第157話 手間暇かかった良い品は高い


「すいませ~ん。誰かいますか?」


 剣と盾を模った飾りがついた扉を開けると、俺はそう言って店内を見渡す。中はそんなに広くはなさそうだが、壁のいたるところに剣やら槍やら武器と防具が飾られているのはイメージ通りだ。隅にある棚にはそれ以外に身に着ける小物なども陳列されていて、武器屋兼雑貨屋と呼んでも良いかもしれない。


 明り取り用のガラスのない窓から光が差し込んでいるので大分明るく、その光があちこちの刃に反射してギラリと輝く。いかにもファンタジーって奴だ。地味に男心をくすぐるな。


「お留守っすかね? うおっ!? スゴイっすねこれ! 漫画みたいっす!」


 俺の後ろから大葉が入り、一目見るなり感嘆の声を上げる。それに続いてエプリ達も店内へ。


 セプトはいつもと同じように無表情で俺についてくるのだが、エプリは飾られている武具を真剣に眺めている。時々「…………使えそうね」なんてブツブツ言ってるのが微妙に近寄りづらい。プロは道具選びの時から全力らしい。


「なんじゃい。騒々しい。…………客か?」


 そうこうしていると、カウンターらしき所の奥からのっそりと誰かが出てくる。小柄で横にでっぷりと太い体型。しかし不健康と一言で断ずるには早く、その腕は常人など軽くひねれそうなほど筋肉が盛り上がっている。


 やや丸っこい顔の下半分はもじゃもじゃの髭で覆われ、所々に焦げ跡のようなもののついた前掛けを身に着け、片手には今の今まで使われていたと思われるやっとこが握られている。ま、まさかこの人は!?


「センパイ。ドワーフっすよドワーフ! もろファンタジーの住人って感じの人が出てきたっすよ!」

「ああ。俺も以前商人ギルドでチラッと見たきりだったけど、こうして実際に目の前に居ると感慨深いものがあるな」


 店の奥から現れたのは、まさに絵に描いたようなドワーフだった。もうあとハンマーでも持たせれば、完全にドワーフという言葉で大体の人がイメージするドワーフ像そっくりである。ちょっと感動して呆けていると、この人は半ば呆れるような口ぶりで話しかけてきた。


「ワシはバムズという。お前さん達ドワーフを見るのは初めてかの? ヒュムス国寄りの町ならともかくここらへんじゃ珍しくもなかろうに。……で? 何の用じゃ? 何か欲しい装備でもあるのか」

「いえ。そういう事ではないんですが、実はルガンに話を聞いてきたんです。不要品などがあれば買い取らせていただきたいんですが」


 ちなみにルガンとは串焼き屋のおっちゃんの本名。毎回おっちゃん呼びしているからどうにも慣れない。


「不要品…………ああ! そう言えばルガンがこの前言っていたわい。不要品を高値で買い取ってくれる奴がいると。お前さん達のことじゃったか」

「はい。使い道が無くて置き場に困ってるものや、見るからに役に立たなそうな物でも出来る限り買い取らせていただきます。何かそういった物はありませんか?」

「おおっ! そういう事なら丁度良い。早速持ってくるが少々量があっての、しばし待っておれよ」


 そのまま奥へ引っ込もうとするバムズさん。時間が掛かるなら一つ聞いておくか。


「あっ!? 待ってる間に店内の品を見て回っても良いですか?」

「良いも悪いもそこに出ているのは全て商品じゃからのう。断りなぞ要らんから勝手に見るがよい。壊さなければそこで試し切りなんかも出来るからの」


 バムズさんが指さした店の隅には、確かに試し切り用と思われる傷だらけの丸太が置かれていた。やはり皆そういったことをするのだろう。


「ありがとうございます!」


 そうして奥に戻っていったバムズさんを待っている間、折角なので各自で店内の商品を見て回ることにした。実際の武器なんて触れる機会はあんまりないものな。中々に面白そうだ。





 それからしばらくして、


「エプリ。そっちは見終わったか?」

「……大体はね。結構良い品が揃っていたから個人的に二、三買って行こうと思って」


 ざっと店内を見て回った俺は、ある商品棚の前でじっと悩んでいるエプリに声をかけた。


 見ればいくつかの品を自身の脇に置いている。武器は無かったが、何かの革で出来た手袋や胸当てなど比較的簡単に身に着けるものが多い。


「……以前のクラウンとの戦いの時、装備のいくつかが傷ついたから予備を少しね。……トキヒサは何か有った?」

「あ~……それな。一応俺も男だし、格好いい武器とかに憧れたりもするわけだよ。これも一種のロマンだと思うしな。だけど……だけどだ。考えてみたら俺武器を振るうのって無理だわ」


