第185話 決死の引き付け役


「がはっ!?」


 鬼凶魔の拳を躱しきれずに一撃もらい、またもや吹き飛ばされてゴロゴロと転がる。金魔法の“金こそ我が血肉なりマネーアブソーバー”が発動している様子はないが、俺が少しばかり人より頑丈じゃなかったら大怪我してるぞ。


 戦いの流れはすこぶる悪い方へと向かっていた。


 鬼凶魔が増えたことにより分断され、目の前の奴と一対一を余儀なくされたこの状況。ボンボーンさんが向こうで手一杯な今、合流したいところだがそうもいかない。


「グガアアァ」


 完全に理性をなくした目の前の鬼凶魔。力は凄まじいが動きそのものは単調なので読みやすい。俺が今まで何とか生き延びているのはそれが理由だろう。だが、


「……はぁ……はぁ。あぁもうっ! どれだけタフなんだよコイツはっ!」


 さっきから鬼凶魔を無力化すべく、手足を狙って硬貨を投げつけたり貯金箱で殴ったりしているのだが、それを気にせず突っ込んでくるので始末が悪い。


 もちろん金額を上げれば威力を上げることもできるだろう。幸いこの前都市長からたっぷりと貰っているので資金は潤沢だ。


 だが生き物相手、それもついさっきまで人だった相手に威力を上げたものを投げつけるというのは、どうしても抵抗があった。


「ぐぅっ! くそがっ!」


 離れたところでは、必死にボンボーンさんがもう一体の鬼凶魔と戦っていた。


 片腕がまともに動かず、おまけに辺りに漂っている薄紫の霧のせいで動きも鈍い。おまけにシーメ達に鬼凶魔が向かわないよう、少しずつ距離を取りながら戦っている。


 向こうの鬼凶魔も、それまでのダメージの蓄積で動きがやや鈍っているのが唯一の救いだ。


「……はぁ。ヒースの方はどうしてるかな」


 そうぽつりと漏らしたが、ヒースも別の場所で戦っているようで、離れた所から何か壊れたり爆ぜるような音が聞こえてくる。向こうもかなり派手にやっているらしい。


 ネーダは凶魔化しても剣を扱える程度には理性を残していたように見えたからな。あっちもこちら側に助けに来れないぐらいに苦戦しているらしい。


 セプトは凶魔化寸前で苦しんでいるので戦えず、シーメもそんな調子のセプトの傍を離れるわけにはいかない。それぞれが自分のことで手一杯の状況にあった。


 もうここまで来たら残る勝ち筋は、何とかどれでも良いから倒すなり無力化するなりして他の場所に加勢に行くか、もうすぐここに到着するであろうエプリ達が来るまで持ちこたえて数の暴力で撃退すること。





 そんなギリギリの状態で保たれていた均衡が、


「グガアアァっ!」

「ぐおっ!?」


 ボンボーンさんがガードの上から鬼凶魔の一撃を食らって吹き飛ばされたことで一気に崩れる。幸い何とか受け身は取れているようだけど……あの方向はマズイっ! 


「うわマズっ!? ボンボーンさんっ! しっかりしてっ!」

「……馬鹿野郎! 俺にかまってる場合かっ! シスター。そのガキを連れて早く離れろ!」


 よりによって飛ばされたのはシーメ達のど真ん前。これまで注意がそちらに行かないように戦っていたが、霧で視界が歪んだ一瞬の隙を突かれたのだ。


 シーメはとっさにボンボーンさんを自分の張っている光の幕の中に引き込み、身体の傷と霧の毒性の治療を始める。


 しかし鬼凶魔が自分の獲物を見逃すはずもなく、そのままボンボーンさんを追ってシーメ達の方に向かっていく。これはマズいぞ!


 いくらシーメと言っても、鬼凶魔の攻撃を防ぎながらセプトの様子を見つつボンボーンさんの治療をするのは無理がある!


「このぉっ! 金よ! 弾けろっ!」


 目くらまし代わりに目の前の鬼凶魔に硬貨をばら撒き、爆風で一瞬こっちを見失った隙にもう一体の鬼凶魔に向けて銀貨を投げつける。


「グオオオっ!?」


 これまでの銅貨とは違い、銀貨ともなると多少距離が離れていても威力は十分。


 あくまで注意を引き付けるために足元を狙ったので直撃こそしていないが、爆風が鬼凶魔に襲い掛かり皮膚の表面を軽く焦がす。


 この一撃から俺の方に狙いを変えたらしく、最初の鬼凶魔は俺の方へ歩みを変える。……そうだ。それで良い。


「ちょっとトッキーっ!? 何やってんのっ!?」

「シーメはセプトとボンボーンさんを頼むっ! こいつらはこっちで引き付けるからっ!」

「それは無茶だってっ! トッキー一人じゃ無理だよっ!?」


 確かに、今この瞬間戦っている奴に加えて、さらにもう一体相手しろと言われても勝ち目はない。だけどこのままでは、鬼凶魔が一体シーメとセプトの所にまで行ってしまう。


「グルアアアっ!」

「うぐぅっ!?」


 さっきまで戦っていた奴が、目くらましのお返しとばかりその剛腕を振るってくるので何とか貯金箱を盾代わりに受け止める。きっつ~っ! 腕が痺れる。やっぱ真っ向勝負は無理だわ。


「でも勝つのは無理だけど時間稼ぎくらいはできる。今のうちに早くボンボーンさんを治してくれっ! それっ! これでも喰らえっての!」


 俺は距離を取りながら硬貨を投げまくり、何とか鬼凶魔二体の注意を引く。あいつら完全に俺に対して頭にきているみたいだな。それは実に好都合だ。


「トキヒサっ! ……私も、そっちに……うぅっ!?」

「ガキはそこでじっとしてろっ! ……シスター。こうなったら急いで俺の治療を頼む! すぐにそっちに行くから死ぬんじゃねえぞっ!」


 ボンボーンさんはセプトを制止しつつ、俺に一声かけてから幕の中でどっかりと座り込んだ。正直俺一人じゃ長くは保たないので、早いとこ援護に来てくれると助かります!


