閑話 ある奴隷少女の追憶 その十一
『まずは自己紹介から。あたしの名前は
笑いながら自己紹介をしたそのヒトは、どこかジロウやトキヒサと同じ感じがした。
トキヒサが気にしていた小さな板、スマホというらしい物の出所を探し、辿り着いたのは私から見てもボロボロと思えるほどの家の形を保っただけの何か。そこに住んでいたのがこのツグミだった。
ツグミが何故かトキヒサをセンパイと呼ぶのは驚いたけど、ここで互いに自己紹介をした時、
『護衛さんに……ど、奴隷っすか!? まさか桜井センパイっ!? 年下の子にご主人様なんて呼ばせるコアな趣味があったんすか!?』
『違うってのっ! セプトは成り行き上預かっているだけだよ。俺はいわば保護者。……(仮)みたいな感じだけどな』
トキヒサのこの言葉に、私は少しだけ落ち込んだ。私はトキヒサの奴隷なのに、トキヒサは預かっているだけだという。……もっと役に立たないと。
ツグミには不思議な能力があった。
『『ショッピングスタート』。カテゴリは飲み物。それとコップっす』
そう言って変な道具に触れると、それだけで突然目の前に見たことのない飲み物が現れたのだ。
好きなだけ出せるというものではないらしいけど、それでも空属性という訳でもなく色んな物が出せるというのは凄いと思った。
その後何やら私がよく分からないまま話が進み、トキヒサの持っていた道具から綺麗な女の子の姿が映し出されて何か話していたけれど、その辺りはやっぱりよく分からなかった。
ただ、トキヒサとツグミが会ったばかりなのに何か気が合っているのを見て、ほんの少しだけ前みたいに胸がチクチクとした気がした。
そしてトキヒサがツグミに一緒に行かないかと誘ったその日、
『しかし百万デンかぁ。一気にちょっとした金持ちになってしまったな』
ドレファス都市長とのイチエンダマ……アルミニウムの取引で、トキヒサは百万デンという大金を手に入れた。
暮らしぶりにもよるけど数年は何もしないで暮らせるだけの額。トキヒサはイザスタというヒトを探しているらしいので、当然全てそのために使うものだと思っていた。……なのに、
『じゃあ金も入ったことだし、今の内に払える分は払っておくとするか。まずはジューネとアシュさんの分な』
そう言ってジューネ達に謝礼を払うまでは分かる。だけど普通に上乗せとして金貨を払おうとしたり、エプリにも大目に払おうとしたり、遂には、
『これでエプリの分も終了っと。……あとはセプトとボジョの分だな』
『私達の、分?』
なんとボジョと一緒に私にまで渡そうとした。私は奴隷としてしか生きられないから自身を買い戻す金なんて必要ないのに。
『ああ。セプトは自分のことを奴隷のままで良い、奴隷としてしか生きられないって言うけどな。それはそれとして給料を払う必要があると考えていたんだ。細かい取り決めとかは状況が悪かったから出来なかったけど、よく働いてくれているのに変わりはないからな。それに、今は目的が見つからないかもしれないけど、いざその時になったら先立つものが必要になるだろ? だから渡しておく』
何度私をもっと奴隷らしく扱ってほしいと言って断っても時久は納得せず、強引に私に金を握らせてきた。
私は困ってしまった。生まれて初めて自分で好きに使える金を持ってしまったことに。一体どうすれば良いのだろうか?