 俺に剣の心得とかは無い。学校の授業で剣道をかじったぐらいだが、そんな数時間ぐらいのものがこっちの実戦で使えるかと言うとまず無理だ。そういう技術がない以上、これまで通りシンプルに貯金箱でぶん殴っている方が多分良い。


 それに俺の金魔法は基本投擲技。わざわざ剣の間合いまで近づくよりも遠くから金を投げていた方が早い。そもそもそんな戦うようなはめに陥りたくはないけどな。


「…………確かにね。傭兵として雇い主に戦わせることはあまりない。最低限の自衛さえ出来ればそれ以上のものは必要無いか」

「と言っても俺の場合その最低限も出来るかどうか怪しいけどな。……それに」


 俺はそこで言葉を切り、壁に飾られた一本の槍の横にある値札を見る。紙自体は珍しくないし、書かれている文字も勉強したので何となくは分かる。分かるのだが、


「それにこうお高いんじゃ買う気が無くなるよ。この槍なんか一つ五十万デンだってさ」


 この世界において良い装備というのは値が張る。いやまあ良い物を作るのに金がかかるというのは分かるつもりだ。素材に設備に人件費にだって金がかかる。そこで金をケチっては良い品は出来ないのだろうし、費用の分だけ値段を上げないと商売として成り立たないというのも仕方のないことだ。

 

 戦いの中でほんの少しの装備の良しあしが明暗を分けるというのも良くある話。ちゃんと需要があるからこの額に設定しているのだろう。それに関しては認める。


 しかしだ。今でこそ多少小金持ちになった身だが、それでもこんなのをホイホイ買ってたらすぐになくなるっつ~のっ! 


「他のも十万デンとか二十万デンとか平気で出てくるし、ここらの武器の相場ってこんなにするのか?」

「…………そうね。あくまで私の経験上で言えば、平均的な武器の相場から大分高いわ。だけどその分質の良いのが揃ってる。……特に壁の武器はほとんどが一級品ね」


 エプリがそこまで言うってことは相当良い物らしい。確かに見た目も中々に強そうだしなこの槍……ってあれっ!? そこにあった槍はどこ行った?


「へぇ~! これ五十万デンもするっすか? スゴイっすね!」

「げっ!? 大葉何やってんのっ!? 早く戻せ戻せ!」


 なんと大葉がその五十万デンの槍を壁から外して持っている。おまけにポンポンと軽く放ってはキャッチしているので心臓に悪い。その後も恐ろしいことに、大葉は他にも飾られている品を一つずつ手にとってはしげしげと眺め、時には実際に構えたりもしている。一度なんかそのまま試し切りコーナーに持っていこうとしたくらいだ。


「だってこういうのは使ってみないと分からないっすよセンパイ。さっきのドワーフさんだって壊さなければ試し切りOKって言ってたじゃないっすか!」

「いやそうだけどもっ……お前明らかに構え慣れてないじゃんっ! そんなのにお高い装備は持たせられませんってのっ!」


 一足先に見終わっていたセプトに「トキヒサを、あんまり困らせちゃダメ」と叱られ、しょんぼりとしながら最後に手に取っていたやたら強そうな剣を渡してくる大葉。


 しっかしなんだろうな。こういう強そうな剣って持っているだけで自分が強くなったような気がしてくるよな。試しにちょっとだけ構えてみようかな。


「あっ!? センパイあたしには持たせられないなんて言っておいて自分だけっ! ズルいっすよ!」

「そう言うなって! 大葉だって構えてたじゃないか。俺も一回だけ」


 以前授業でやったように、竹刀を持つような感じで剣を握って構える。……おおっ! 意外に様になっているんじゃないだろうか? なんか歴戦の戦士になったような気分が…………。


 そこで俺は、大葉以外に俺を見つめる二つの視線に気がついた。一つは無表情ながらもどこか目をキラキラさせている風に見えなくもないセプト。そして、


「………………はぁ」


 軽くため息をつき、フードの隙間からどこか呆れたような嘆いているような何とも言えない表情でこちらを静かに見つめる傭兵さんである。


「…………センパイ。戻した方が良さそうっすね」

「…………そうだな」


 大葉に促され、俺はちょっぴり恥ずかしい気持ちで優しく剣を飾ってあった場所に戻す。……値札に八十万デンって書いてあるのは見なかったことにしよう。

 

 結局大きな袋を持ってバムズさんが戻ってきたのは、それからもう少ししてからのことだった。

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