2
悲鳴が聞こえて広場に戻ったエリザベスは息を呑んだ。
広場の中央に焚かれている大きな炎の前に仮面をつけた男が力なく横たわっている。
口元をおさえて小さく震えていると、レオナードがエリザベスの肩をそっと引き寄せた。
「帰ろう」
「え、ええ……」
おそらく祭りどころではなくなるだろう。エリザベスは頷き、もう一度横たわる男を振り返って、レオナードに従った。
馬車に乗り込み、ハールトン子爵の邸に戻ると、ほどなくしてオリバーとキャリーも帰ってきた。
「気分が悪いわ!」
帰ってくるなりキャリーは腹立たしそうにそう吐き捨てると、さっさと部屋にあがってしまった。
エリザベスとレオナードは居間にいた。エリザベスは気分を落ち着けるようにと、ハーブティーにほんのり酒を落としたものをちびちびと飲んでいた。
オリバーが居間に来ると、彼は疲れたように息を吐きだして椅子に腰を下ろした。
メイドにブランデーを持ってこさせて、それをぐいっとあおる。
「まさか死人が出るなんてね」
オリバーによると、祭りで死人が出たために、祭りはすぐに中止になったそうだ。キャリーはそれに腹を立てたらしい。
「大丈夫かい?」
顔色の悪いエリザベスを気遣うように、オリバーは優しく訊ねた。
「ええ、だいぶ落ち着きました」
それは嘘だった。目の前で誰かが死んだのを見るのは、たとえそれが見ず知らずの人であっても怖いものだ。まだ心臓が落ち着かないし、油断していると手足が震える。
しかし、そう言ってオリバーに心配をかけるわけにはいかない。
エリザベスは無理をして微笑むと、残ったハーブティーを胃に流し込んだ。
「セルジオ教授たちは?」
オリバーは今度はレオナードに訊ねた。
「まだ戻っていないようだ。じきに戻ってくるだろう」
「そうだね。……じゃあ僕は休むよ。君たちも早く休むといい」
オリバーは残ったブランデーを飲み干して、気だるそうな足取りで居間を出て行った。
エリザベスも、いつまでもここにいても仕方がないと、レオナードとともに部屋に引き上げる。
ベッドの淵に腰かけて茫然としていると、レオナードがぽいぽいとベッドに設けたクッションのバリケードを壊していた。
「……なにをしているの?」
怒る気力もなくエリザベスが訊ねれば、レオナードはもっともらしく言った。
「何って、バリケードを壊している」
「そんなもの、見ればわかるわ」
レオナードはクッションをすべてベッドの上から落とすと、ベッドにもぐりこんで、ぽんぽんと隣を叩いた。
「一人では眠れないだろう? 抱きしめていてあげるから、こっちおいで」
「………」
エリザベスは目を丸くして言葉を失ったが、どうしてかいつものように突っぱねる気にはならなかった。
ひどく寒い気がする。誰かに抱きしめてもらいたいかもしれない。
エリザベスはわずかな逡巡ののち、レオナードに呼ばれるまま、おとなしくベッドにもぐりこんだ。
服を着替えるということも頭からすっかり抜け落ちるほど、彼女は動揺していた。
レオナードはエリザベスをすっぽりと腕の中に抱き込むと、ぽんぽんと背中を叩いた。
「眠るといい。今日のことは悪い夢だった」
エリザベスは、子供をあやすように背中を叩かれるリズムと、子守歌のように心地のいいレオナードの声に導かれるように、やがて意識を手放した。
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