IFルート『もしも時久がイザスタと一緒に行くことを選ばなかったら』その二


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 最初に会った時のウィーガスさんの言い分はこうだ。


 いわく先日起きた王都襲撃事件により、現在の『勇者』達は肉体的及び精神的に大きなダメージを負っている。元々個人的にはあまり期待していなかったが、このままでは完全に役に立たなくなる可能性が高い。


 最悪広告塔の仕事もこなせないとなると、国民の士気に関わる一大事。よって“今の『勇者』が役に立たなくなった場合のスペア”として俺に目を付けたと。


『……失礼ですが、冷血とか冷酷とか言われたことありません? 俺はまだ良いけど仮にも『勇者』にその言い草とか。……道具じゃないんですから』


 一応目上だしどう見ても偉い人だ。下手ながらも敬語で、しかしちょっとだけムカッと来たのでそれも込めて言ってやる。


『国営に関わる者なら大なり小なり同じような考え方をすると思うがね。……それに私は言い伝えなど信じていない。『勇者』というのもかつての偉人の称号の流用に過ぎない。……まだ何も成していないのに『勇者』等とは片腹痛いわ』


 ウィーガスさんはどこか皮肉気に、それでいて力強くそう断言した。


 国教に『勇者』のことが盛り込まれているのに言い伝えを信じないっていうのは結構問題じゃないかと思うのだが、それを黙らせられるからの今の発言なのだろう。そうでなかったら部外者の居る所でこんな事言わない。


 横で静かに佇んでいるヘクターは何も言わない。今の発言に何も思っていないのか、下手に口を挟むべきではないと考えているのかは分からないな。


『無論君が『勇者』となった暁には、国の運営に大きな影響がない程度であれば全ての行動を容認しよう。金、女、名誉、その他望む全ての物を出来得る限り提供しようではないか』

『だけどその代わりに道具、というよりウィーガスさんの都合の良い『勇者』になれって? お断りですね。……用がそれだけならこれで失礼します』

『貴様……閣下の誘いを断ってどうなるか分かっているのかっ!?』


 俺がさっさと退出しようとするとヘクターが何か言ってきた。確かにウィーガスさんが一声かければ、俺なんかどうとでも出来るだろう。権力っていうのは強いからな。


 衛兵に囲まれたりしたらすぐに捕まるだろうし、また牢獄に逆戻りというのもあり得る。今度はイザスタさんも居ないのだ。金で出所という事も出来ないだろう。それに……もう人の金で助けてもらうつもりもないし。


 念のため入口までの道筋はさっき覚えたけど、正直追手を出されたら逃げ切れる自信はない。それに何とか逃げ切れたとしても、下手したらもうこの辺りで働けないかもしれない。


 断った場合のデメリットがもう山の如しって感じで数えるのもメンドクサイ。普通にここは了承した方が良いのはまず間違いない。……だけど、


『正直金とか女とか名誉とか言われてもピンと来ないんですよ。金は欲しいけどそんなやり方じゃあアンリ……知り合いは納得しないだろうし、女の子は嫌いじゃないけど今はそういう時じゃないし、名誉も特に要らない。そして肝心なことは……。ってなわけで失礼します』


 こういうタイプは役に立たなくなったら平気で使い捨てたりするタイプだ。そんなのに従っていたら後が怖い。そういう訳で逃げるが勝ち。多少失礼ではあるけれど、さっさとお暇すべく身を翻す。俺は部屋の扉に手をかけ、


『イザスタ・フォルス……と言ったかな?』

『……っ!?』


 ウィーガスさんのその言葉に、俺は扉に手をかけたまま立ち止まる。なんでイザスタさんの名前がここで出てくるっ!?


