第五章 塵も積もればなんとやら

第125話 もしもばれていなくても 

「…………はい。もう魔力は抑えて良いわよセプトちゃん」

「うん」


 ここはエリゼ院長の教会。セプトの経過観察のため、前に来た凶魔化対策のされている部屋で再び診察を受けていた。


 またエリゼさんが魔力の流れを見たいとのことで、セプトが闇属性の“影造形シャドウメイク”を使って影絵を披露している。


 内容は次々に違う動物に変化していくというもので、少し前に適当に教えた影絵に着想を得たという。地味に集中力と魔力を消費するので、魔力消費のノルマとして今では毎日の日課だ。


「ど、どうですか? セプトの具合は?」

「大丈夫。経過は順調よ」


 おそるおそるした俺の質問に、エリゼさんは微笑みながら返した。その瞬間部屋の中の雰囲気が明るくなる。


「良かったなぁ。嬢ちゃん」

「はい。良かったですねセプトちゃん」

「うんうん。やっぱり元気が一番だよね」

「健康なのは……良いこと……です」


 俺がホッとしている横で、バルガスや三つ子たちも口々にセプトに語り掛けている。


 バルガスは同じく凶魔化した縁で。三つ子たちは純粋に仲が良くなったらしく、それらの言葉にセプトもどことなく嬉しそうだ。……相変わらず無表情だけど。


 扉に背を預けているエプリも口元がほんの少しだけ上がっている。なんだかんだセプトのことを気にしていたからな。


「この調子ならもう二、三日で外れると思うわ。もうちょっと頑張ってね。…………はい。器具の方も問題ないわ」

「うん。ありがとう」


 器具の点検を終えたエリゼさんの言葉に、セプトはペコリと頭を下げる。……っと。忘れるところだった。魔力が溜まった方の魔石を返しておかないと。俺はエリゼさんに魔石を取り出して差し出す。


 ちなみに回収した魔石は換金して道具の整備費用などに充てるらしい。それにドレファス都市長からも資金を貰っているので医療費などは心配しなくても良いとのこと。ありがたいことだ。


「…………確かに受け取ったわ。だけど予想以上に交換が早かったわね。まさかこんなに早く魔石が限界を迎えることになるなんて」

「はい。なので今回交換の後、念のためにこちらに伺いました」


 交換のペースにはこちらも驚いた。エリゼさんに最初聞いた話では、もう一日二日は交換まで間が有るはずだったのだ。


「器具に異常は見られなかったわ。どうやらセプトちゃん自身の魔力量が私の予想よりも多かったようね。……ごめんなさいね」

「いえ。セプトに大事が無くて良かったです。それに治療の経過は順調なんですよね? じゃあこのやり方は間違っていないってことです。逆にこっちがお礼を言わなきゃですよ。ありがとうございます」


 無理やり埋め込まれた魔石を外して後遺症が出るなんてことになったらマズいけど、この分ならそうはならないはずだ。それだけでもこっちが礼を言うべき立場だろう。


 予想がずれて表情を曇らせるエリゼさんに対し、俺は深々と頭を下げて礼を言う。


「トキヒサくん……ありがとうね。こんなおばあちゃんに気を遣ってくれて。じゃあ気を取り直して、ここしばらくのセプトちゃんの様子を聞いてもいいかしら。セプトちゃん自身にも後で聞くから大まかでいいんだけど……時間は大丈夫?」


 俺は腕時計をチラリと見る。……うん。まだ大分余裕が有るな。


「大丈夫です。じゃあちょっと長くなるかもですけど、お話しますね」


 俺はこれまでにあったことを振り返りながらぽつぽつ話し始めた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 異世界生活十九日目。


 一昨日の朝のように起きたらセプトがくっついていたというハプニングもなく、相変わらず先に起きて着替えを済ませていたエプリに軽くいじられながらも用意を済ませて食堂へ。


 そのままいつもの面子と朝食をご馳走になり、それぞれの部屋に戻るまでが昨日までの流れだ。だが、今日は少し違った。


「ジューネ。ちょっと話があるんだが……良いか?」


 食事を終えて、アシュさんを伴って部屋に戻ろうとするジューネ。そこに俺が声をかけると、ジューネは怪訝そうな顔で振り返る。


「話? 勉強会のことですか? わざわざ念を押さなくても今日の夜も行いますよ。書き取りテストですから気を引き締めてくださいね」

「ああいや。それもだけど、それとは別にいくつか話があるんだ。……約束してた勉強会の対価の件で」

「それは…………儲け話という事ですか?」


 その言葉と共に、ジューネの表情が引き締まった。そして一瞬置いてニヤリと笑みを浮かべる。アシュさんは……こっちは何も言わずに流れを見守るって感じだな。


「そうなるかどうかはまだ何ともって感じだな。だからこそ、こういう事に鼻が利くジューネに相談したいんだ。頼めるか?」

「モチのロンですとも。ではさっそく私の部屋に行きましょうか。さあさあ早く早く。アシュも行きますよっ!」


 そう言うとジューネは一人ウキウキと部屋に向かっていった。アシュさんはそんなジューネを見てやれやれと肩をすくめながらついていく。乗り気になったのは嬉しいんだけど、肝心の俺を置いていかないでほしいんだけどな。


「……トキヒサ。ジューネに相談するのは良いけど、?」


 ゆっくりとジューネの後を追う俺に、いつものようにフードを目深にかぶりながらエプリがそう話しかけてきた。


「問題はそこだな。……一晩考えたんだけど、場合によっては全部ぶっちゃけても良いかもって思ってる」


 今回考えたやり方では『万物換金』の加護をかなり使う事になる。ジューネには前にダンジョンで加護について説明したけど、今回はそれだけじゃないからな。流石に普通の加護じゃないってばれるだろう。


 まあジューネやアシュさんとも知らない仲じゃないし、この際俺が異世界から来たってことをバラしても……ちょっと不安だけどまあ何とかなる……か?


