第184話 即席のコンビネーション


 さて、しかしどうしたものか。俺達は瓦礫に身を潜めながら、この状況をどうするか作戦を立てることにした。勿論時間が無いので手短にだが。


「まず何と言ってもセプトのことだ。早く教会に連れて行って診てもらわないと。というかそれ以外に診てもらえる場所は無いのか?」

「……普通の怪我とかならまだしも、こんな風に凶魔化関係となると多分無理。治せないのもそうだけど、万が一凶魔化したら対処できない」


 珍しくシーメが大真面目にそう答える。確かにあの教会は、暴れられても大丈夫なように備えがしてあった。普通の医療施設にそんなの無さそうだしな。


 ってことは、やっぱりどうにかあの教会まで連れてかないとダメな訳だ。ここから結構距離があるっていうのに。


「次にここら一帯にばらまかれたこの薄紫の霧だ。シーメは幻惑系って言ってたけど?」

「正確には分からないけど、魔法の霧に毒素を後から混ぜ込んだみたいなものだと思う。さっきも言ったけど、吸うと目が霞んだり身体がふらついたりする奴っぽい。距離感が掴めなくなったりもあるかも。……ボンボーンさんは今体験したんじゃない?」

「ああ。当たったと思った攻撃が空振って、躱せると思った攻撃を食らってこのザマだ」


 シーメの応急処置を受け、左腕を布で縛って簡単に固定したボンボーンさんが嘯く。その状態で「……よし。これなら殴れるな」なんて言ってるのでシーメに止められている。


「幸いこの中なら大丈夫みたいだけど、ずっとこのままって訳にもいかないな。一時的にでも良いから効かなくなるようには出来ないか? もしくはこの霧を何とか出来るとか?」

「……数分程度なら何とか症状を抑えられると思う。だけどそこまでが限界かも。この霧を何とかするとなると、それこそ院長級の光属性の使い手が毒素を浄化するか、ものすっごい風属性の魔法でまとめて吹き飛ばすとか」


 ……どっちもこの面子じゃ無理だな。それに症状は抑えられるみたいだけど数分って……どうしろと? まあ数分程度は効かなくなるなら、その間にあいつらを引き寄せてその隙にセプト達を逃がすという手も出来るか。


「あとはあの凶魔達をなんとか出来れば……そうだっ! ボンボーンさん。さっきの奴らの身体に黒っぽい魔石がくっついてませんでしたか? それを壊すか抜き取れば元に戻るかもしれないんです」

「魔石? ……いや、特にそれらしいものは見なかったぜ」


 かつてダンジョンで会ったゴリラ凶魔ことバルガスのように、魔石が外に露出しているなら摘出すれば戻せる。そう考えていたのだが、無情にもそういうものは無かったとの返答が来る。これじゃあ一体どうすれば、


「……マズっ!? 見つかったっ!」


 ガキ―ンというどこか金属音のような音が響き渡り、俺はハッとしてその方向を見る。そこには周囲に張られた白く輝く幕に拳を打ち付ける鬼凶魔の姿が。だが、


「“光壁ライトウォール”。あっぶな~! だけど私ときたら、自前の盾無しでも防御にはちょっち自信があるんだよね」


 鬼凶魔がさっきから何度も拳を打ち付けているが幕はびくともしない。シーメが鬼凶魔に向けて手をかざしているので、どうやら今の一瞬で周囲の幕を強化したらしい。


 だが表情こそいつもの通りだが、その額からはたらりと汗が流れている。言うほど余裕ではなさそうだ。


「ちっ! おいシスターっ! 俺にさっき言ってた霧の効果を抑える奴を!」

「こっちにも頼むっ!」


 相手はどうやら一体だけのようだが、居場所がバレてしまった以上仕方がない。こうなったら腹をくくって戦うしかないか。


「任せてっ! 光よ。幕となりてこの者達を守って! “光幕ライトカーテン”」


 シーメがもう片方の手で俺達の方にも手をかざすと、周りに張っていたものとは別に俺達を包むように白い幕が広がる。……うん。何か少し気分がスッとした気がする。


「私はセプトちゃんから離れられない。だからあのデカいのは二人で何とかして!」

「ああ。セプトを頼む。……少し待っていてくれセプト。すぐ戻る」

「ダメ。私が……行くから。……うぅ」


 セプトは俺を追って立ち上がろうとし、すぐに胸を押さえて蹲る。……こんな体調で、前に出させるわけにはいかない。俺が何とかしなきゃ。


 俺は片手に貯金箱、もう片方の手に硬貨を握りしめてシーメが周囲に張っていた幕の外に出る。ボンボーンさんも同様だ。


「やるっきゃないみたいですね。……その腕大丈夫ですか?」

「生意気言ってんじゃねえ。……てめえこそ行けんのか?」


 まだ治っていないのは間違いない。それでもなお、ボンボーンさんも拳を構えて鬼凶魔を真っすぐ見据える。鬼凶魔の方も、壊れない幕よりも外に出てきた俺達の方に意識を向けたようだ。


