第六章 積もった金の使い時はいつか

第156話 身分証明は異世界でも大事


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「センパ~イ。あたし……あたしもう我慢できないんすよ」

「ま、待てって大葉」


 大葉がじりじりとこちらににじり寄ってくる。はぁはぁと息は荒く、その姿はまるでケダモノの如し。


「実を言うと、今日最初に会った時からもう……わりと限界って言うか、もう辛抱たまらんって言うか、だから……だから、センパ~イ」


 そして大葉は俺に向かって飛びかかり…………そのままズザザッと音を立てながらスライディング土下座を決めつつ伏し拝むように両手を合わせる。


「そこの屋台のプリップリのお肉ちゃんを奢ってくださいっす~っ! この通りっすよ~っ」

「…………いや、もっと普通に頼めよ。そんなことしなくても奢るって」

「ホントっすか! ありがとうっすセンパイ! ゴチになるっす! 今日はこの時に備えて朝食抜いてきたんでもう腹ペコで……待っててねお肉ちゃん。今行くっすよ~!」


 そう言って屋台に突撃していく大葉。わざわざ朝食抜いて気合入れてこなくても。エプリはその様子を一歩引いた様子で見守り、セプトは相変わらず無表情だ。始まりからこれだとこれから先どうなっちゃうんだろうか。少し不安だ。





 異世界生活二十三日目。


 昨日の約束通り、昼頃俺達は大葉を誘って市場へ資源回収食べ歩きに出発した。と言っても、たった今大葉が突撃した串焼きの屋台は以前も行ったところなのでもう回収するものはなさそうだが。


「むっふ~! この串焼きメッチャ美味しいっす!! 噛む度にじゅわっと肉汁があふれ出て、あたしがこれまで食べた中でも相当美味しいっすよこれ!」

「……美味しいという所は同感ね。……店主、もう十本追加で」

「あいよっ! 相変わらず良く食うな。良い食いっぷりだ」


 大葉は目を輝かせながら舌鼓を打っている。いつの間にか自然にエプリまで混ざっているのは見なかったことにしたい。おのれあいつら人の金だと思ってバクバク食いまくってからに。


「……はぁ。まったくあいつらは。こうなったら俺達も食うぞ。……セプトもボジョも遠慮しないで良いからな。どうせエプリはその分も買ってるだろうから」

「うん。食べる」


 セプトはそう言ってこくりと頷き、ボジョも俺の服から触手をにょろりと出して反応する。それじゃあ行くとするか。


「おっ!? 坊主じゃないか! 何やらまた女の子が増えているようで、坊主も隅に置けねえな」

「茶化すなよおっちゃん。俺にも串焼き三つね」


 俺達が近づくと、串焼き屋のおっちゃんが軽く手を振ってくる。俺も串焼きを注文し、エプリは頼んでおいた分をセプトとボジョに二本ずつ手渡す。残りは自分の物とばかりに指に挟んでいるが、俺の分も取っておいてくれても良いのに。


「おっちゃん。今回は食べ歩きがてら話を聞きに来たんだ。前に教えてもらった要らない物で困っている人は大体あたったからね、こっちで歩いて探してはいるけど確実じゃないし、他にそういう人はいないかな?」

「う~む。他かぁ。坊主達は結構な上客だし力になってやりたいが、誰か…………あっ! そう言えば居たな。丁度良い奴が」


 おっちゃんは少し肉を焼きながら考えていたが、誰か思い当たる人が居たようでその人の店を教えてくれる。その場所を簡単にメモし、串焼きを食い終わると俺達は早速その店に向かうことにした。と言っても食べ歩きも目的なので、時折途中の店に寄ったりしながらののんびりしたものだが。


 う~ん。やはりある程度金に余裕が有るとついつい財布のひもが緩む。心に余裕を持つのは良いけどうっかり散財しすぎないようにしなくては。


「ふぃ~。久しぶりに腹いっぱい食ったっす! やっぱり美味しいものをたらふく食うっていうのは幸せになるっすよね!」

「そうだよな…………特にタダ飯だと尚良いだろうなぁ。人の金だと思ってよくもまあ食ったもんだ」

「ゴチになりました♪ こういう時は後輩に器の大きい所を見せるもんっすよセンパイ! それに……エプリさんに比べれば控えめな後輩っすよ。なんすかあの食べっぷり? フードファイター?」

