第142話 エプリの過去と俺の家族
「ふぅ。なんだか話したら少し気が落ち着いた気がするよ。ありがとなエプリ」
「…………別に。アナタが勝手に喋って、勝手に落ち着いたってだけの話よ。礼を言われるほどのことでもないわ」
「勝手に……か。悩みを言わされたって感じだったけどな。それでも話せたから気持ちが軽くなったっていうのは確かだ。だからやっぱりありがとうな」
そう言うと、エプリはフードを深く被り直してふいっと顔を背けた。おっ! これは照れてるな。さて、まだ定期報告まで時間があるけどどうしたものか。
「…………ねぇ。少し、聞いても良い?」
「別に良いけど……珍しいな。エプリの方から質問してくるなんて」
折角だしまた何か話でもしようかと思っていた所に、エプリがポツリと口を開いた。珍しいこともあるもんだ。これ幸いと話題に乗っかることにする。
「…………アナタの家族って、どんなヒトなの?」
「家族? そうだなぁ。まず父さんは
帰ってくると必ず土産とか持ってきてくれるし、俺が宝探しが趣味になった一因は多分父さんにあると思う。若い頃もよく世界中を旅行していたって言ってたし。そういう意味では俺のあこがれだ。
「次に母さんは
今年で四十になるって言うのにまだまだ三十前くらいで通るほどに若々しいし、実力も有ったから結構人気選手だったらしい。そんな母さんが結婚のため引退ってなった時は、ちょっとした騒ぎになったという。
実際に試合をしている映像を昔見せてもらったが、父さんが単身赴任に行く前はよく夫婦喧嘩の度に技を掛けられていたのであまり感慨は湧かなかった。
大抵父さんがギブして終わってたけどな。それで少ししたら仲直りまでがセットだ。
「両親についてはこんな所かな。あとは妹の陽菜だけど、陽菜については前調査隊で厄介になっていた時に言ったよな? それと俺で計四人家族だ。だいたいこんな所かな」
「…………そう。仲、良かったようね」
「まあ悪くはなかったと思うな。喧嘩ぐらいはよくしたけど、それくらいは普通だと思うしな」
一瞬だけど、またエプリの声の調子が変わった気がした。
今回エプリの方から話を振ってきたことと言い、家族に対して何か思うところがあるんだろうな。そこの所はエプリが混血って言ってたことからもなんとなく想像はつく。
エプリはまた「…………そう」とだけ呟き、フード越しに自分も空を見上げた。ここは俺もエプリが何か話しだすまで待った方が良さそうだな。俺も一緒に空に目をやる。相変わらず月が三つも並んでいると変な感じだ。
「………………私は物心ついた時、魔国のとあるスラム街に居たわ」
「……えっ!?」
急にエプリが切り出したと思ったら、いきなりヘビーな話で驚いてしまう。
「……魔国はそこそこ治安の良い国だけど、それでもどうしたってはぐれ者や社会の底辺にいる奴の場所が出来る。……私はそんなところで育った。親の顔も知らずにね」
「……エプリ」
「……混血だから邪魔になって捨てられたのかもしれないし、他の理由でそこに居たのかもしれない。でも一つ確かなのは……その場所で数年育ったけど、誰も迎えになんて来なかったってことね」
そう言うエプリの表情はフードで隠されていてよく見えない。ただ、唯一見える口元は僅かに歪み、その口調は自虐的とでも言うべき感じがした。
「……毎日生きることに精一杯で、良く生き延びれたと自分でも不思議に思うわ。いつもお腹を空かせていて、満足に食べられるなんてことは……ほとんどなかった。下手に食べ物を持っていたら、寝ている間に命ごと盗られた奴なんてごまんといたもの。運良く食べ物を手に入れたらさっさと食べて、寝ている時も誰かが近づいてきたらすぐに目が覚めるようにいつも浅い眠り。……そんな生活だった」
想像以上に凄まじいエプリの体験談に、俺は言葉に詰まってしまった。物心ついたってことは当時大体幼少期を過ぎた頃。五、六歳くらいだろうか? その歳でこれはあまりにも……。