『牢獄では隣の牢だったようだな。数日間だが交友があり、そして先日の襲撃事件の際に行方不明に。なにやら君の出所に必要な代金を支払ったとか……再び会いたいとは思わないかね?』

『…………もうちょっと詳しい話を聞かせてもらえますか?』


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 という事があり、ひとまず目の前の爺ちゃんに協力することになった訳だ。……あくまでひとまずだからねっ! 正直俺をいつ切り捨ててもおかしくないからねこの爺ちゃんっ!


 どこへ行ったか分からないイザスタさんの捜索をダシにされるとこちらとしても断りづらい。おまけにもし俺が引き受けなくても、ディラン看守の方で普通に捜索してたんじゃないかと話している最中に気がついた。……なんか悔しい。


 悔しいからついでに冗談で、『勇者』になったら一千万デンくらいくれるかと聞いたら、「それだけの国益を出せるというのなら検討しよう」と大真面目に返された。……一千万デン分の仕事って何をすりゃ良いんだよ!?


 とまあ色々言ったものの、協力といっても特に凄いことをしているではない。


「え~っと、朝は城内の清掃や資材の搬入の手伝い。昼から町の復興作業の手伝い。夕方からは城の厨房で皿洗い。……今日はざっとそんな感じですかね」


 今俺が報告で挙げたのは、どこも今日手が足りていなくて行った場所だ。襲撃のせいで怪我人続出、町はボロボロ、どこもかしこも大忙しだ。ウィーガスさんはそういった場所に俺を派遣している。


 ……どうやら俺に何が出来るのかを探っているようだが、おかげですっかり雑用係として認知され城のあちこちに顔見知りが出来た。


 まあいざという時のために繋がりがあるのは良いけどさ。少ないながらも給料も出るし、朝昼晩と食事もあるから待遇自体は悪くない。城内に個室も用意してもらったしな。


「ふむ……では加護の方は何か分かったことは?」

「今のところは何も。……“適性強化”っていうのは自分の魔法の威力が上がったらしいですけど、元々の金魔法の威力が分からないし比較の仕様もないですね。他に金属性を使える人を探してきて比較した方が早いと思います」


 それと以前採った俺の血から能力やら何やらを調べたらしいのだけど、それでも全てが分かるわけじゃない。実際加護の名前が“適性昇華”というのは分かったけど、既にある“適性強化”とどう違うのかは現在すり合わせ中だ。


 あと俺の魔法適正が金属性というのも判明した。金を投げると爆発するっていうのは結構驚きだが、そんなものどこで使えば良いんだとツッコミを入れたくなる。……瓦礫を吹っ飛ばすのに役に立ったぐらいかな?


 ちょっと金がかかるけど、その分は先に言っておいたら出してくれるので助かった。


「なるほど。……よろしい。では後で報告書を作成しヘクターに提出したまえ。この書類が終わり次第目を通しておく」

「へいへい。それじゃあこっちも部屋に戻らせてもらいます。ウィーガスさんも早めに終わらせて休んでくださいね」

「善処しよう」


 毎日書類の山とにらめっこしているからな。無理しないでちゃんと休まなきゃ。


 油断ならない系爺ちゃんではあるが一応仕事やら寝床を世話してもらってるので気遣ったのだが、相変わらず返事だけで手はペンを走らせたまま。


 ……その内ホントに倒れるんじゃないかと少し不安だ。なんか差し入れでもするべきだろうか?


「失礼しました」


 俺はそのまま部屋を出て、外で難しい顔をしながら待っていたヘクターが入れ違いに中に入る。こっちの報告はそれなりに時間が掛かるからな。今の内に部屋に戻って報告書を書いておくか。





 大体だけどこれが毎回の流れだ。


 毎日ウィーガスさんの指示した人手の足りない場所で手伝いをし、夜にヘクターが呼びに来てそれに連れられて部屋に行き、仕事の内容や能力について分かったことなどを報告。


 それが終わったら自室で細かい報告書を書き、ヘクターに提出してから明日に備えてぐっすり寝る。


 イザスタさん関係の方はしっかり捜索していると確認を取ってあるし、何か進展があればディラン看守から知らせてもらう手筈になっている。進捗状況を聞かれなかったから言わなかったとかやりそうだからなあの爺ちゃん。まだディラン看守の方が信用が置ける。


