閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その四
「ネッツ殿。もうすぐ予定の時間です。軽々に持ち場を離れられては……」
「だからこそですよ。もうすぐ時間だというのに、こんな近くで大捕り物とあっては相手が警戒してしまいます。それに、こちらのエプリさんは私の知り合いですからね。私が対応した方が早く話が済むと思った次第です」
まとめ役の男がネッツに呼びかけると、ネッツは微笑を浮かべながらさらりと返す。
「……意外ね。一度会っただけ、しかもただの護衛のことを憶えているだなんて」
「ヒトの顔と名前を憶えるのは商人にとって必須ですから。……それに貴方はフード越しとは言えとても印象に残りましたからね」
そう言えば、ネッツは商人ギルドで取引した相手のほとんどの顔と名前を憶えているという話だった。記憶力は伊達ではないという事か。
それに、室内でもフードを取らずにいた護衛のことがつい気になったというのもあり得なくはない。……下手にフードを取るわけにはいかないし、仕方のないことなのだけどね。
「という訳で、エプリさん達のことは私に任せていただきたいのですがよろしいですか? ……そこまで時間はかかりませんので」
「…………良いでしょう。ただし手短に。我々は所定の位置に戻りますので。……おい。行くぞ」
男は最後にこちらを一度じろりと見ると、そのまま他の男達を連れて去っていった。……と言ってもまだ近くに潜んでいるだけのようだが。
「いやあビックリしたっすね~。それにしても、あの人達何か態度悪くないっすか? ピリピリしてるっていうか」
「あまり悪く思わないでください。あの方々は不愛想ではありますが、ただ職務に忠実なだけなんですよ。それに今は間が悪いということもありましてね」
オオバが憤慨しながらも疑問に思うという器用な真似をすると、ネッツは宥めるようにそう言った。
「あ、あの。お久しぶり、です。ネッツさん」
「貴方は……ソーメさんじゃないですか!? お一人とは珍しい。お姉さま方とエリゼ院長はお元気ですか?」
「はい! 以前お薦めされた茶葉……とても、美味しかったです」
「それは良かった。またご入用の際はお声がけください。お代は勉強させていただきますから」
どうやらソーメとネッツは顔見知りらしい。一瞬詰まったとは言え、三つ子の内ソーメだと断定できるぐらいには付き合いがあるようだ。
「さて、それでは皆様方。どうぞこちらへ。何度も面倒だとは思いますが、お話をお聞かせください。お時間はとらせませんので」
「…………分かったわ。こちらも急いでいるから簡単にだけどね。アナタ達はそれで良い?」
「あたしは良いっすよ! さっきの人より話しやすそうっす!」
「私も、ネッツさんとなら、良いです」
一応争いを仲裁してもらったという形になったので、その分は従っても良いか。私達はネッツに従って歩き出した。
「……なるほど。それは一大事ですねぇ。まさかヒース様が」
私達が連れられた先、最初にネッツが立っていた開けた場所には、明らかに先ほどの男達とは別のいかにも商人らしいヒトが数人ほど居た。
どうやらネッツの部下で、ネッツ自身が信用が置けると連れてきたらしい。
私はネッツ達にこれまでのことを説明した。こちらにはヒースの名前も隠さずにだ。勿論近くに隠れている男達に聞こえないよう声は潜めているけど。
これはネッツが都市長、ジューネとアシュ、そして今分かったことだがソーメ達姉妹やエリゼとも繋がりがあり、なおかつそれぞれからそれなりに信頼されていることから話しても良いと判断したためだ。
ネッツは最初話を聞いて驚いたようだったが、話を聞き終わるとすぐに冷静さを取り戻し、部下達に今の話は口外しないようにとくぎを刺す。
「……先ほどの男達に話せなかったのは、まだ信用出来るかどうか分からなかったため。それでもアナタには話した。……意味は分かるわね?」
「はい。その信用に背かぬよう、努めさせていただきます。衛兵の方々には私から話を通しておきますので、このまま出立してもらって結構です」
「衛兵!? さっきの人達がっすか? それにしちゃ以前見た人とは服装が全然違うっすけどね」
「衛兵と一口に言っても様々な部門がありますからね。先ほどの方々は……何と言えば良いのか」
会話に入ってきたオオバの素朴な疑問に、ネッツは少しどう答えようかと悩む。別にオオバもそこまで子供ではないので話しても良いでしょうに。……まあ精神的には少し疑わしいけど。
「……見たところ、
「まあ……そんな所です」
どんな組織でもそういったものは存在する。隠密や諜報など、表沙汰に出来ないことを主に行う俗に言う裏方の部門だ。私自身傭兵としてそういう裏の依頼を受けたこともある。
