閑話 ある『勇者』の王都暮らし その八
そこからしばらくのことはあまり覚えていない。明が他にも調べてきたことを話してくれたみたいだけど、どこか聞き流してしまったように思う。後から考えると失礼な話だけど、それだけの衝撃だったのだ。
黒山さんが何度も“天命の石”について明に聞き直してから肩を落とすのに対し、高城さんがそんなに動揺していなかったのはどこか印象に残った。だけど、どちらにしても結果は変わらない。無事に元の世界に戻ることが出来るのは、たった一人だけという事実は。
明が一通り話し終えると、部屋に重苦しい雰囲気が漂う。高村さんはやるせなさをこらえるかのように拳を握りしめ、高城さんは何か考え込むように顔を伏せている。明も自身で言ったことを噛みしめるように難しい顔をしている。だけど、
「あ~らら。なんだか大分困ったことになっちゃったみたいねん」
「こんな、こんな時になんで落ち着いていられんですかイザスタ姉さんっ!」
そんな重苦しい雰囲気の中、最初にそれを打ち破ったのはイザスタさんだった。こんな時であってもどこか飄々とした様子に変わりはなく、それが気に障ったのだろう。黒山さんが勢いよく椅子から立ち上がって詰め寄った。
「とは言ってもねぇ。アタシのやることは特に変わらないし、テツヤちゃん達もそうでしょう? ……アキラちゃん。この城の人達が“天命の石”について手を講じていたのは事実なのよねん?」
「はい。隠してはいましたけど調査内容自体はしっかりしたものでした。国家間長距離用ゲートが壊れた中で、これだけ調べるのはとても大変だっただろうと思えるほどに。ボク達に情報を伏せていたのは、石が一つしかないのが分かったら混乱を生むと考えてのことでしょう。……それでも伝えては欲しかったですが」
「じゃあ城側に落ち度があるってこともないし、特に悪い人がいるってことでもないわね。それに……まだ肝心の石を手に入れていない訳じゃない? それなのにここでわちゃわちゃしてもあんまり意味が無いわよねって話よん」
イザスタさんはあくまでも気楽に、それでいて他の人を落ち着かせようと語る。それを聞いて黒山さんも落ち着いたのか、静かにまた席に着いた。
「落ち着いた? テツヤちゃん」
「…………ああ。ひとまずはな」
「それは良かったわ! じゃあ次はこれからのことについて考えましょうか! ……と思ったけど、今はちょっと休んだ方が良さそうねん」
その言葉と共に、イザスタさんが私の方をチラリと見る。よく見れば明もこちらを気遣うような視線を向けていた。……そんなにひどい顔をしているのだろうか? 自分では分からないけれど。
「……そうだな。色々と聞かされて、それぞれじっくり考える時間も必要だ。ここでひとまずお開きにするか」
私もそうだけど、やはり聞かされた内容は簡単には消化できなかったのだろう。そこまであまり喋らなかった高城さんがそう言って席を立ったのを始めとして、それぞれどこか深刻な表情で部屋を退出していく。イザスタさんだけはいつもと変わらなかったけど。
「優衣さん。また明日ね」
「うん。また明日」
最後に残った明がそう言い残して部屋を出ると、私はよろよろとした足取りで部屋のベッドに倒れ込んだ。
…………疲れた。もうこのまま眠ってしまいたい。何もかも忘れてこのベッドのぬくもりに溶けてしまいたい。そのままの体勢で少しジッとする。
元の世界に戻れるのは一人だけ。当然私は戻りたい。だけどそのせいで他の人が帰れなくなるのは嫌だ。黒山さんも高城さんも戻りたいに決まってる。そうは言ってないけどきっと明だって……。
「私は……私は、どうしたら……」
「何がどうしたらなの? ユイお姉ちゃん」
突如横から聞こえてきた言葉に振り返ると、そこにはマリーちゃんが心配そうにしゃがみこんでこちらを見つめていた。慌てて身を起こしてベッドに座り直す。
「ごめんなさい。ノックしたんだけど返事が無くて。メイドの先輩達は止めたんだけど気になって入っちゃった。お姉ちゃんがベッドに突っ伏したまま動かないから」
「……うん。大丈夫だよマリーちゃん。……他のメイドさん達は部屋の外?」
「そうだよ! メイドは主人が入ってほしくない時は事前に察して外で待つものなんだって。でもマリーは、こういう時は誰かとお話した方が良いって思ったの。……ダメだった?」
