閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その三
男達の視線が、より一層鋭くオオバに突き刺さる。それも無理はないけれど。……この状況で通りすがりの者はないでしょうに。
男達の中から話に応じるように一人進み出る。周りの態度からまとめ役かもしれない。
「通りすがりだと……嘘を言え嘘を! こんな時間にこんな場所をうろついている怪しい奴がそうそう居る訳ないだろう」
「実際に居るんだからしょうがないっすよ。それに怪しさで言えば皆さんだって半端ないっすよ! こんな時間にこんな場所で大勢で集まって、台詞をそっくりそのまま返せるレベルっす!」
オオバときたら囲まれているというのに、まるで世間話をするように普通に話しかけている。それもかなり相手を煽りながら。
これだけのことをしているのだから、余程の豪胆なのか考え無しか。私は男達を刺激しないようゆっくりとオオバの顔色を伺える位置まで移動する。
その顔を見ると…………これはダメね。微妙に顔が強張っている。豪胆じゃなくて考え無しの方らしい。それなのに自分が話すと言ったのかと少し呆れる。
「だから、こっちは人を探しているだけなんすよ! ここら辺に居るかもしれないって話を聞いて探しに来ただけっす!」
「ヒト? どんなヒトだ?」
「それはっすね…………あっ! 名前って出しても良いんすかね?」
オオバが男達にヒースのことを話そうとした時、何かに気づいたようにこちらに問いかける。
「……出来れば避けた方が良いわね。あまり広めて良いことじゃなさそうだし」
「了解っす! ……ところで、
まずそこからっ!? ……確かにオオバは直接ヒースに会ったことはないし、私達も顔などは説明していなかった。
オオバが同行する前の私達は全員会っていたし、アーメ達も繋がりが有るようだったから言いそびれていたのだ。
そのままオオバは何とか話を聞いてもらおうと奮闘するのだが、名前を出せない上に姿かたちも説明できないと有っては信じてもらえる訳もなく。
「怪しい奴らだ。大人しくこちらに来てもらおうか」
「……ゴメンっす。エプリさん、ソーメさん。交渉失敗っす。いやあ手強い相手でしたっす」
「……あれだけ自分がやるって言っておいて」
軽くジト目で見ると、オオバは申し訳なさそうに肩をすくめる。……それにしても、拗れた話を今からでも修正できればいいけど。
「さあ。来てもらうぞ。他の二人もだ」
「だから怪しいもんじゃないんすよ~!」
「あ、あの……その」
男達の手が私達に伸びる。オオバはなおも弁明しようと慌てながらも視線をキョロキョロさせ、ソーメもじりじりと壁際に追い詰められる。……賭けだけど、やるしかないか。
「……待って! この扱いは、私達を都市長ドレファス・ライネルの客人と知ってのことかしら?」
「何だと?」
私はここで一か八かの発言をする。思った通り、この言葉を聞いて男達の動きが少し止まった。このノービスにおいて都市長の影響力はとても強い。その客人とあれば下手なことは出来ないはずだ。
ただこれには、もし相手が都市長に敵意を持つ類だった場合、私達を捕まえて利用しようとする可能性がある。それにさっきオオバが詰まったように、そもそも説明が出来るかどうか。
「おかしなことを言うな。それこそ先ほどの通りすがりの方がまだ信憑性がある。本当にそうだと証明できるのか?」
「……ここを少し行った路地の入口にクラウドシープを待たせているわ。都市長に借りている個体なのは、問い合わせればすぐに証明できるはずよ」
「なるほど。……おい!」
まとめ役の男が囲んでいる内の一人に合図すると、その男は何も言わずスッと走っていった。クラウドシープの有無を確かめに行ったようだ。
まずは話し合いの席に着くことには成功。でも問題はここから。まとめ役の男をフード越しに気を引き締めながら軽く見つめる。相手もここからが本番とばかりに軽く呼吸を整える。
「ふん。なるほど。まだ確認が取れたわけではないが、仮にお前達が都市長様の客人だったと仮定しよう。それで? 何故都市長様の客人がこんな場所をうろついているのか聞かせてもらおうか?」
「……そこに関してはさっきそこのオオバが説明した通りよ。……情報を得てヒトを探している最中ここを通りすがり、やけにヒトが集まっているから気になって近づいただけ。……話さえ聞けたらさっさとここを立ち去りたいのだけど、そちらは話を聞く気がある?」
「…………良いだろう。まずはそちらが話してみろ。ただし手短にだ。それと明らかに嘘だと判断したら拘束させてもらう。異論はないな?」
男は少し考えてそう口にした。問答無用で拘束にかかるのならこちらも無理やりにでも脱出するつもりだったけど、それならそれでうまく切り抜けるのみ。
横でどこかしょんぼりしているオオバを気にしないようにし、私はなるべくヒースについて特定されないようこれまでの経緯を話し始めた。
「話は分かった。……残念ながら、やはり信用できないな」
「……何故かしら? クラウドシープのことは確認が取れたはずよね?」