「前に似たような奴と二度戦ったことがあります。一人で勝てるとまでは行きませんが、足止めや簡単な囮くらいならなんとか」

「上等だ。……じゃ、行くぜおらあぁっ!」


 ボンボーンさんの雄たけびを上げながらの突撃が、戦いのゴング代わりとなった。





「ガアアアアァ」

「うっせぇっ! うらあぁっ!」


 咆哮と共に殴り掛かる鬼凶魔。しかしその攻撃を軽いステップで躱しながら、ボンボーンさんがカウンター気味に無事な右腕で脇腹に痛烈なボディブローを叩き込む。


 左腕が使えないってのになんで普通に戦えてんだこの人っ!? あとボンボーンさんの方もうるさい。……っと。見てばかりじゃいけないよな。


「金よ。弾けろっ!」


 時折隙を見ては、鬼凶魔の足元を狙って硬貨を投げつけ態勢を崩す。そこをボンボーンさんが殴りつけるという即席のコンビネーションで、どうにか俺達は鬼凶魔を相手取っていた。


「そうらもう一丁だっ!」

「ウガアアアアァ!?」


 ボンボーンさんの鉄拳が鬼凶魔の額から伸びる角の横っ腹を捉え、当然繋がっている頭を揺らされ鬼凶魔も僅かにふらつく。あれは結構効いただろう。……しかし、


「……なんてタフな野郎だ。もう五、六発は叩き込んだのにまだ動きやがる」


 そう。鬼凶魔ときたら、ボンボーンさんの鉄拳やら俺の銭投げを何発も食らっているのに一向に倒れないのだ。


 ダメージが無い訳ではない。だが、まだまだ殺る気十分といった感じで襲ってくる。無力化してあとで魔石を摘出するというやり方がこれじゃあ出来ない。


「ボンボーンさんっ! 身体の何処かに魔石っぽいモノありましたか?」

「……やはり見当たらねぇな。身体の中に埋まっちまってるんじゃないか?」


 想定はしていたがやっぱりか。それさえ何とかしてしまえば一発だっていうのに。


「ガっ!? ガアアっ!」


 鬼凶魔は散々横やりを入れ続けた俺にヘイトを溜め込んでいたようで、今度は俺に向かって一直線に突撃してくる。なんのっ!


「いくら強くたって、一直線にしか来ないんならやりようはあるってのっ! これでも喰らえっ!」


 俺は向かってくる鬼凶魔に対して、バッと硬貨を散弾よろしく空中にばらまいた。全て威力は控えめの銅貨ではあるが、十枚くらいまとめてなので足止めには十分だ。


 突っ込んできた鬼凶魔が自分から硬貨に触れた瞬間起爆し、表面だけではあるが爆炎が全身の皮膚を焼き焦がす。


「ウギャアアア」


 そうなってはいくら何でもたまらない。鬼凶魔も流石に一瞬だが動きを止め、その間にボンボーンさんが追いついて再び殴りつける。


 ……よし。かなりタフではあるが着実にダメージは通っている。こうなったら時間をかけてでも大人しくさせて、


「ダメ! トッキーっ! もうすぐ効果が切れるっ!」

「何っ!? ……うっ!?」


 突如シーメの声が響き渡るのとほぼ同時に、急に動きが鈍くなった。


 よく見れば俺達の身体を覆っていた光幕が随分と薄くなっている。……マズイ。いつの間にか時間が経っていたみたいだ。


「ぐっ!? またかよっ!」

「ボンボーンさんっ!?」


 目が霞むのか軽く顔を押さえるボンボーンさんに向けて、鬼凶魔がこれ幸いと反撃に転じる。鬼凶魔も弱っているみたいだが、ボンボーンさんもふらついている。これはヤバいっ!


「トッキーっ! 早くボンボーンさんをこっちにっ! 光幕を掛け直すから」

「分かった! ボンボーンさん。今行きます!」


 俺はボンボーンさんの方に向けて駆け出そうとし…………


「うわあっ!?」


 そのままゴロゴロと地面を転がって止まる俺。……痛っってぇっ!? 貯金箱越しだけど物凄い衝撃が来たぞ。なんだ今のは……げっ!?


 身体のあちこちから来る激痛を何とかこらえて衝撃の方向を見ると、そこには鬼凶魔の姿が。


 さっきから見ないと思ったら、今頃になって出てきやがったよっ! 今のはアイツにぶん殴られたのか? ……しかしこれはマズイぞ。


「ぐっ!? うらあっ!」


 ボンボーンさんは何とかさっきまでの鬼凶魔と打ち合っているが、やはり片腕が使えない上に目も霞むとあっては不利だ。じりじりとだが押されつつある。


 そして俺の目の前にはもう一体の鬼凶魔。さっきまではボンボーンさんが率先して鬼凶魔にくっついていてくれたから良かったが、正直言って俺一人だけではキツイ。だが、それでも、


「負けるわけにはいかないよな。……行くぞ!」


 俺はさらに強く貯金箱を握りしめる。セプトとシーメをさっきから待たせてるんでね。さっさと大人しくしてもらうからな。

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