『しっかし異世界に来て三週間になるけど初めて来たな。だけど考えてみたらそりゃああるよ。必要になるもの』
『そうっすね。モンスターが普通にいる世界っすから。ファンタジーの世界だからこそ大真面目にあるっすよね』
『……私にとっては仕事柄見慣れたものだけどね』
『私は、あんまり行かない』
トキヒサが資源回収で向かった武器屋。私は以前一度だけ使いで行ったことがあるけれど、トキヒサやツグミは行ったことがないみたいだった。
店のヒトに要らない物を見せてもらい、早速一つずつ調べようとした時、
『セプトは俺が言った査定の内容をメモしてくれ。出来るか?』
『うん。任せて』
これまでの勉強会の成果を見せるべく、私は一言も漏らさぬようにトキヒサの言葉を書き留めていった。
『セプトは何か欲しい物は有ったかい?』
査定が終わり、トキヒサと一緒に店の中を見て回ると、トキヒサが急にそんなことを言い出した。
『大丈夫。私、あんまり武器、使わないから』
これは本当のこと。私は自分が肉体的に優れているとは思っていない。だからジロウとの訓練の時も、流石に数日で肉体を鍛えるのは難しいということで徹底的に魔法のみを鍛えあげた。
エプリみたいに肉弾戦も出来ればと少し教わっているけど、まだまだ上達には至っていない。なので武器らしい武器は今は特に使わない。
もし
『そっか。じゃあ……これなんかどうだ?』
一瞬だけそう考えて目線が行ったのを読み取られたのか、トキヒサは私が見ていた小さなブローチを手に取った。
それは、アーメ達が身に付けていたブローチとよく似た物。もしかしたら同じヒトが作ったものなのかもしれない。
横のある説明文をどうにか読める所だけ読み取ると、どうやら魔力を流すと僅かに光を放つ細工がされているようで、私の魔法を使う時に使えるかもしれないと思っての事。
『大丈夫。私、欲しくないから』
だけど普通に欲しいと言ったら、トキヒサがまた自分の金で私に買いかねない。なので欲しくないと言ったのに、
『それにしては一瞬目がそっちに行った気がしたけどなぁ。……じゃあこうしよう。俺が個人的に気に入ったので買うから、セプトが持っていてくれ。あと持っているだけじゃ寂しいから、時々付けてくれればなお良しだ』
そう言って半ば無理やりに押し付けられてしまった。……トキヒサはやはり普通より感覚が少しずれている気がする。私みたいな者にこうして贈り物を贈るなんて。
だけど……主人に従うのが奴隷の務め。付けていてほしいというのが願いであれば、それを叶えなくては。
そうしてあとでそのブローチを服の左胸に付けた時、少しだけ自分の顔がほころんだ様に感じた。
その後は初対面ととなったジューネとツグミが喧嘩して仲直りし、それが元でトキヒサとツグミが異世界、ここではない別の世界から来たことを知った。
私には別の世界と聞かされてもよく分からない。元々私にとっての世界は奴隷商の所の牢屋の中ぐらいだったし、こうして外へ出てからも世界は広いのだと毎日のように思う。
なのでさらに別の世界があると聞かされても、そうなのかとしか思わない。ただ、トキヒサやツグミが少し普通のヒトと感覚が違うのはそのためかもしれないとは感じた。
そうすると、二人と似たような感じのしたジロウも別の世界の出身なんだろうか? それなら次に会う時にそのことを話してみるのも良いかもしれない。こちらだけ宿題を出されて不公平だと思っていたけれど、これを聞いたらジロウを驚かすことが出来るかも。
その後ツグミの能力を確認がてら異世界の食べ物を食べたり、ジューネがお菓子の値段を聞いて目を丸くしたり、そんなことをしている内に、トキヒサがヒースの事を気にかけていた。
今日は何かしら起きる可能性が高いけど、そんなときにヒースが家に戻らないのはおかしいと。
そして事情を知っていそうなジューネに尋ねると、言える範囲でいくつか話してくれた。今日の夜中から明日にかけて、この町で何かが起こると。それも都市長やアシュ、それに百人以上の衛兵が動くような何かが。
トキヒサはそれを聞いてヒースを探しに行こうとした。エプリとジューネが理詰めで止めようとするも、トキヒサは感情のままに行こうとする。
私は……この場合どうすれば良いんだろうか?
トキヒサの安全を第一に考えるなら二人と共にトキヒサを止める方が良い。……だけど、主人がしたいことを手伝うのもまた奴隷の務め。そして……。
『私からも、お願い。トキヒサと、一緒に行く。ヒースのこと、私も気になるから』
元々ヒースの事は、私の身体の件と引き換えに都市長から頼まれていたことでもある。なら、その分は私も動かなきゃ。
そうして何とかエプリとジューネを根負けさせ、探しに行くことを認めてもらったけれど、肝心のどこを探せばいいのかは分からなかった。
人手を増やそうにも、もうすでに屋敷のヒト達は探しに出払っている。顔を突き合わせて困っていた時、
『人手っすか? それなら何とかなるかもしれないっすよ!』
そう言い放ったツグミが、これまでになく頼れる顔つきに見えたのは錯覚だったかもしれない。
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