話し終えて帰ってきた言葉に、私はある程度予想出来ていたことだが訊ねた。
「確かにお前達が都市長様の客人であるという事は分かった。しかしそれはそれとして、こんな所をぶらついていたのは明らかに不審だ。加えて探しているヒトの名前も明かせないとあってはな。まあ聞いた特徴の男はどちらにしても見ていないのだが」
痛い所を突かれる。肝心のヒトの名前を言えないのはどうしたって不審だ。私もなるべく名前を出さずに容姿などを説明していたが、話術に長けている訳ではないのでやはり限界はある。
「俺を納得させられない以上、やはり拘束させてもらう。都市長様の客人という事で手荒なことはするつもりは無いが、これも職務だ。許してもらいたい」
僅かにだけ男の言葉が柔らかくなったのは、こちらが都市長と繋がりがあるとはっきり分かったからだろう。他の男達もその言葉と共に構えていた棒を下ろし、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「エプリさん……」
「……どうしたもんっすかね」
ソーメもオオバもこちらを見ている。言葉ぶりからしてこの集団は都市長に敵対しているという事でもなく、ここで拘束されたとしても酷いことにはならないだろう。だが、
「
「むっ!?」
私を中心に、軽く風が吹き始める。それが自然の風でないことに男達も気がつき、何かが起きても対処できるよう腰を低くして構える。
「……そちらに職務があるように、こちらにも事情があるの。探しているヒトがこの辺りに居ない以上、急いで移動しなくてはならない。……今は拘束されるわけにはいかないわね。ソーメっ! オオバっ!」
「は、はい」
「了解っす! いつでも行けるっすよ!」
ソーメは
「この場を我々が逃がすとでも? 抵抗はしないでもらいたいのだが」
「……それはこちらの言葉ね。先ほどは話し合いで済むかもしれないからそうしたけど、邪魔をすると言うのなら……押し通るだけ」
逃げる手順はさきほどすでに相談しているので問題はない。クラウドシープを確認しに行った男が戻ってきたことは確認しているから見張りが居る可能性は低い。仮にいたとしても一人か二人だろう。
ここを振り切りクラウドシープに乗り込んで離脱。早々にトキヒサと合流しなくては。
力技で押し通ることになってしまったけど、この件はおそらく後日正式に謝罪することになる。トキヒサと都市長には迷惑をかけるかもしれないが、緊急事態だったという事で許して欲しい。
相手も雰囲気が変わったのに気付いたのか、いつ飛びかかってきてもおかしくない。ただ武器らしきものは全員収めているので、こちらもなるべく怪我をさせないよう出力だけを上げた“強風”を準備する。
「……二人共、私が合図をしたら全力で走りなさい」
私が小さくそう言うと、二人共何も言わず静かにこくりと頷く。
少しずつ風は強くなり、ひゅうひゅうという音からごうごうへと変化していく。魔力は十分に溜めこんだ。もうあとは解き放つだけ。
「総員……かか」
「…………今よっ! 走っ」
「待った! 双方お待ちくださいっ!!」
両陣営がほぼ同時に動こうとした時、男達の後ろから誰かが声を上げて走ってきた。
その声に男達は僅かに動きを止め、私も強風の発動を踏みとどまる。……溜まった魔力はそのままなのでいつでも再発動可能だが。
「へっ!? のわあぁっす!?」
若干一名走り出そうとして急に止まったため、バランスを崩しているオオバが居るが……見なかったことにしたい。倒れたオオバに慌ててソーメが駆け寄っている。
こちらに走ってくるのはどうやらさっき影から視認した獣人のようだ。しかし今の声、どこかで聞き覚えのあるような。
「はぁ。はぁ。……間に合って良かった。こんな所で争っても良いことなんてないですからね。特にこれから商談になるっていう時には。……そうじゃありませんかエプリさん?」
「…………っ!? アナタは!」
やってきたヒトは急いで走ってきたためか、軽くかいた汗を拭って息を整えながら笑いかけてきた。何故このヒトがこんな所に。
「エプリさん? 知り合いっすかこのヒト…………というかキツネの獣人さん?」
「おや? これはお初にお目にかかる方がいらっしゃいますね。それでは自己紹介をば」
彼は被っていた帽子を脱ぎ、そのまま胸元に持っていくと軽く一礼する。
「私の名はネッツ。ノービスの商人ギルドにおいて、未だ未熟の身ではありますが仕入れ部門の職員を務めさせていただいております。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧にどもどもっす! あたしはツグミ・オオバって言います。一応商人(見習い)をやってるっす! 以後よろしくっすよ!」
商人ギルド仕入れ部門のトップに対し、知らないとは言えまるで臆さず普通に礼を返すオオバ。……ある意味大物かもしれないわね。
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