閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その二


「まあこうなったら一つ会ってみたらどうっすか? そしたらなるようになるんじゃないっすかね?」


 私が悩んでいる最中、オオバは暢気にもそんなことを言う。……今はとても重大な判断の時だというのにこの女ときたら。状況を分かっていないのではないだろうか。


 私はトキヒサの護衛ではあるが、トキヒサが一緒に行くとオオバを誘った以上、こちらも優先度は低いが護衛対象だ。そしてソーメも貴重な連絡係であり、また協力者でもあるので護衛対象に入る。


最悪あの集団と接触して揉め事になった場合、私一人ならともかく二人を護りながらとなると危険度は一気に増す。簡単に決められることではない。


「もしかして、あたし達が足手まといとか護りながらはキツイとか思ってたりするっすか? だとしたら……舐めてもらっちゃ困るって話っすよ!」


 私の表情を見て取ったのか、オオバは人差し指を立ててチッチッチと数度振って見せる。


 ……何故だろう。その仕草にまたもやイラっと来る。さっきのことと言い、どうやらオオバは自然に相手を煽るのに長けているようだ。


「こう見えても逃げ足には自信があるんすよあたし! なんかマズそうなことになったら、即ダッシュで逃げるから大丈夫っす! それに、ソーメさんも大丈夫って顔してるっすよ」

「は、はい。……私も、がんばります。だからエプリさん。私達のことは、気にしないでください」


 自身の足を掌でパンっと張りながら笑うオオバに、どこかオドオドとしながらもハッキリとそう言ってみせるソーメ。


 私は知らず知らずの内に二人を過小評価していたのかもしれない。確かに私の仕事は護衛ではあるけど、そもそも二人に話も聞かず、勝手に護ろうなどと考えていたのだから。


「……私としたことが、作戦を立てるにしても護衛対象との意思疎通を疎かにするなんてね。……改めて聞くわ」


 そこで私は姿勢を正し、二人の方に向き直る。トキヒサと合流するまでの短い時間とは言え、今の護衛対象に対しての最低限の礼儀だ。


 二人も私の雰囲気が変わったのを察したのか、少しだけ真剣な顔つきになる。


「……接触すれば危険が伴う可能性がある。もしもの時は、ある程度自分の身は自分で守ってもらう事にもなる。……それでも良い?」

「そこでって言っちゃうんだから、やっぱエプリさんてば優しいっすね。これがいわゆるツンデ……あたっ!?」


 私はオオバの額にトキヒサの時よりさらに手加減した風弾を撃ち込み、よく分からないが益体もないことを言おうとしたその口を塞ぐ。


「……それと、これからは護衛対象と言っても、無礼を働いたら遠慮せず撃ち込むのでそのつもりで。……分かった?」


 ソーメを見ると、こちらを見てぷるぷると震えながらこくこくと頷いている。そこまで怖がらなくても、別に無礼なことをしなければ何もしないのだけど。


「あたたたっ!? あの。あたしの額割れてないっすかね? もうメッチャ痛いっす! これじゃあ下手なこと言えないっすよぉ」

「……加減しすぎたかしら。赤くなっているだけで割れてないわね」

「割る気だったんすかっ!?」

「冗談よ。……さて、ではオオバの言う通り、なるようになると期待して行くとしましょうか」


 私は幾分か肩の力を抜き、しかし周囲への警戒を完全には緩めぬまま、二人を伴って謎の集団の居る所へ向かうのだった。





「それで着いたは良いものの……なんすかねあの人達」

「……さあね」


 私達は、ヒースの情報を得るべく怪しげな集団に接触しようと近づいた。風で大まかな位置を読み取り、視認できるギリギリの位置から建物の影に隠れて様子を伺う。


 そこは少し開けた場所だった。元は何かの建物が在ったようだが、いくつかの支柱らしきものを残してそこらに瓦礫が散らばっている。


 そして、数人の何者かがそこに立っていた。遠目なので細かな人相までは不明だが、一人は持っている明かりで照らされた肌がやけに毛深いように見える。耳の形もヒト種ではないのでおそらく獣人だ。


 人影の横にはそこまで大きくない荷車が一台。あまり大きすぎると、クラウドシープのように路地の中に入れないという事態になるからだろう。


 その荷台にはそこそこ大きな袋が載っていて、膨らみを見るに中にぎっしりと何か詰まっているようだ。


「人が居るには居るっすけど、二十人も居るようには見えないっすよ?」

「…………近くの瓦礫の影に二人、向こうの通りの入口に三人。……他にもあちこちに隠れているようね」

「ほ、本当ですか? …………私には、見つけられないです」


 周囲に聞こえないよう抑えた私の言葉を聞いて、オオバとソーメはきょろきょろと辺りを見渡す。しかし見つけられないようで目を白黒させている。


 実際相当上手く隠れている。私が場所を把握できたのは、先に吹き抜ける風からほんの僅かなヒトの動きを感知したからだ。前情報の無い状態でもし探せと言われても、正直一人二人見つけられるかどうか。


