。


 せっ、聖職者のくせに、なんてことを……!?

 これじゃまるで、泡……!


 姫たちが、一斉にボーンデッドに身体を密着させていた。

 全方位、どこを見てもカラー魚拓のような裸体、裸体、裸体。


 女の子たちが全員、ララニーのマネをしやがったんだ……!



「じゃーみなさんごいっしょに! ボーンデッドさんを、ごしごし! ごしごし!」



「ボーンデッドさんをごしごし!! ごしごし!!」



 無邪気な歌声とともに、裸体がマスゲームのようにうねりはじめる。


 次の瞬間、彼女たちのすべてが白日の元に曝け出された……俺限定で。


 ブバッ! と弾けるような音とともに、コクピットを満たす湯の上に、赤い絵の具のようなものが広がり、溶けていった。


 ……んふふ、夢だよね。コレ。

 ずっと覚めないから忘れてたけど、そうだコレ、夢だったんだ。


 じゃなきゃ、こんなマジックミラー号みたいなこと、あるわけないもん。


 えーっと、なんていうの?

 ガラスの上でうつ伏せにねそべっている女の子たちを、その下で仰向けになって見上げているような、そんなカンジ?


 こんなの、世界の大富豪だって実現できないよね?

 っていうか、それ以前に犯罪だし。


 いま目の前にどアップである裂け目みたいないのは……きっと、ぴったりくっついた太ももだよね?

 それとも、曲げた腕かな?



――――――――――――――――――――

●レベルアップしたスキル


 武装

  Lv.00 ⇒ Lv.01 ヒートアーム

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