第149話 身の上話の語り合い

「じゃ、じゃあ頂くな。……美味い」

「おいしい」

「………………美味しいわね。お代わり貰える?」


 コップを受け取って一口飲んでみると、間違いなく普通のリンゴジュースだ。セプトは気に入ったようでゴクゴク飲んでいる。エプリは……最初の一口は用心して僅かに口に含む程度だったが、害がないと分かると一気に飲み干したな。


 あとボジョはというと触手から少しずつ吸い取っているのだが、その部分がリンゴジュースの色に染まっているのがちょっと面白い。


「いやあこうして喜んでもらえると出した甲斐があるっすね! …………ただ、お代わりはそんなに出せないんすよ。すいませんっす」


 大葉がそう申し訳なさそうに言う。何かしらあるみたいだな。能力的に制限か何か。……まあそれはおいおい聞いていくとするか。


「では改めて、あたしのこれまでの出来事をお話しするっす。ちょっと長い話だけど……退屈はさせないっすよ」


 大葉は一度姿勢を正して座り直すと、少しずつ自分にあったことを語りだした。





 三十分後。


「…………と、だいたいこんな所っすかね。そして今日センパイ達に出会ったという訳っす。……どうしたんすかセンパイ? そんな呆けた顔して」

「いやまあ何と言うか……凄まじいの一言だな。まさしく最初から最後までクライマックスだった」


 大葉が言うには、この世界には日課の早朝ランニングをしている時に来てしまったらしい。だから上下ジャージ姿だったわけだ。走っている最中にふと一瞬意識が遠のき、気がついたらここに居たという。


「来たばっかの時はホントにヤバかったっすね。持ち物と言ったらポケットに突っ込んでいた財布とスマホくらい。それ以外な~んも無かったっすから」


 この世界に来たばかりの時、右も左も分からない大葉だったが、何故かいつの間にか持っていたタブレットに様々なことが記されていたという。それを読みながら迫りくる困難をかいくぐっていく大葉。


 どうにか自分の家らしきものを知り合った人達の協力によって組み上げ、そこに住み着いたは良いものの、時には路地裏にたむろする者達の争いに巻き込まれ、またある時は悪徳奴隷商人に売り飛ばされそうになった。


 戦ったり、逃げたり、だけど時には友好的な話し合いが出来たこともあったという。


 そんな平凡とは言い難い内容の日常だったが、大葉はあくまで笑い話として語って見せた。それが純粋に笑い話と本人がとらえているのか、それともこちらに気を遣ってそう語ったのかは分からない。


「それにしてもあれっすね。なんでかこっちに来てから身体が軽いんすよね。タブレットには身体強化云々とも書いてあったっすけど、センパイの方もそんな感じっすか?」

「ああ。やはり担当の神様が言っていたように、身体強化とかはゲームの参加者全員共通みたいだな」

「……えっ!? …………な、なるほど。そうみたいっすね」


 一瞬大葉の様子がおかしくなった。……何か気になることでもあっただろうか?


「しかし二週間前か。……となると俺の少し後だから、大葉は八番になるわけかね?」

「……ほえっ!? 何のことっすか?」

「いや、だから番号だよ。俺はほら! 手首に七ってある」


 右手首に付いたローマ数字のⅦのような痣を見せると、大葉は不思議そうな顔をした。


「妙っすね。あたしも確かに変な痣が出来ましたけど、こっちはローマ数字じゃ無かったっすよ」


 大葉も自らの右手首を見せるが、そこにあったのはローマ数字ではなくなにやらギザギザした丸っぽい黒い痣。もしや漢字とかアルファベットかとも思ったが、どうにもそんな感じでもない。


「……どういうことだろう? 俺は確かに担当のアンリエッタから、ゲームの参加者は皆身体の何処かにローマ数字で番号があると聞いていたが」

「そう! 問題はそこっすよ。あたしがここに来た時有ったのはタブレットだけで、


 大葉のその言葉にますます話が分からなくなる。担当がいない? つまり大葉はゲームとは無関係ということか?


 しかしそれにしては身体にしっかりと参加者の証の痣がついている。でも痣はローマ数字じゃなくて妙な黒いギザギザの丸。……どういう事だ?


「…………ねえ。一つ良い? 何やら予想外のことが起きているようだけど、それならその自称神に聞けば良いんじゃないの? ……連絡できるんでしょう?」


 悩んでいる俺に対し、エプリが横から助け船を出す。そうだった。いつも寝る前に呼び出しているけど、いざとなったらいつでも呼び出せるんだった。ゲームそのものの問題なんだから、アンリエッタだって無視は出来ないはずだ。


「その手があったな。ありがとうエプリ。……大葉。今からこっちの担当に話を聞いてみようと思うんだけど」

「えっ!? 神様とそんな簡単に話が出来るんすか? 神様というとお告げを聞こうとするだけで苦労するイメージがあるっすけど」

「通信機が有るからな。連絡自体は簡単だし、むしろ毎日今日の出来事を報告しろって言うくらいだよ。……じゃあ呼び出すぞ。悪いけど大葉も居てくれるか? こういうのは直接見てもらった方が良いから」

「勿論良いっすよ! あたしも神様っていうのは興味があるし、もしあたしをこっちに送った奴ならいっちょ文句を言ってやるっす!」


 エプリは何も言わず、セプトは何が何やら良く分かっていないようだ。それでも二人共動く気はなさそうなので、このままアンリエッタを呼び出すことにする。俺は通信機をちゃぶ台の中央に置いて、全員に見えるようにした。