 しかしこの時点で完全に、偶然一般人が集会をしているという可能性はなくなった。これは明らかに訓練を積んだ者の隠れ方だ。ますます話しかけづらくなった。


「この辺りは、少し前に事故で建物が崩れて危ないから、作業をする昼間以外はあんまりヒトが立ち寄らないんです。こんな所で……何を、しているのでしょうか?」

「…………分からない。横に袋が置いてあるから、取引か何かじゃないかしら? ……ヒトが立ち寄らないのなら、秘密の取引をするにはうってつけだろうしね」


 その夜になると人気が少なくなるという点で、この辺りもヒースが探している場所の候補に挙げられた訳なのだが、どうやら現在別口の何かが起きているらしい。


 しかしどうにもきな臭い。これが何かの取引だと仮定すると、これからその取引相手が来ることになる。


 だが微かに隠れている者達の挙動から感じ取れるのは、警戒というよりも下手をすると敵意に近い。


 普通に立っている者達は落ち着いているようだけど、あまり穏便には終わらないかもしれないわね。……私には関係のない話だけど。


「そう言えば……誰が話しかけに行くっすか?」

「……私が行くわ。二人はここで待っていて。何かあったら近くで待たせているクラウドシープの所まで走って。……緊急事態となったら自分で都市長の屋敷に戻るよう躾けてあるらしいから、急いで乗り込めばそれで少しは安全よ」


 後ろ暗いことには慣れている。最悪揉め事になっても一人の方が撤退しやすい。簡単な説明をして、私は静かに歩き出そうとする。だというのに、突如服の袖をオオバに掴まれた。


「ダメダメ。ここはあたしにお任せっすよエプリさん! こう言っちゃなんっすけど、エプリさんって若干話し合いに不向きっぽいっすからね」


 代わりに歩きだそうとするオオバだが、今度は私が行かせまいとがっしり腕を掴む。


「……ここで待っていてと言っているでしょう。第一私のどこが話し合いに不向きだと?」

「ほらっ! そうやってすぐスゴむ。そんなぶっきらぼうな態度ばっかじゃ聞ける話も聞けなくなるってもんっすよ! ここはこれまで口先と逃げ足で乗り切ってきた見習い商人のあたしにお任せっす!」

「……何を言っているの? 確かにアナタのような、相手を苛立たせることで話の主導権を握ろうとするヒトは、交渉事にはある意味向いているかもしれない。……しかし話を聞くだけならむしろ逆効果。私が行った方が良いわ。そもそも商人になったのは今日からでしょう?」


 オオバはかたくなに譲ろうとしない。もしオオバを行かせた場合、最悪話し合いが決裂したら撤退の掩護をする手間が増える。私だけの方が簡単だ。


 ……こうなったら力尽くでと一瞬考えたが、それこそオオバの言ったことを認めることになりかねないと軽く頭を振って否定する。


「あ、あの。私が、行きましょうか?」

「……それこそ論外ね」

「同意っす」


 ソーメがおずおずと手を挙げるのを見て、私とオオバはバッサリと切り捨てる。こんな時は息が合うのが何とも言えない。


「まず前提として、アナタ?」

「それは……そうですけど」


 私でも見ていれば分かる。ソーメはヒトと話す時、よくつっかえたり妙な所で言葉を区切ったりする。相手が姉妹であるシーメ等なら比較的少ないようだが、それ以外ではとにかく多い。


 人見知りなのか何なのかは知らないが、このソーメに行かせるくらいならオオバを行かせる方がまだほんの僅かにだけマシだ。


「そうっすよソーメさん。無理しないでここで待っていてくださいっす! という訳で、エプリさんはソーメさんを宜しくっす!」

「……と自然な流れで行けると思わないことね」


 さらりとそのまま行こうとするオオバを、素早く私は制止する。そのまま軽く向かい合って睨み合う。


「……私が行くわ」

「あたしに任せるっす」

「私が」

「あたしっす」

「おい! お前達!」

「「何?」っすか?」

 

 突如横からかけられた声に、二人して同時に振り返る。すると、


「お前達。何者だ?」


 いつの間にか、闇夜に紛れやすい黒い服を全身に着込んだ男達が、私達を取り囲んでいた。中には短い棒をこちらに向けて構えている者もいる。


 しまった。言い合いに気を取られていて、近づいてくる相手に気がつかなかった。私としたことがこんな簡単な失敗をするなんて。


 内心自分を罵りながら、私はすぐに動けるように感覚を研ぎ澄ませつつ視線を他の二人に向ける。


 ソーメは……自身をかき抱くような態勢で身をちぢこませている。しかし、その目は怯えの色に支配されてはいないようだ。


 ではオオバの方はというと、両腕をゆっくりと上げて抵抗の意思はないことを見せながら、一歩だけ前に進み出た。男達のどう見ても好意的とは言い難い視線が集まり、オオバはそこで足を止める。


 もうこうなっては、位置取り的にオオバが話し合いをする流れだ。あれだけさっきまで自分が行くと言っていたのだから、出来るだけ穏やかに話し合いで切り抜けて欲しい所だけど。


「ど、どうも皆さん。通りすがりの者っす!」


 ……話し合いでは無理かもしれない。私は半ば諦めの境地で静かに魔力を溜め始めた。

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