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「彼らはこのあたりの歴史を研究している、セルジオ博士と助手のフリップ君だよ」


 居間に慌ただしく駆け込んだ二人を、オリバーはそう紹介した。


 セルジオ博士と呼ばれた方は、小柄で、頭頂のあたりが少し薄くなりかけた五十過ぎくらいの男性だった。


 一方助手のフリップと紹介された男は大柄で、まるで軍にでも所属していたのかと思えるほど屈強そうな外見だ。年は二十代半ばくらいだろうと思われた。


 彼らがあらわれると、キャシーはあからさまに嫌な顔をしてツンと顔をそらした。どうやら彼女は「貴族」以外に対して侮蔑的な感情を抱く性質のようだった。


「セルジオ博士は昔からこのあたりの研究をしていて、実は僕にこの邸を紹介してくれたのも彼なんだ。避暑にちょうどいい別荘を買おうと思っていたところだったから、本当に助かったんだよ。教授、その節はどうもありがとうございました」


 オリバーがにこりと人のよさそうな微笑みを浮かべて、給仕に食事を運んでくるように告げる。


 前菜とともにワインが運ばれると、オリバーの合図で乾杯した。


「それで、セルジオ博士たちはどうしてこの邸に?」


 食事がはじまると、待っていましたとばかりにレオナードが興味深そうに訊ねた。


 それに答えたのはオリバーだった。


「教授は毎年、祭りの時期になるとこの地に訪れて歴史の研究をされていてね。この邸を紹介してくれたお礼と言っては何だけど、この地に滞在する間は好きに使ってもらうことにしたんだよ」


「なるほど。教授、祭りから歴史がわかるんですか?」


 セルジオ教授はワインを飲んで赤くなった顔で答えた。どうやら酒には強くなさそうだ。


「うむ。このあたりの祭りは独特でしてな。一風変わった宗教性とでもいうのか……、いや、異教が禁じられているこのご時世には禁句でしたかな」


「いえ、大変興味深いですよ。宗教性とはどういう?」


「昔、このあたり一帯には、ある闇の宗教が流行していたのですよ」


「闇の宗教……?」


「さよう。その名の通り闇を信仰する宗教でしてな。夜になると仮面をかぶり、炎を囲んで祈りを捧げる――、その名残からか、祭りの夜はみな仮面をかぶっておるのです。炎を囲んで祈りはしないが、炎を囲んで踊りあかす、そんな賑やかな祭りですがね」


「へえ、面白いな。オリバー、俺たちの仮面はあるの?」


「もちろん、用意しているよ」


 オリバーは茶目っ気たっぷりにウインクして見せる。


 レオナードは「さすが準備がいいな」と笑って、セルジオ教授に向きなおった。


「それで、闇の宗教とは何を目的に流行したんです? 闇と救いはどうも結びつかないのですが」


 宗教の流行にはいろいろある。一番多いのが「救い」だろうか。しかし一昔前の世の中にはそうではないカルト的な宗教も複数存在していた。


 セルジオ教授は前菜の野菜をソテーしたものを口に入れると、咀嚼して飲み下した。そして、静かに告げた。


「不老不死、ですよ」

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