「ほらほらっ! こっちだこっち!」

「「ウガアアアっ!」」


 俺は怒り狂う鬼凶魔達を引き連れてその場を離れた。引き連れたくはないけどな。





「……はぁ……はぁ」

「ウガアアアっ!」

「うおっ!? あぶなっ!?」


 月明かりに照らされながら、鬼凶魔の一体が振り下ろす腕を俺はすれすれで回避する。格好いい躱し方なんてもんじゃなく、半ば勘で横っ飛びしたのが上手くハマっただけだ。


 俺はシーメ達から少し離れた場所で鬼凶魔達を相手取っていた。離れないとシーメ達が狙われかねないが、かと言って離れすぎるとボンボーンさんが復活した時に合流が難しい。


 俺一人で全部何とかできるなんて一切思ってないからな。助けてもらえるなら助けてほしいし、ボンボーンさんが治ったらすぐに抑え役を交代するとも。……でも今は俺しかできないから仕方がない。


「グルアアアっ!」

「ウガアだのなんだのうるさいってのっ!」


 今度はもう一体が横薙ぎに腕を振るってきたので、また大量の硬貨を散弾のようにばら撒いて少し軌道を逸らす。


 金ならまだタップリあるからな。もうこうなったら大盤振る舞いだ! 貯金箱からジャラジャラと硬貨を大量に取り出して適当に掴み取る。


 幸いこいつらは本能のままに攻撃してくることしかしない。ネーダのように武器を使うようなこともなく、殴り掛かってくるだけであればまだもうしばらくは耐えられる。


 だけどさっきからどれだけ経っただろうか? もうそれなりに経っているので、そろそろ救援が来てもいい頃合いなんだけど。


「グオオオっ!」

「足元がお留守だぜっ! 食らえっ!」


 また一体が襲い掛かってくるのを、先ほどばら撒いてを起爆させて足止めする。


 もうここら辺一帯は戦いの中でばら撒いた俺の硬貨だらけ。時間が経てば経つほど威力は落ちるものの、投げてしばらくは俺の意思一つで起爆できる。足止めだけならこれで十分だ。


 そうやって何とか隙をついてまた金をばら撒き、距離を取って足止めに徹する。流石にあれに近づいて貯金箱で殴るというのは避けたいからな。


 そうやって時間を稼いでいると、ついにその瞬間が訪れた。


「……はぁ。いい加減倒れてくれよ。……うぐっ!?」


 急に眩暈がして一瞬バランスを崩す。……この感覚は以前クラウンに毒を食らった時に似ているが、あの時よりはまだ少しはマシだ。少しふらつくだけでまだ動ける。


「くっ!? これがこの霧の効果か」


 ボンボーンさんみたく吸ってすぐにふらつくというものではなかったが、俺も戦いの中で霧を吸っていったことに変わりはない。


 シーメのかけてくれた魔法で抑えていた分も、ボンボーンさんがさっき身をもって限界を知らせてくれたわけだしな。個人差があるにしてもそのうち症状が出るとは思っていたがついに来たか。


 そしてこの鬼凶魔達には全然効かないっていうんだから始末が悪い。こっちだけ一方的に状態異常かよっ!


「ウガアアアっ!」

「しまっ……うっ!?」


 少しとはいえふらつきはふらつき。鬼凶魔達は足止めが無くなった数秒のうちに一気に俺との距離を詰め、そのまま俺に掴みかかった。


 マズイっ! 殴られるとかならまだ一発ぐらいなら俺も耐えられるかもしれない。だけど掴まれるとなると、そのまま動きを封じられてもう一体にボコボコにされるっ!


 とっさに足元にある分を起爆させて迎撃しようとするが、視界が僅かに歪むせいで正確な位置を起爆できず、見当違いの所で起爆してしまう。


 そうして鬼凶魔の腕が俺の目前まで迫り、


「“影造形シャドウメイク”っ!」


 その声と同時に俺の影が槍のような形をとり、向かってきた鬼凶魔の腕を貫いて受け止めていた。この声は……。


「……うぅ。大……丈夫? トキヒサ」

「セプトっ!? なんでこんな所にっ!?」


 その方向には、息を荒げて胸を押さえながらも、俺から地面に伸びていた影に手を当てて操るセプトの姿があった。


 俺は足止めのためにコントロールなどお構いなしに硬貨を鬼凶魔に投げつけ、少しふらつきながらも慌てて駆け寄る。


「トキヒサを……はぁ……追ってきたの。あとは、私が……頑張るから」


 そう青白い顔をして今にも倒れそうなセプトが口にし、


 ピシッ!


 その胸元の器具からは、何かにヒビが入るような音が聞こえていた。

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