 一応夜中にアンリエッタにも諸々確認をとったけど、あまり大人数にばらさなければ問題ないらしいからな。


「…………そう。分かった」

「ちょっと意外だったな。エプリだったら止めるかと思ったけど」

「……傭兵は基本的に依頼人に従うものだもの。……ただ忠告はさせてもらう。話す相手は選ぶことね」

「分かってる。そうそうむやみやたらに言いふらしたりなんかしないさ。俺が信用できると思った相手にしか言わないって。……まあエプリの場合はこちらが話す前から色々ばれてたけどな」


 そう言うと、エプリは少し皮肉気に口元を歪める。


「……そう。なら、ばれていなかったら私に話すようなことはなかったかしら?」

「…………どうだろな? 結局たらればになるけど、多分言ってたんじゃないかな」


 もしもの話なんで想像することしか出来ないが、おそらくエプリがこっちのことを知っていなかったとしても話すことになっていた可能性は高いと思う。


「……理由は?」

「少なくともそれくらいには信用してるってことさ。信用できない相手だったらあの時契約続行しようなんて言わないって」

「…………なるほど。では、その信用の分くらいは働くとしましょうか」


 どうやらこの答えはお気に召したらしい。フードの下に僅かに見えたその表情は、どこか機嫌の良さそうなものだった。


「トキヒサ。早く行こう」


 軽く俺の服を引っ張りながらセプトが急かす。セプトは前とは違って今はフードはしていない。エプリと違ってパッと見はヒト種とそう変わらないから隠す必要があまりないのだ。違う所と言ったら背中の翼くらいだしな。


 セプトにも……言っても良いかな。奴隷だからって訳じゃないが、何故か分からないけど俺を慕ってくれているのはどうやら間違いないみたいだしな。話した結果態度が変わったりしたらそれはそれで仕方ないけど。


「ああ。そうだな。急がないとジューネが機嫌を悪くしそうだ」


 俺は軽くポンっとセプトの肩を叩くと、そのまま皆でジューネの部屋に向かった。





「遅いですよ! トキヒサさんから提案してきたのに遅れないでくださいよ」

「俺が遅れたというかジューネがさっさと先に行ったからだよ。道すがらちょっと話しても良かったのに」

「甘いですねぇ。こういうのは誰に聞かれてるか分かりませんからね。なるべく安全な場所でやるものですよ」


 いや、一応ここドレファス都市長の屋敷だからね。聞かれてるったってこの家の人達だろうし、そこまで気にすることもないと思うんだけどな。


「念の為嬢ちゃんの頼みで部屋の周りを探ってみたが、潜んでるやつはいなさそうだな」


 アシュさんも大真面目に言っている。よく見たらエプリやセプトも一緒になって調べている。……これって俺の危機管理能力が低いだけなのだろうか?


「それじゃあ本題に入るとしましょうか。相談と言うのはどういったことでしょうか?」


 ざっと確認し終えた後、ジューネはメイドさんが淹れてくれた紅茶を飲みながらそう切り出した。…………ってメイドさんいるじゃんっ!? 普通に聞いている人いるじゃないかっ!?


「さっきのは不特定多数のヒトに聞かれてはマズイという意味です。このメイドさんは肝心の所では耳を塞いでくれるので大丈夫ですよ」


 耳を塞ぐって……あっ!? ホントにメイドさん紅茶を淹れた後に手で耳を塞いでる。意外にノリが良いな。


「まあこれは流石にジョークだけどな。メイドさんには全員の茶を淹れてもらったら一度退席してもらう」


 アシュさんの言う通り、全員分の茶を用意し終わるとメイドさんはペコリと一礼して部屋を出ていった。何か悪いことをした気がするな。


 俺達はそれぞれ好きな所に座り、相談と言う目的上俺は小さなテーブルをはさんでジューネの前に移動する。


「では改めまして、相談と言うのは何でしょうか?」

「ああ。このノービスに来てから色々金を稼ぐ方法を考えていたんだが、いくつか思いついたことがあるから現実的かどうか教えてほしいんだ」


 この言葉と共に場の雰囲気が少しピリッとする。主にジューネがだが。


「まず一つ目は…………これなんだ」


 俺は事前に用意しておいた品を数枚取り出してテーブルの中央に置く。その内の一つをジューネはゆっくりと手に取ると、様々な角度からじっと見つめる。


「これは…………硬貨ですか? しかし私の知っているどの硬貨とも違うようですね」

「ああ。俺の故郷で流通しているものでな。ここらへんじゃまず出回ってないと思うぜ」


 俺も同じように今取り出した硬貨、を手に取る。まずは何処までもシンプルに、日本円デンで売れるかどうか調べてみようじゃないか。

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