「俺もよく分からない。胃袋どうなっているんだろうな?」


 腹ごなしも兼ねてぶらりと歩きながら、俺と大葉はチラッとエプリの方を見る。……こちらが見ていることに気づいても何も言わない。傭兵として雇う時に基本食費はこっち持ちにしちゃったからな。その内食費だけでえらいことになりそうだ。


ご主人様トキヒサ。私、やっぱり我慢しようか?」

「あっ!? セプトは大丈夫だからな。むしろ育ち盛りだから遠慮せずに食べろよ。……だけど大葉。久しぶりに腹いっぱい食ったって言ったけど、金とかは無かったのか? 『どこでもショッピング』があるんだからそのまんま食べ物を出しても良いし、何か売りに出して金に換えても良かっただろ? 日本の品を取り寄せて異世界で売るなんて結構王道パターンだと思うけど」

「あ~……あたしも初めはそう考えたっす。だけど前のスマホのこともあったし、ここらへんじゃ売る伝手が無いんすよね。……そもそも真っ当な店じゃあたし買い物出来ないんすよ」

「買い物出来ない? それはまたどうして」

「…………証明書」


 妙な話に悩んでいると、エプリが横からぼそりと話す。証明書? ノービスに入った時に作ったな。毎回店で買い物する時は見せてるけど……あっ!?


「センパイも分かったみたいっすね。あたしは急にこの町に来たから持ってないっすよ。それがないと表通りの店では買い物出来ないし、発行しようにも元手が無いし、下手したら不法入国でお縄っすからね。なくても大丈夫な店は何かしらワケアリの店が多くて危ない……ってな訳っすよ。だからこれまでは食事の大半を『どこでもショッピング』でチビチビ食い繋いでたっす」


 予想以上に深刻な問題だったあぁっ!? あっけらかんと言ってるけど買い物出来ないって相当マズいからな。今の内に聞けて良かった。


「……そっか。じゃあ仕事が終わったら一緒に発行してもらいに行こう。ここまできたらもうそれも奢りで良いよ」

「ホントっすか! いやもう神様仏様センパイ様って奴っすよ! ありがたやありがたやっす♪」


 だから拝まなくて良いっての。調子が良いんだからまったく。


「……能力的には有用だけど性格的にやや難があるかもね」

「ツグミ。変な子なの?」

「そんなっ!? お二人共ヒドイ。変じゃないっすよ~っ!」


 何だかんだエプリやセプトととも打ち解けているようで何よりだ。俺達はそんな風に親睦を深め合いながら歩いていく。





「ところでセンパイ。この町から遠出する面子で食べ歩きって話でしたけど、昨日家に来た人ばっかりっすよね? 他にはいないんすか?」

「うんっ!? それがもう二人来るはずだったんだけど用事が入っちゃったんだ。一人は後から遅れてくるって言ってたからそのうち追いつくんじゃないかな?」


 アシュさんはドレファス都市長と用事があって留守番。ジューネは来るはずだったのだが、今日の昼前急に商人ギルドのネッツさんから呼び出しを受けたのだ。急ぎということで雲羊に乗って行ったため、こっちは歩きということになった。まあ食べ歩きなのでどのみち雲羊は乗らなかったとは思うけど。


「ジューネは儲け話に敏感だから、大葉の加護を知ったら絶対食いついてくるはずだ。顔も広いし商人としての腕は確かだから仲良くしておいて損はないと思うぞ」

「商人っすか……この町で最初に会った商人が奴隷商だったからイマイチ良いイメージが無いんすよね。でもまあこれから一緒に行くことになるわけだし、まずは話してみるっすよ」

「それは最初が悪すぎな気もするけど……まあジューネなら大丈夫だ。後でじっくり話してみてくれ。……おっ!? あれじゃないか?」


 話している内に、どうやら目的地らしい店に辿り着く。メモと周りの立地を確かめ……うん。間違いなさそうだ。


「しっかし異世界に来て三週間になるけど初めて来たな。だけど考えてみたらそりゃああるよ。必要になるもの」

「そうっすね。モンスターが普通にいる世界っすから。ファンタジーの世界だからこそ大真面目にあるっすよね」

「……私にとっては仕事柄見慣れたものだけどね」

「私は、あんまり行かない」


 四者四様の言葉を並べつつも、俺達はその店を眺めていた。そう。中世風ファンタジーでは大抵の冒険者がお世話になる店。


 THE・武器屋である。

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