ゲーマーおっさん、ゴーレムに引きこもる…でもソレ、実はスーパーロボットですよ!?
佐藤謙羊
第1話
俺は、ウテルスの中で目覚めた。
ウテルスが何かって? そんなものはクグれ。
ともかく俺の目の前には、夢の世界が広がっていたんだ。
「……マジがよっ!?」
声を出すのは久しぶりだったので、掠れてしまう。
でも今の気持ちは言葉にしないと、到底信じられなかった。
「マジで『ボーンデッド』のコクピットの中じゃねーか!」
『戦闘墓標ボーンデッド』……いま世界で一番アツい、ロボットバトルゲームだ。
『ボーンデッド』という最強の戦闘ロボットが主役なんだが、そのコクピットにはハッチが存在しない。
製造工程で注入された人間の受精卵がコクピットに着床し、その中でひとりの人間が生まれるんだ。
その子供はコクピットをゆりかごにし、操縦桿をおしゃぶりのかわりにして育つ。
シートに座ったまま飯を食らい、便座を兼ねているシートで糞を垂れる……。
コクピットの中なので、誰からも見られることもない。
誰からも知ってもらえず、誰からも触れられることはない。
赤子が泣き声をあげ、存在証明をするかのごとく……ただひたすら戦いに身を投じていく。
そして最後には、コクピットを棺桶として、死んでいく。
それが、
戦闘墓標といわれるゆえん……!
冷静に考えたら究極の社畜みたいな話だが、ともかく俺はその救いのないハードな世界観に惚れたんだ。
ウテルスに見立てた狭い自室に引きこもり、ひたすらにゲームをプレイした。
おかげで世界チャンプになるほどの腕前になったが、やめられなかった。
仮眠の間ですら、夢の中でプレイするほどだった。
そして、いつもの短い休息を終えた俺が、突っ伏していたパソコンデスクから起き上がると……そこは理想郷に変わっていたんだ。
「す……すげえ……! マジで、マジでボーンデッドの中だ! これ……全部ホンモノかよっ!?」
暗闇のなかで、薄明るく浮かび上がる無数のスイッチや計器たち。
球形になっているコクピットの壁にびっしりと敷き詰められているそれらは、まるで百目の妖怪が睨んでいるような、独特の圧迫感がある……!
そう……! これこれ!
このカンジ……想像どおりだ!
くぅ~! たまんねぇ!
俺は、世界チャンプになった瞬間以上の興奮を覚えていた。
アドレナリンが脳からドバドバ出ているのが、自分でもわかる……!
こんな気持ち……引きこもってから……いや、生まれてから初めてだ……!
もう、我慢できねぇ……!
もう、やるしかねぇだろ……!
俺はリアル『ボーンデッド』の操作にとりかかる。
今のこの状態は、いわばスリープモード。
それを解除してやれば、コイツは『起きる』……!
俺は万感の思いを込めて、シートの両脇から生えている操縦桿を握った。
あたりは音もなく光り輝く。
真正面の計器があった場所に、プロジェクターのような映像が映し出された。
ボーンデッドは手元の操縦桿で大体の操作が可能だ。
それに音声操作や脳波コントロールにも対応しているので、壁のスイッチ類は初期のスキルが少ない時か、非常時にしか使わない。
だからモニターが投影されて見えなくなってしまっても、大きな問題はない。
それに……俺くらいになると、どこに何のスイッチがあるかは覚えてるからな。
モニターには、今までさんざん目にして、そしてこれからも目にするであろうボーンデッドのステータスが表示されていた。
「って、何だよコイツ!?
機動性も装甲も、武装もなにもかもが初期状態。
嫌な予感を抱きつつ、所持スキルのほうも見てみたのが……見事に当っちまった。
ボーンデッドを動かす根幹となる『電力供給』と『水分供給』、そして言語を自動翻訳してくれるアプリケーション『言語』、さらに転倒防止のための『オートバランサー』……。
ようは、初期スキルのみだった。
他は何のスキルも持っていない。
ゲーム開始時に与えられる、2ポイントのスキルポイントがあるだけだ……。
「くそ……! しょうがねぇなぁ!」
俺は萎えかけていたやる気を奮い立たせる。
いまさら最初からやり直すだなんて面倒くさくて死にそうだったが、夢から覚める前に、なんとしてもコイツを動かしておきたかったんだ。
ムリヤリ気持ちを初心に戻すと、計器類に手を伸ばす。
こうやって操作するのも久しぶりだ。
まず、いの一番にオートバランサーをオフ。
これは俺にとっちゃ表計算ソフトのイルカと同じだからな。
そして、外部カメラユニットを起動。
初期状態だから、カメラも顔についてる一門だけか……!
まあいい、次は外部マイクユニットを起動だ。
これで、外の音が聞こえるように……!
♫ウィ ウォッシュ ユー ア メリ クリ○○ス!
突如、風なりに混ざって野太い歌声がコクピット内に流れ込んできた。
♫ウィ ウォッシュ ユー ア メリ クリ○○ス!
♫ウィ ウォッシュ ユー ア メリ クリ○○ス!
♫ウィ ウォッシュ ユー ア メリ クリ○○ス アンハッピーニューヤー!
なんだ、この下品な替え歌は……!?
俺は見回すようにボーンデッドを操作する。
あたりはうっそうと茂る森で、他にはなにもない。
森の中を突っ切るようにして延びるあぜ道の真ん中に、俺は立っていた。
ここは、どこなんだ……?
たぶんゲーム内のどこかのマップなんだろうけど、見覚えがない……。
でも、やりこんだ俺が知らないマップなんて、あるわけがねぇし……。
あぜ道の向こうからは、キャラバンのような馬車隊が陽気な歌声とともに近づいてくる。
ズームしようとしたが、初期状態なのでズームが使えなかった。
馬車に乗っているのは、昔の山賊みたいなガラの悪そうなオッサンどもだった。
むさ苦しい顔は無精ヒゲと傷だらけ、鍛え上げられた身体に毛皮や
しかし何よりも妙だったのは、全員おそろいのサンタキャップを被っていたことだった。
しかも赤いヤツじゃなくて、黒いの。
なんで黒いサンタキャップなんて被ってんだよ……ダサすぎだろ……。
それにあんなヤツら、ゲームにはいない。
『戦闘墓標ボーンデッド』は近未来を舞台にしたハードSFのはずなのに……アレじゃまるで中世ファンタジーRPGの敵みたいじゃねぇか……。
ファンタジーRPG自体は嫌いじゃなくて、むしろ大好きだ。痺れるほどに。
並行して遊んでるのがいくつかあるくらいだからな。
でも、大好きだからって……それに、いくら夢だからって……掛け合わされちゃ台無しだ。
アイスクリームとラーメンが大好物であったとしても、混ぜて食ったりはしねぇだろ? それと同じことだ。
俺は、ちょっと夢から醒めつつあった。
我が物顔で下品な歌を謳歌していた山賊どもは、俺の足元……ようはボーンデッドの足元で馬車を止めると、なぜか嬉しそうに見上げてきた。
「おっ!? 『メルカヴァ』が捨ててあるじゃねぇか!?」
「『フェイス』がねぇから、『メルカヴァ』じゃねぇだろ! コイツは『ゴーレム』だ!」
俺はとっさにモニターを操作して、画面を分割する。
外部カメラの映像とスキルウインドウを同時に表示してから、脊髄反射のような速さで初期のスキルポイント使い、
『アウトラインネットワーク』
のスキルを取得した。
ボーンデッドは初期状態では特定のネットワークにしか接続できないのだが、スキルポイントを使って『アウトラインネットワーク』を取得することにより、外部……いわばインターネットへの接続が可能となる。
この世界でインターネットがあるかはわからなかったが、無事に接続完了。
さっそく『クーグル』に繋いで『クグって』みる。
【メルカヴァ】
『神の身体』という意味の大型の戦闘鎧のこと。
内蔵している『ミンツ』と呼ばれる魔法水晶に、精霊の力が宿ることにより動作する。
搭乗しての操縦が可能。
【ゴーレム】
『神の下僕』という意味の大型の戦闘鎧のこと。
動作原理は『メルカヴァ』と同様だが、搭乗しての操縦ではなく、魔法によって自律的に動作する。
主に『メルカヴァ』のサポートを行うために作られたとされている。
【フェイス】
『メルカヴァ』が動作している際、搭乗者の顔を『メルカヴァ』本体の頭上に投影する仕組みのこと。
『メルカヴァ』と『ゴーレム』は本体に塗装された識別票で見分けることが可能だが、それが無い場合、『フェイス』の有無によって判断することが可能。
……なるほど、そういうことか。
この世界ではボーンデッドみたいなロボットが同じように存在していて、いま足元にいるオッサンどもは、俺のボーンデッドを人が乗ってない『ゴーレム』と勘違いしてるのか……。
ひとりウンウン頷いてたら、突然コクピットが揺れだした。
……な、なんだ、地震かっ!?
何事かと、カメラが映っているモニターに注意を戻す。
薄汚れたオッサンの顔のアップが飛び込んできて、思わずのけぞってしまった。
野郎どもは……俺に……ボーンデッドに張り付いて、鎖でグルグル巻きにしようとしていたんだ……!
――――――――――――――――――――
●レベルアップしたスキル
内装
Lv.00 ⇒ Lv.01 アウトラインネットワーク
機動
Lv.00 ⇒ Lv.01 オートバランサー
アプリケーション
Lv.00 ⇒ Lv.01 言語
基幹
Lv.00 ⇒ Lv.01 電力供給
Lv.00 ⇒ Lv.01 水分供給
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