これまでエプリが見た目によらずよく食べるのも、ちょっとした物音ですぐに目が覚めるのも、子供の頃の体験が元になっているのかもしれない。
「……幸いと言って良いか分からないけど、私はその頃から風属性の適性が高かった。生き延びられたのはそのためでしょうね。……“
暗い体験を語るエプリの様子は落ち着いていた。……落ち着いているように見えた。
「……奪って、奪われて、生きて、死にかけて、そんな暮らしを数年続けていた頃、オリバーと出会ったのはそんな時だったわね」
「オリバーと言うと、鍛錬の時に言ってた老人だったかな?」
「えぇ。そう。……何の用があってあんなところに居たのかは結局言わなかったけど。……私は最初、いつものように風属性で動きを止めている間に金目の物か食べ物を奪おうとした。その結果……返り討ちに遭って逃げ出したの」
「今じゃあんまり想像できないけどな。エプリが負けるところは」
もちろん当時から今のように強かったとは言わないけど、今のエプリを見ているとあまり負けるイメージが出てこない。絶対とまではいわないけどな。
「……それからというもの、何が面白いのかオリバーはちょくちょく私の前に現れるようになったわ。頼みもしないのに勝手に魔法の講義を始めたり、動きの癖なんかを指摘されたわね。……何度追い払ってもいつの間にかしれっと戻ってくるし」
そこだけ聞くとかなりとんでもないじいちゃんだな。だけど、そのことを語っているエプリからは暗いイメージはあまり感じられなかった。
「遂には私が混血だという事がバレたことがあってね。これでもう来ないだろうと思っていたのだけど、その翌日には何でもなかったかのようにやってきてこう言ったわ。『混血ぐらいならこの歳になるともう飽きるぐらいに見ているよ。それよりも今日は魔法の同時使用について勉強しようか』ってね。……トキヒサに会うまでは、私の出会った中で唯一混血ということで態度を変えないヒトだった。まあアレを世の中の基準にするっていうのは無理だから例外みたいなものだけどね」
「…………色んな意味で凄い人らしいな」
「……まあね。その点は認めるわ。悔しいけど一度も魔法の勝負で勝てたことはないし」
エプリはそう言うと少し悔しそうに口元を引き締める。前々から思ってたけど、クールそうに見えて結構負けず嫌いな面があるな。
「……多分オリバーに会っていなかったら、今の私は無いと思う。スラム街で野垂れ死んでいたか、どこかで身売りでもしていたか。……とても、とても遺憾ではあるけれど、何だかんだ世話になったという意味ではオリバーは家族のようなものなのよね」
「家族……か」
「そう。……だから私は実の家族のことは顔も名前も分からないけれど、アナタの家族に対して寂しいと思う気持ちは少しだけ分かるつもり。大事な繋がりであればあるほど、一緒に居れば居るほど、一度離れた時にその気持ちは強くなるものだと思っているから」
どうやらエプリは俺を慰めようとしてくれているらしい。突然の生い立ちから入って何事かと思ったけどな。そう言ってエプリは長椅子から立ち上がり、僅かに自分からフードをまくり上げてその綺麗な赤い目でこちらを見つめる。
「アナタが課題を無事に終わらせられるよう、私も出来る限り協力するわ。……無事に帰れると良いわね」
「…………ありがとうな」
俺も立ち上がって、再度お礼を言う。こういう礼は何度言っても良いのだ。さて、そろそろ良い時間か。部屋に戻ってアンリエッタに定期報告をするか。俺達は一緒に部屋に戻っていった。
「……自分の分もそうだけど、私に払う分も忘れないでね」
「そこはこれまでの流れでまけてくれると嬉しいんだけどな」
「それはそれ。これはこれよ。……しっかり稼ぐことね」
エプリはフードを被り直すと、口元だけでクスリと笑うのだった。ホントぶれないねうちの護衛は。それじゃあエプリの分も頑張って稼ぐとしますか。セプトの分もボジョの分もあるし、寂しがってる暇なんてないもんな。
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