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 晩餐の時間になってもキャリーが戻ってこないことに、オリバーはいささか狼狽したようだった。


「彼女はどこに向かった?」


 オリバーは彼女に馬車を出したデビットを捕まえてそう訊ねた。


 デビットも困惑した表情を浮かべて、こう答えた。


「キャリー様は町長のところへお連れしました。町から出られるはずもありませんでしたから。町長には、おそらく少ししたらこちらへ帰ると言われるはずだから、馬車を出してほしいとだけ頼んでおきましたが……」


 デビットの答えに、オリバーはホッとした。


「なるほど。では、案外町長の家が気に入ったのかもしれないね」


「そうだといいのですが……」


 デビットは腑に落ちない様子だったが、主人が納得した様子だったので一礼して晩餐用のワインを用意しに向かった。


 この邸には、地下にワインセラーが作られているらしい。温度や湿度がワインの保管に適しているようで、この邸を買ったときに、前の持ち主がおいて行ったらしい保存状態のいいビンテージワインがいくつも出て来たらしく、オリバーは晩餐のときにそれらを惜しみなくふるまった。


 この日、オリバーは、いつになく酒のペースが早かった。キャリーのことが心配なのか、はたまたいつも顔色を窺っていた気難しい婚約者がいないため解放された気分だったのかはわからない。


 晩餐が終わるころにはオリバーはすっかり酔っぱらっていて、彼はふらふらした足取りで自室へ上がっていった。


「大丈夫かしらね、オリバー様」


 レオナードとともに部屋に戻ったエリザベスは、心配そうに言った。


 すると、少しムッとしたようにレオナードが返す。


「オリバーのことが心配?」


「そりゃそうよ。なんていうのかしら……、いろいろ大変そうというか」


「キャリーと婚約した時点でそれはわかっていたことなんだから、君が心配する必要はないよ」


 エリザベスはパチパチと目を瞬いた。


「ずいぶんと冷たいのね。オリバー様とあんた、結構仲よさそうなのに」


「君がオリバーを気にしすぎるからだ」


 レオナードは不貞腐れたように言って、棚からウイスキーのボトルとカットグラスを出してきた。晩餐の席で、オリバーと同じくらい飲んでいたはずなのに、まだ飲みたいらしい。


 エリザベスはすたすたと彼に近寄ると、その手からウイスキーのボトルを奪った。


「お酒って、飲みすぎると体によくないのよ。もうやめておきなさいよ」


 上目遣いに怒ったように見つめてくるエリザベスに、レオナードはなぜか笑った。


「心配してくれているの?」


 エリザベスにはどうしてレオナードが嬉しそうなのかはさっぱりわからなかったが、そうね、と頷いた。


「あんたが酔いつぶれても、わたしじゃベッドまで運べないもの」


「……どうして君は素直に『心配なの』と言えないんだろう」


 レオナードは一転面白くなさそうな顔になって、エリザベスの手からウイスキーのボトルを奪い返した。


「わかったよ。今日はもうやめておく。これ以上飲むと君を襲いそうになるからね」


 エリザベスはドキリとした。


「は――?」


「冗談だ。先に湯を使わせてもらうよ」


 レオナードがヒラヒラと手を振って浴室に消えていくと、エリザベスはそっと胸の上をおさえた。


「……変なこと、言わないでしょ。心臓に悪いじゃない」


 そう独り言ちて、エリザベスは鼓動が正常なリズムに戻るまで、胸をおさえたまま立ち尽くしたのだった。

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