『私』シリーズ 

シイカ

気分は阿部定事件でございます。

 皆さんは『阿部定事件あべさだじけん』というものを御存知でしょうか?

 1936年。東京荒川区の待合で石田吉蔵いしだきちぞうという男性が殺されました。さらに、男性は殺された挙句に『局部』まで切り取られ持ち去られていたのです。

 その猟奇的な殺人を犯したのが『阿部定あべさだ』という女性です。

阿部定の殺害動機は「殺してしまいたいほど、吉蔵が好き」というものでした。

 しかし、吉蔵も「いいとも。殺せるものなら殺してみろ」と言ったというではありませんか。

 これを知ったわたくしは究極の信頼関係だと思いました。


 夏が終わりに近づいてくると暑かった夜も徐々に冷めていくのを肌で感じます。

 その日、わたくしは、普段は軽蔑して通り過ぎるアダルトなお店に入りました。

 なにが、わたくしを突き動かしたのか。

 理由は、その日が、わたくしの20歳の誕生日だったからです。

 別に、自分の誕生日プレゼントのつもりではなかったのですが、結果としてそうなってしまいました。

 ただ、わたくしは自分が大人になった証が欲しかったのでしょうね。

 お店に入るのにはもちろん勇気がいりました。

 ちょっとオシャレなレストランに入るくらいの勇気がいりました。

 でも、大人というのはアダルトなことを許された存在。

 ほとんどの大人がアダルト経験者。

 女ひとり。アダルトショップに入って、アダルト商品を買っていくなんて、店員からしたら見慣れたものだろうと、わたくしは自分に言い聞かせながら、そのお店へと入店して行きました。

 パッと見、サブカルな本屋に見えるアダルトショップ。

 入ると、鼻孔をくすぐる香りがしました。

 どうやら、お香を焚いているようであります。

 アダルトショップ、意外とオシャレです。

 入口付近は普通の本屋のように、雑誌や漫画が並んでいました。

 わたくしは入り口からアダルティに溢れているものだとばかり思い込んでいたので、少し、ホッとしました。

 奥へと進むとアダルトショップらしく『おとなのおもちゃ』と呼ばれる商品が顔を見せてきたではありませんか。

 最初はサブカルショップみたいな印象だったので、自分がそういうお店へと入ったのだと、だんだん実感してきました。

 アダルティ商品が目に入った瞬間、目を背けると思っていたのですが、わたくしはその光景に見入ってしまいました。

 まるで、未知の空間へと迷い込んでしまった不思議の国のアリスのようです。

 幸いにも、お客さんはわたくし以外にはおらず、じっくりと観察することができました。

 ――リモコンに繋がれた楕円形の玉。これは、きっと、『バイブレーター』というものなのだわ。

 ――エッチな女の子の絵が描いてあるこっちは、オナホールというものね。

 本やインターネットで得た知識を照らし合わせ、まるで答え合わせをしているかのようです。たぶん一生テストには出ない問題。

 ――男根を模したこれは『ディルド』ね。

 試しに、男根を模したディルドを手に取ってみました。

 手に取った瞬間、心が激しく揺さぶられました。

 実は、わたくしは殿方との経験がない、俗に言う『処女』でございます。

 男性の『ソレ』というのをまともに見た事がございません。

 もちろん、触ったこともございません。

 何気なく手にしたディルドをにぎにぎと握り、わたくしはなんとも言えない幸福感を味わいました。

 形の良さ、色、大きさなどの基準はさっぱりわかりません、

 わたくしは、その中から透明に近いクリアブルーのソレを選びました。

 わたくしは握っているソレが良いモノかどうかより、ただ単に気に入りました。

 ――これは運命の出会いなのだわ――

 わたくしはソレを買うことにしました。

 他にもいろいろと気になるものはあったのですが、わたくしの知識を上回るものばかりで、頭がショートしかけたのでやめました。

 ――アーサー王がエクスカリバーを手にしたときもこんな感じだったのかしら。

 わたくしは卑猥なエクスカリバーを手にレジへと向かいました。


 ああ。わたくしは初めて『おとなのおもちゃ』というものを購入してしまいましたわ。

 店内を見て回ったときや、手に取ったときには感じなかったのですが、購入する段階で急に、それはもう、顔から火が出るかのように恥ずかしく、自分がイケないことをしているかのような気持ちで罪悪感にも駆られ、これから、待ち受ける快楽にも憧れ、わたくしの心境は、よくある例えながら、ジェットコースターでございました。

 そして、お店から出ると、あることに気づきました。

 当たり前ながら、わたくしは、おとなのおもちゃを持って家に帰るのだということに。

 鞄に入れてある局部を模したおとなのおもちゃを無事に家に持ち帰らなければならない。

 まるで、気分は阿部定事件でございます。

 別にわたくしは、誰かをあやめた訳でも、局部を切り取った訳でもありません。

 逃走しているわけでもありません。

 そう。ただ、おとなのおもちゃを持って家に帰るということだけ。

 なにも怖がることはありません。

 未経験とはいえ、大人がおとなのおもちゃを買っただけではありませんか。

 時間は夜の九時。帰宅する人たちがそこそこいる、早くも遅くも無い微妙な、あまりにも微妙な時間帯。

 鞄の中におとなのおもちゃが入っているというだけで、緊張します。

 もっと、遅くの時間に買いに来ても良かったのですが、大人になった今でも身体と心にひとりで真夜中に出歩くものではないという教えが染みついています。

しかし、わたくしの頭の中で阿部定事件のことがぐるぐると駆け巡り、いっそのこと、阿部定事件の気持ちを味わってみようじゃないかと。


 わたくしは愛人(そもそも恋人すらいないのに愛人というのは変ですが)相手のジョニー(仮)を愛ゆえに殺めてしまい、それでも、彼と一緒にいたいとジョニー(仮)の局部を切り取りました。