 『勇者』関係のことは今の所特別な指示はない。一応仕事に必要ということもあって、簡単な読み書きや魔法の練習くらいはしているけど、誰かに会えとか何をしろとかも特になしだ。


 一見拍子抜けのようにも見えるけど、考えてみたらない方がこちらとしては良い。


 召喚される前はまだ有りだったけど、今更『勇者』として皆からチヤホヤされるってのもなんか違う気がするし、そもそも俺はあくまでウィーガスさん風に言えば“スペア”である。本来なら使われない方が良い流れな訳だ。


 『勇者』達の肉体的、精神的フォローも現在向こうでやってる真っ最中であり、それが無事に済めば良い。そうなったら俺はお役御免自由の身……だと良いんだけど、どうにも少し雲行きが怪しい。


 城の外はともかく中には『勇者』についての多少の噂が流れるのだけど、それによると『勇者』達の調子が思わしくないらしい。肉体的にはほぼ治ったようだけど、精神的に結構参っているとか何とか。どうしたもんかねぇ。


『いっそのこと、当初の予定通り『勇者』になる手で行った方が良いかもね。そうすれば『勇者』権限で多少は動くことも出来るでしょう?』

「それはそうなんだけど……今この状況で『勇者』になっても厄介ごとの気配しかないんだよなぁ」


 毎日の日課として、寝る前にアンリエッタとの通信も欠かしていない。自分一人だけで悩んでどうにかなるというのはあんまりないからな。話す相手が居るっていうのは大切だ。


 アンリエッタは相変わらずふんぞり返って終始上から目線。まあこれが基本なのだと分かっていれば腹も立たないが。


「襲撃のせいでまだあちこちピリピリムードだし、なったらなったであの爺ちゃんに良いように使われるのはほぼ間違いない。何せそのためだけに今はあまり役に立たない俺を囲い込んでいるぐらいだしな」

『国の外に出るのも難しいでしょうね。今は近くに居ないみたいだけど、時々監視役らしきものが周りをうろついているし』


 俺は気がつかなかったのだが、アンリエッタが言うには仕事中や勉強中に時折そういうのが来ているらしい。こっそり逃げ出しても連れ戻されるってことか。


 その後自室を貯金箱であちこち調べて、監視用の仕掛けが無いと確認出来たのが救いか。


「牢獄から出れたと思ったら、今度は国に捕まっているってオチかい。まったく嫌になるな」

『嫌になるのはコッチよ。雑用の給金程度じゃ目標額には程遠いし、このやり方じゃ評価になり得ないわ。せめてもっとこう……アイツが好みそうな起伏のある稼ぎ方じゃないと』


 そうなんだよな。こっちとしても働くのは嫌いじゃないけど、折角異世界に来たんだから冒険がしたいという気持ちも当然ある。


 牢獄で襲ってきたネズミ凶魔みたい狂暴な奴もいるかもしれないけど、他にワクワクして心躍るような何かもきっとあるはずだ。


 そのためには、この場所にずっと留まっている訳にはいかない。


「でもひとまずはあの爺ちゃんに従って地盤固めだな。少なくともイザスタさんの情報が入るか探しに行く金が溜まるまでは」

『そうね。……それじゃあ頼むわよトキヒサ。ワタシの手駒。しっかり課題をクリアしてよね』

「分かってるって。アンリエッタの方も何か分かったことがあったら知らせてくれよな。……頼りにしてる」


 アンリエッタがほんの少しだけ顔を赤くしたかと思うとそのまま通信は切れた。……まさか照れたんじゃないよな?


 そうして今日も一日を終え、俺はベッドの中に潜り込み、目を閉じると疲れからかすぐに意識が遠くなっていった。……また明日も働かないとな。

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