「…………いえ。良いの。……ありがとうね」
正直今は疲れて誰とも話す気分じゃない。だけどマリーちゃんの言う通り、誰かと話すのは必要かもしれない。一人で考え続けてもロクなことにならなそうだし。
だけどあんまりたくさんの人と話すのは流石にしんどいし、外で待機しているらしいメイドさん達には悪いのだけどもう少し待ってもらうことにした。
「それでユイお姉ちゃん。どうしてそんな風にうつ伏せになってたの? お休みするならちゃんと毛布を被って寝た方が良いよ。マリーもよくお母さんに言われるんだ」
「う~ん。ちょっと疲れちゃってね。なんだかもうなんにもしたくないな~って思って」
「そんなに疲れちゃったの? 今日の訓練大変だった? 他の『勇者』様とケンカでもしたの?」
「……そうだね。訓練も大変だったし、それに喧嘩ってほどじゃないけど色々あったから。……ねえマリーちゃん。マリーちゃんはお友達っているの?」
「いるよ! えっとね……トム君でしょ、バンク君に……あとミミちゃんも。それから」
友達を両手で指折り数えるマリーちゃん。結構たくさんいるみたいだ。……私はこんな性格だからほとんどいないので少し羨ましい。
「そっか。……もしも、もしもだよ。ここにマリーちゃんの欲しいものが有るとします。だけどそれはマリーちゃんのお友達も欲しがっているもので、ここにはたった一つしかないの。そんな時、マリーちゃんはどうする?」
「欲しい物? お菓子かな? それとも出来たてアツアツのパン?」
「それは分からないけど、マリーちゃんがとっても欲しいものよ」
私は何をやっているんだろう。まだ十歳にも満たない子にこんなことを聞くなんて。この答え次第で自分のこれからを決める気だろうか? 情けない話だ。
「う~んと。よく分かんないな。どのくらい欲しいものかも分かんないし、お友達がどのくらい欲しがっているのかも分からないもん。だけど……もし本当にマリーより欲しがっている人が居るのなら、譲っちゃうかもしれない」
「……そっか」
やはり私も譲るべきなんだろう。自分より一回りも小さな子がそう言えるんだ。私がそう出来ない訳はないのだもの。明日また皆に会ったらハッキリ言わなきゃ。そうして心が決まりお礼を言おうとした時、マリーちゃんがちょっと考えてさらに続けた。
「…………でもね。やっぱりまずマリーはそれをこんなに欲しいんだって言ってから決めると思う。それにお友達がどのくらい欲しいのか聞いてからかな。だって、言葉にしないと伝わらないこともあるんだもん」
その言葉に私はハッとした。だって私はさっき何一つ自分の気持ちを言葉にしていないし、他の人がどう考えているかを聞こうともしなかった。ただ目の前の事実にショックを受けて、勝手に落ち込んで、周りの人に気遣ってもらっただけ。
「……マリーちゃん」
「何? ユイお姉ちゃ……わふっ!?」
私はマリーちゃんをギュッと抱きしめる。……このところ感情表現がイザスタさんの影響を受けてオーバーになってきた気がするなぁ。元の世界に居た頃だったらこういうことはあんまりしないと思うし。
「ありがとうね。……ちょっと元気になった」
「良かったぁ。お姉ちゃんが元気になって。ケンカしたなら早く仲直りした方が良いよ」
「だから喧嘩じゃないよ。……でも、マリーちゃんの言う通りだよね。明日また話してみるから」
私のその言葉を聞いて、マリーちゃんは花が咲いたような笑顔を見せた。
本当に私は周りの人に助けられてばっかりだ。だからこそ、ちゃんと話さなくちゃいけない。自分の気持ちを。そして聞かなくちゃいけない。皆の気持ちを。
もちろん話をした上で私より帰りたい人が居るかもしれない。正しい理由があるのかもしれない。それでも、聞かなければ分からないし、言わなければ始まらないのだから。
「お、お姉ちゃん。元気になって良かったけど……ちょ、ちょっと苦しい」
「あっ!? ごめんマリーちゃん。大丈夫?」
いけないっ!? マリーちゃんをギュッとしたままだった。花がさっそく散りそうにっ!? 私は慌てて腕を緩めた。
……もう少しの間だけ、緩めるだけで許して欲しいかな。
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