 その局部は今、わたくしの懐に……。これでいつでも一緒よ。ジョニー(仮)。


 わたくしは、そこまで考えて、我ながらのセンスにニヤニヤと笑ってしまいました。

 ジョニー(仮)というのはあえて外国人の名前にすることで非リアリティを出すため。

 日本人の名前だと少しリアルになってしまいますので。  

 鞄の中に手を入れ、ジョニー(仮)の感触を何度も確かめる。

 自分自身が生きていることを証明するかのように。 

 ほうっと自然に息が上がる。

 ああ。まるで告白が成功した少女のように浮足立っているではありませんか。

 今のわたくしなら、ミュージカル映画の主人公の如く、どこにでも行ける気がする。

 人目を気にせずスキップをしてみたい。

 このジョニー(仮)をマイクに歌を高らかに歌いたい。

 その光景は、さぞ、滑稽であるに違いない。

「恋する少女は無敵なのよ」と言わんばかりに、わたくしの空想はどんどんと膨らんでいきました。


 冷たいアスファルトを踏みつける帰り道。

 途中にはホテル街がありました。

 ネオンが輝く、一見、素敵に見える通り。

 子供の頃は『休憩』をそのままの意味で捉えて、親に、ここで休んでいこうと、言ってしまったもので、今、思い出しても、恥ずかしい。

 まだまだ、わたくしにとっては未知の領域でございます。

 ここで、毎日、男女が致しているのかとぼんやり頭に浮かべました。

 普段は誰にも見せない姿を見せあい、お互いの秘部を繋ぎ合わせる。

 ときに濁流のように激しく、ときに赤子を扱うかのように優しく繊細に。

 それは人が獣になることを許された時間。

 しかし、そう考えると、まるで、このホテル街が獣の檻に見えてくるではありませんか。

 わたくしは自分の空想だというのに身震いをしました。

 檻の外とはいえ、鉄格子の向こうには狂暴な猛獣たちがいる。

 そんな中を渡り歩く。

 おお。恐ろしい。 

 すれ違う男女がみんな獣に見えてきました。

 わたくしは自然と小走りになり、そそくさとホテル街、もとい、猛獣の檻から抜け出しました。 

 抜け出したあと、わたくしはまたしても、鞄の中のジョニー(仮)をにぎにぎと確認しました。  

 わたくしも、いっそのことジョニー(仮)を連れて、今度、檻に入ってみましょうか。

 わたくしも、いつか獣になってみたいものであります。

 そして、檻を目一杯、揺らすのです。

 そうすると、檻の中の獣たちは慌てて飛び出してくるのです。

 たった一匹の獣に脅かされる獣たち。

 わたくしはまたひとり、クスクスと笑っていました。

 ああ、なんて幸せなのだろう。

 帰宅しているだけで、楽しい。

 男根を模した軟質プラスチックの塊を手に入れただけで、こんなにも、世界は変わるのでありましょうか。

 そんなことを考えていたせいか、わたくしの大事なところが少し湿りを帯びてきました。

 早くお家に帰ってジョニー(仮)と愛し合いたい。


 ふと、わたくしは自分の恋の経歴というものを振り返ってみました。

 しかし、いくら振り返ろうにも、恋というものをしたことがありませんでした。

 わたくしには好きになった人がいないのです。

 自分でもそんなバカなと思いつつ、幼稚園、小学生、中学生、高校生、現在……。

 何度も何度も、記憶の海を潜ってみるも、やはり、わたくしに恋というものは存在しませんでした。

 わたくしは、もうひとつ、大事なことを思い出しました。

 なんと、わたくし、恋バナもしたことがありませんでした。

 そもそも、わたくしにはそういう話をする友人がいませんでした。

 そう。仲良くなった子はみんなクラスメイト止まり。

 わたくしは、それで良いと思っていましたが、振り返ってみると寂しいものですね。

 クラスメイトと友達の区別もついていなかった哀れなわたくし。

 恋も恋バナもしたことのない、わたくしですが、実は子供の頃からエッチなものが大好きでございました。

 スカートを履いている人形を逆さまにしたり、ぬいぐるみにキスしたりと過去の自分ながら将来が心配です。もう、その将来は来てしまいましたが。

 しかし、好きと経験は違います。

 わたくしはキスどころか手をつなぐという経験もございません。

 ああ。わたくしの青春とは惨めなものでした。

 それなら、わたくしの初恋はこのジョニー(仮)にしましょう。

 わたくしは、鞄の中のジョニー(仮)を強く握りしめました。

 初恋で初体験のお相手でございます。

 文句を言うこともなく、折れることもございません。

 手を繋ぐことはできませんがそれより上のことはできます。

 そう、ジョニー(仮)は言わばセックスの達人なのです。

 なんて、たくましい彼なのでしょう。

 わたくしは、ジョニー(仮)のお顔を知りません。

 知っているのは彼の男根だけでございます。

 顔など必要ないのであります。

 繋がるのはお互いの秘部なのだから。

 ――そんな関係も素敵だとは思いません?

 わたくしは自分に問いてみた。

 ――ええ。それはとっても素敵だわ。

 まるで、文通でしか繋がっていない学生みたい。   

 自分自身と会話する、もはや、空想とは別の何かをしていると駅が見えてきたではありませんか。

 わたくしの阿部定事件もラストスパートでございます。

 

 本当の阿部定事件だったら、タクシーに乗ったり、宿に泊まったりするのですが、残念ながらわたくしはそこまでの予算を持ち合わせておりませんでした。

 なにせ、ジョニー(仮)を購入したのも、衝動的なものだったので。

 いつものように、電車に乗って帰りましょう。

 阿部定もきっと逃亡中に何度か電車に乗っているものでしょう。

 きっと。

 改札を駅員に止められることなく、無事に電車に乗りました。

 席は全部埋まっていたので、つり革につかまって、立つことに。

 満員というほどではありませんでしたが、そこそこ疲れた人たちが乗っていました。

 電車に乗っている人たちと比例してか、なんだか、電車自体もくたびれているように見えます。

 この電車に乗っている人たちは誰も気づいていない。

 わたくしがジョニー(仮)の局部を鞄に忍び込ませていることを。

 いや、しかし、こうも考えられる。

 わたくし以外にも局部を忍び込ませている方がいたとしたら。

 さらに、乗っている殿方の数も入れたら、いったい、いくつの局部がこの電車にあるというのでしょう。

 わたくしの頭の中は中身がモザイクだらけの電車が走っているビジョンが渦巻いています。

 おお。これは卑猥だ。

 しかし、電車の中というのは誰が何を考え、何を持っているかなんてわからないものでしょう。

 わたくしのビジョンはあながち間違いではないのではないか。

 例えば、わたくしの右隣に立っている女性。

 わたくしと同じく、局部を模した軟質プラスチックを持ち歩いているどころか、すでに、秘部に入れているのではないか。

 まあ! なんて、はしたないのかしら!

 わたくしの空想がとうとう他人をも巻き込み始めてしまいました。

 はしたないのはわたくしの方でしたわ。

 もうひとつ、面白い空想が浮かんできましたわ。

 実はこの電車内の人全員が警察だとしたら。

 わたくしはわいせつ物持ち込み罪で逮捕されてしまう。

 わたくしがわいせつ物持ち込み罪だったら、世の殿方、みんな捕まってしまうではありませんか!

 わたくしは急に阿部定の気分になりました。


 ――いや! 逮捕はいや!


 空想もここまで来ると被害妄想です。

 わたくしが被害妄想で遊んでいると、最寄駅のアナウンスが聴こえてきました。

 ああ。わたくしの阿部定事件もクライマックスに。

駅から出てきたわたくしは特に欲しいモノがあるわけでもないのに、コンビニに寄りました。

 コンビニ店員にお手洗いを借りますと一言申してから、お手洗いに入ったわたくしは、鞄からジョニー(仮)を取り出すとイケないことを思いついてしまいました。

 ――ここで、ジョニー(仮)を使ってみようかしら。

 それは、オナニーを意味します。

 いくらスリルを味わいたいとは言え、それはマズイ……たぶん、人として。

 わたくしはジョニー(仮)を鞄へとしまい、普通に用を足してから、お茶を買ってコンビニをあとにしました。

 さすがに、ジョニー(仮)をいくら個室であったとはいえ、使う勇気はありませんでした。

 コンビニから出ると、まるで、空に穴が開いたような満月が耀いているではありませんか。それは、わたくしの小さな幸福を笑うかのよう。

 空気が肌にまとわりつく。

 わたくしの家まで、あと少しよ。ジョニー(仮)。

 人通りが少なくなってきました。

 夜の道とは不思議なもので、今朝とは違う道を歩いているかのよう。

 今朝と違うといえば、今朝のわたくしになくて、今のわたくしにあるもの。

 それは、ジョニー(仮)でございます。

 今朝のわたくしはジョニー(仮)を手に入れるなんて考えてもみなかったのです。

 そういえば、わたくしは今日が誕生日でございました。

 祝ってくれる友人もいなければ、家族からの連絡もなし。

 そんな寂しい誕生日を送りたくなかったのかもしれません。

 ――ハッピーバースデー、私。

 誕生日も、もう少しで終わりを向かえます。

 毎年、誕生日というものを迎えてきましたが、今日ほど感情が揺れ動いた誕生日はございませんでした。

 これも、わたくしが大人になった証なのかしら。

 というか、買い物でここまでテンションが上がったのは、初めてのバイト代で買った巨大ネコちゃんぬいぐるみくらいなもので、テンションが上がった買い物がネコちゃんぬいぐるみとジョニー(仮)しかないといのも非常に情けなくもあり、むしろ、自分はそこまで安い女ではない証明でもあります。