 さて、どうなることやら。俺はさっそく通信機で呼び出しを始めた。





『………………どうなっているの?』

「こっちが聞きたいよそんなこと」


 呼び出すなりアンリエッタは難しい顔をして宙を睨んでいる。どうやら向こうとしても完全に想定外だったみたいだ。


『そうね。そこの……アナタ名前何だったかしら?』

「大葉っす! 大葉鶫。気軽につぐみんと呼んでくださいっす! それにしても本当にあんた神様っすか? な~んかあたしの思い浮かべる神様像と全然違うっていうか。あっ!? 貶してるんじゃないっすよ! 予想より数段プリティーでキュートって奴っす! 抱きしめたいっす」

『ツグミね。ではツグミ。神の姿を人が勝手に想像するのは罪ではないわ。それに女神であるワタシが綺麗で可愛らしいのは当然のことね。もっと讃えなさい。あと抱きしめるのは不敬だからやめるように。…………それはそれとして、手首の痣を見せなさい』


 こうっすか? と大葉は痣を通信機の近くに出してみせる。アンリエッタはそのまま痣をじっと見つめるが、しばらくするとまた難しい顔をしてもう良いわと呟く。


「どうだ? 何か分かったか?」

『……やはり参加者の証の痣とは少し違うようね。だけどどこか似ていると言うか……トキヒサ。その痣の情報を送りなさい。査定の要領で出来るはずだから』

「査定の要領か。分かった。……大葉。ちょっとごめん」

「えっ!? なんすかそれ!? あたしのタブレットと同じようなもんすか?」


 俺は貯金箱を取り出し、大葉の痣に向けて査定の光を当てる。大葉は突如出てきた貯金箱に驚いていたが、特に痛みもないのでそのまま光を受けてくれる。そう言えば向こうのタブレットも色々と不思議だ。あとで調べてみるか。


 三十秒ほど経ち、もう良いわよとのアンリエッタの言葉を聞いて俺は貯金箱を下ろす。大葉もずっと緊張して動かないでいたから、光が消えた瞬間一気に力が抜ける。


『今日はここまでにしましょう。このことはひとまずこちらで調べてみる。少し時間がかかるかもしれないから、次の連絡は明日の夜中辺りにしましょうか』

「ああ。よろしく頼むよアンリエッタ。今回のことはそっちとしても色々問題だろ? なるべく早めに調べてくれ。こっちも大葉にちょこちょこ聞いておく。それと…………


 その言葉に、一瞬大葉の表情が険しくなったように見えた。彼女の言葉が確かなら、本当に訳も分からずここに跳ばされたという事だ。そんな理不尽を課した相手に対して思うところは当然あるのだろう。


『ワタシじゃないわよ。そもそも手駒が増えるならアナタに言わない訳がないじゃない。隠すよりも協力させた方が勝率が上がるもの。……じゃあ、また明日ね。ワタシの手駒』


 その言葉を最後に、アンリエッタとの通信が終了する。通信時間だけならあともう少しあったが、今は話よりも解析の方を優先したのだろう。


「……ふう。なんか妙なことになってきたな」

「まったくっす。……と言ってもあたしとしては、この世界に来た時点で訳が分からないっすけどね」


 先ほど一瞬見せた険しさはきれいさっぱり消え、大葉はいつものように笑ってそう答える。やっぱり笑っている方が良いな。


「まあな。正直大葉は俺より脈絡もなく異世界に来ているもんな。まだこっちの方が切っ掛けらしき物があった」

「あっ!? そう言えばまだあたしの話ばっかりで、センパイの話を聞いていなかったっすね。あたしよりも前かららしいし、ぜひぜひ聞いてみたいっす!」


 そう言うと、大葉は目をキラキラさせてこちらを見る。……自分の苦労話を聞かせたんだから、そっちもそれぐらい話せよということなのかな?


「日にちは少し長いけど、そこまで凄いものじゃなかったと思うぞ。……まあそこに居るエプリやセプトに全殺し一歩手前くらいにはボコボコにされた記憶はあるけど」

「全殺し一歩手前って大げさな。痴話げんかか何かっすか?」


 あははって笑っているけど、あの顔は信じてないな。本当なんだぞ。


「……そんなこともあったわね。あの時は“竜巻”で頭から床に叩きつけたというのに死ななかったのは驚いたわ」

「私も、最初に会った時は、ごめんなさい。影で、串刺しにしようとして」

「えっ!? …………お二人共ホントっすか!?」


 二人の言葉を聞いて、流石に大葉もちょっと笑顔がひきつる。確かにあれは少し頑丈になっていた俺じゃなかったらマジで死んでいたかもしれんからな。知らない人が聞いたらビビること請け合いだ。


「それじゃあ今度はこっちの話をするとしようか。と言っても最初からクライマックスなんて凄いもんじゃないけどな。出た場所がお城の中でいきなり牢獄にぶち込まれたくらいだ」

「それだけ聞くと十分最初から凄いっすけどねっ!?」


 そうして今度は、俺が大葉にこれまであったことを語ることになった。と言っても、考えてみたらまだこっちに来て二十二日しか経っていないんだよな。そこまで話すこともないし、こっちも三十分くらいで終わるかね。

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