ヒトによっては忌避されることもあるが、そういう部門がしっかりしている組織は信用できると以前オリバーが言っていた。
それを聞いてオオバは「……ああなるほど。そういう事っすか。警察の公安みたいな感じっすね」と、よく分からないことを言いながら一人何かに納得したようだった。
「しかしながら参りましたね。力をお貸ししたいところなのですが少々間が悪い」
「取引……だったわよね」
「はい。とても重要な取引でして、私が今離れる訳にはいかないのです」
ネッツがそう言って済まなそうな表情をする。商人にとってはこういった仕草すらも武器なので、全てを鵜呑みにするわけにはいかないが、一見すると本当に申し訳なく思っているように見える。
「そりゃ取引ってのはどれも重要だろうっすけど、こっちも都市長さんの……っと。とにかく大事っすよ!」
「それは理解しております。故に私共も取引が終わり次第、信の置ける者に連絡をとって速やかに捜索に協力したいと思います。どうか今はそれでご理解ください」
「…………いえ。助かるわ。ありがとう」
どこかまだ納得のいっていないようなオオバだったが、私が礼を言うとそれ以上食い下がることはなかった。
「……最後に、そちらの取引は都市長が噛んでいるの?」
「その質問にはお答えできませんね」
「……フッ。その答えだけで十分よ」
オオバはその言葉を聞くと小さく「あっ!」と声を上げた。どうやら気がついたみたいね。
都市長の息子であるヒースのことだというのに動けない。つまりそれ以上の、それこそ
「……じゃあそろそろ失礼するわ。急いでトキヒサと合流しないと。話は通しておいてくれるのよね?」
「はい。ヒース様のことはよろしくお願いします」
ヒースの情報自体はなかったけど、ネッツに協力を取り付けられたので良しとしよう。早くクラウドシープの所に戻らなければ。
ネッツが頭を下げるのを背に、私はクラウドシープを待たせている場所に戻ろうとする。そこに、
「…………うん。……うん……分かった。急いで戻るね。……あ、あのっ! エプリさん!」
「……何かあった?」
さっきから喋らなかったソーメが何かしら独り言を呟いたかと思うと、表情を明るくして軽く片手を上げながら、歩こうとする私を呼び止めた。何か他の姉妹から連絡があったみたいね。
「今、シーメ姉から連絡があって、別れた先で無事ヒース様を見つけたそう、です」
「ホントっすか! それは良かったっす!」
「それは良い知らせですね! 無事見つかって良かった!」
オオバはグッと拳を握って我が事のように喜び、ネッツも先ほどより明らかに顔をほころばせている。
私も内心ホッとしている。最悪向こうでも見つからずにまた捜索を続けるという事になったら、より一層トキヒサが厄介ごとに巻き込まれる可能性が高くなる。早く見つかったのなら後は屋敷に戻るのみだ。
「……それで? 他には何か言っていた?」
「はい。見つけたは良いけど、中々帰りそうにないから、しばらく、迎えが来るまで待機していると。アーメ姉にも、伝えたそう、です」
「……そう。ならますます合流が必要ね。では」
「申し訳ないが、そうはいきませんな」
今度こそ出発という所で、先ほど身を潜めたはずの衛兵が行く手を遮る。……いい加減こう何度も遮られると嫌になるわ。
「何っすか黒っぽい衛兵さん。もうお話はこっちのネッツさんに話したっすよ!」
「そうですよ。この方々のことは私が保証します。細かく話が出来なかった理由も私が伺いましたので、出発には問題はありません」
「それは大いに結構。しかし今度は我々の方の問題でしてな。……
その言葉にネッツはハッとし、僅かに慌てた様子でこの場所に繋がる道の一つ、私達がクラウドシープを待たせているのと反対側の通路を見る。すると、そこから数名の何者かが歩いてくるのが見えた。
どうやら向こうもこちらを視界に捉えたらしく、明らかに視線を向けてくる。何となく嫌な感じだ。
「……本当に間が悪い」
それを見て、ネッツは少し顔をしかめてついこらえきれずという具合にポツリともらした。
「……あのヒト達は?」
「今回の取引相手です。……少々難しい御人のようでしてね。本来なら皆様をお引き留めしたりはしないのですが、見られてしまった以上今から出立されると怪しまれます。どうかもう少しだけ留まっていただけないでしょうか?」
どうやら今回は、私達の方に厄介ごとがやってきたらしい。これがトキヒサの方でなかったことに安堵すべきなのか、これでまた合流が遅れることに腹を立てるべきなのか。
「……面倒なことになりそうね」
やっとヒースが見つかったというのに、まだこの夜は終わりそうにない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます