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 町長宅に様子を見に行かせたデビットは、戻って来たとき、ひどく狼狽した表情を浮かべていた。


 彼が言うには、町長宅に行ったとき、そこにキャリーの姿はなかったらしい。


 なんでも、昨日のうちにオリバーのもとに戻ると言って馬車を用意させたという。町長が言うには、それが夕方らしい。


 しかし、キャリーはこちらに戻って来ていないし、もちろん町長宅にも戻らなかった。


 オリバーは動揺した。


 いくら我儘なキャリーとはいえ、一人で見知らぬ土地を彷徨うような勇気はないはずだ。もちろん橋の修復もまだの今、そのまま王都へ戻ることも不可能である。


「まずいな……。まさか山を抜けて大回りして王都へ戻ろうとしたんじゃないだろうね」


 確かに、山を抜けてぐるりと迂回すれば、王都に戻れなくもないだろう。しかし傾斜が厳しく、道も整備されていない山を馬車で移動することなど不可能だ。徒歩なんてもっと論外である。女子供の足で到底登れるものではないし、山には狼などの獣もいる、無謀もいいところだ。


 オリバーは頭を抱えた。一人で山に入るほど無鉄砲な女性でもないし、何よりドレスが汚れることを嫌うから、可能性はとほとんどないだろうが、苛立ち紛れにむきになって、ということも考えられる。もしもキャリーに何かあったら、ドーリー伯爵に何と言えばいいのだろう。


 オリバーが大階段の下でデビットと頭を抱えていると、セルジオ博士と助手のフリップが通りかかった。彼らは研究のためにふらふらとあちこちに出かけているが、どうやら今帰ってきたようだ。


 セルジオ教授はオリバーを見つけると、不思議そうな顔をして近寄ってきた。


「子爵の婚約者のお嬢ちゃんだが、町でフラフラしとるのを見ましたが、どうかしたんですかな?」


 オリバーは驚いた。


「教授、それはいつですか?」


「今朝早くですよ」


 答えたのはフリップだった。


 セルジオ博士とフリップは昨夜は研究のため町に泊っていたのだ。そして、町のパン屋で朝食のパンを買っているときに、ふらふらと歩き回るキャリーを見たという。


「彼女はどこへ向かっていました?」


「声をかけたんだが無視されてしまってな、はっきり聞いたわけではないが……、あのまま歩いて行っても、コードリー川のあたりに出るだけでしょう」


 無理やりにでも連れ帰った方がよかったかな、と言う教授に、そうしてくれていたら非常に助かったという本音は飲み込んで、オリバーは無理に微笑んだ。


「いえ、ありがとうございます。そのうち戻ってくるでしょうから、お気になさらず」


 そしてオリバーは、頭を抱えながらレオナードの部屋に向かったのだった。

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