 ――いや、むしろ、安いだろ。

 と、思わず自分でツッコミをいれる始末。

 普通の女性になりたかったでございます。

 世の女性たちが自分より優れて見えます。

 ちゃんと化粧をして、恋人がいて……。

 そういえば、わたくしは20歳を向かえたというのに、お酒を飲む行為をするということを頭に入れてませんでした。

 さっき、コンビニで買えば良かったと今になって後悔。

 いえいえ、後悔だなんて、わたくしは、してはいませんわ。

 だって、ジョニー(仮)がいるんですもの。

 鞄の中のジョニー(仮)を握ろうとしたら、目の前から巡回中の警察官がやってくるではありませんか。

 わたくしは、焦りました。

「あー。ちょっと、その鞄、見せてもらっても良いですか? おや、これは?」

 なんてことになったら、きっと、その警察官が務める、交番の笑いものですわ。

「今日、巡回中に挙動不審な女がいたから、職質で鞄の中を見せてもらったら、こんなでっかい、おとなのおもちゃが入ってやがったぜ」

「ぶわははははははは」

 まあ。なんて、酷いのかしら。

 わたくしを勝手に職質しておきながら職場の笑いものにするなんて。

 きっと、そうよ。そうするに違いないわ。

 わたくしは背筋を真っ直ぐに、キビキビと歩きなおしました。

 警察官に怯えていないように見えるでしょう。

 そして、すれ違いざま警察官は言いました。

「夜道には気を付けてくださいね。ここは暗いですから」

 なんということでしょう。

 空想の中で、あれだけ、酷いことをしていた警察官が、わたくしを心配する言葉をかけて下さったじゃありませんか。

 わたくしは逆に動揺してしまい、返事を返すことなく、早歩きで逃げてしまいました。

 ごめんなさい。わたくしは小心者なのでございます。

 心の中で謝ってひとまず反省。

 ああ。早くお家に帰りたい。

 そうすれば、ジョニー(仮)と堂々と愛し合えるというのに。

 肌にまとわりついていた空気は気が付くと秋を知らせる風となっていました。

 心地よい風が、まるで、わたくしとジョニー(仮)を祝福しているようでございます。

 丘陵の中腹に建つマンションが見えてきました。

 少し昔のワンルームで、麓から伸びる一車線の細い坂道に面していて、どん詰まりが頂上の城址公園。四世帯のうち三つほど埋まっているそうです。そこが目印。

 わたくしのハウスはそのマンションの隣のアパートでございます。

 見た目は一見綺麗ですが、築20年という、わたくしと同い年です。

 ひとり暮らしを、このアパートに決めたのは、生き別れた双子の姉妹のようなものを感じ取ったからではなく、なんとなくで決めました。

 しかし、男子禁制のアパートにジョニー(仮)を入れていいモノか。

 男子禁制とは言っていますが、男根禁制とは決して言っていませんので、たぶん、大丈夫です。

 他の住人もきっと、男根の一本や二本くらい部屋にあるに違いません。

 ――女子専用アパートには男子がいなくても男根はある。

 何だか格言みたいですわ。

 家に着くと、自分の家だと言うのに、ソワソワします。

 それは、殿方を部屋に初めていれるのだから無理もありませんわ。

 わたくしは、鞄を置き、ジョニー(仮)とシャワーを浴び、ベッドに倒れ込みます。

 これから、することに胸の高鳴りが止まりません。   

 初めて、オナニーというのを覚えたのは高校生の頃。

 オナニーをする度にイケないことをしている背徳感に悩まされたものです。

 今、振り返ってみても、あの頃は子供でしたね。

 高校生の頃のわたくしからは、今のわたくしなんて信じられないでしょうね。

 わたくしは、ジョニー(仮)を口元に持ってきて、軽くキスをしました。

 初めてのキスはジョニー(仮)に捧げます。

 そして、初めても。

 

 さあ、ジョニー(仮)。ふたりで愛し合いましょう。

 

 わたくしは巻いていたバスタオルを取り、生れたままの姿になりました。

 部屋の空気が普段は触れない部分にまで、触れて、それだけで、感じてしまいます。

 自分の右胸を軽く触ります。

「あっ……」

 自分の胸がこんなに大きく育っていたことに気付きました。

「自分のことなのに、気づかなかったな……」

 そうか、当たり前だけど、自分は大人なのだ。

 いつまでも、子供じゃない。

 その証拠に……。

「ああ、濡れてる……」

 秘部。自分の指しか通ったことのない、この場所に彼を迎え入れるのだわ。

 入口に彼をあてがう。それだけで、蜜が溢れてきました。

「くっ……う……」

 入っていく! 彼が、わたくしの中に!

「あ、ああ」

 少し痛い。でも、ゆっくり動かしているうちに、彼が馴染んでいく。

「…………気持ちいい」

 そのときの表情は恥ずかしいくらい、とても恍惚なものだったでしょう。

「素敵! 素敵よ! こんなの初めて!」

 思わず声に出して、誰に伝えるでもなく感動を叫びました。

 本当に彼とセックスをしているみたい!

 わたくしの蜜が彼に絡まっていく。

 彼がわたくしの蜜を浴びれば浴びるほど、わたくしの気持ちはどんどん昂っていく。

「良い、良いわ! 貴方を選んで本当に良かった!」

 彼と出会えたのは運命だったのよ!

 わたくしは、もう、貴方を離さない!

  



 それから、5か月後、わたくしは、殿方とお付き合いしました。


 自分の容姿は殿方がお慰みになる雑誌や映像に出てくる女性と、さほど変わらないものだったらしく、殿方には困りませんでした。

 わたくしは、20歳まで処女でござましたが、それは、わたくしが殿方の誘いをお断りしていたからでした。


 8時間後、殿方と別れました。


 ジョニー(仮)と比べて、殿方との行為は思っていたほど、楽しいものではございませんでした。

 まったく、つまらないと言っては失礼かもしれませんが、本当につまらないものでございました。

 だから、わたくしは、ますます、ジョニー(仮)が好きになりました。


 10か月後、娘を出産しました。

 

 殿方との行為は一回きりでしたが、奇跡的に命中したらしく、子供を身ごもりました。

 わたくしは、殿方との行為に憧れていたのではなくて、子供が欲しかったみたいです。

 そう。わたくしは、結婚をすることもなく、シングルマザーとなりました。

 え? その後に愛する人は現れなかったのかって?

 何を仰っています。

 わたくしは胸元に手を当て、言いました。

「恋人はいつもここにいます。ねえ。ジョニー」

                                

                                了

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