閑話 都市長と用心棒の食事会

 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「そうだ。建材の件は商人ギルドに話が付いている。壁の補修についてはそのまま進めて構わない」


 ここはノービス中央にある中央会館。都市の整備計画など重要な事柄は、その大半をここで決められている。


 その一室、ドレファス都市長の執務室。部屋の主は次から次へと部下に仕事を割り振っていた。そして動かしているのは口だけではなく、その間も机に溜まっている書類へと手が伸びる。


 書類を読み込み、サインをし、終わった書類を控えている部下に渡して次の書類に移る。部下も指示を受けてすぐに動き出し、代わりにまた別の部下がやってくる。


「冒険者ギルドにも依頼を出しておけ。補修の人手が必要だ。報酬は……相場の金額に加えて少し色を付けろ。加えて道具と食事はこちら持ちにすればそれなりに集まる」

「かしこまりました。食事の手配はどこに任せましょうか?」

「『駆ける子犬亭』に手配しろ。あそこが数日前、食材の調達を誤って大量に在庫を抱えていることは調べが付いている。在庫処分を手伝ってやると持ち掛ければ了承するはずだ。その際に少し値切りを……いや、その分少しそれぞれの食事の盛りを増やせと言っておけ。腹いっぱい食わせればそれだけで不満の種が減る」


 本来なら、ノービスを囲むように建てられている壁の定期補修はもうしばらく先になるはずだった。


 しかし先日の王都襲撃事件。そしてそれに伴い、各交易都市群都市長が集まって会談を行うという話が持ち上がる。まだ会談の場所と日取りは決まっていないが、万が一のために諸々の予定を早める必要があった。


 だが急に予定を早めるのは難しい。その分皺寄せはどこかに行き、それを一部担っているドレファス都市長の姿は、正しく為政者と言えるものだった。





「ふむ。これで本日中にやる必要のある物は終わりだな」


 都市長は愛用のペンを置き、今一度机の上を見直す。自身のサインの必要な物はきれいさっぱりなくなり、残るは緊急性が低いか代理のサインでも大丈夫なものばかりだ。


「はい。あとの処理と明日の準備は私どもにお任せください。都市長様はお休みを」

「ああ。頼むぞ。……では、また明日」


 都市長は身支度を整えると、後のことを部下に任せて部屋を出る。中央会館の入口には送迎用の馬車などが常駐しており、そのうちの一つに乗り込んで御者に自宅まで向かうように指示を出す。


 こうして中央会館と自身の屋敷を往復する毎日。多くの部下から自分達が都市長の屋敷に伺うと言われているのだが、毎日大人数で押しかけられるのも困るので、こうして都市長が中央会館に出向き続けている。


(今日も遅くなってしまった。夕食には間に合わなかったか)


 時刻はおよそ午後九時。しかしこのところの仕事量を考えれば、この程度の遅れで済んだとも言える。


 後処理を押し付けてしまったこともあり、部下達の頑張りに何かでいずれ応えようと考えながら、都市長は馬車に揺られて自身の屋敷に到着。都市長が降りると馬車は中央会館へと戻っていく。


「「お帰りなさいませ。旦那様」」


 主人の到着に気づいてやってきた下男に荷物を持たせ、屋敷の中に入る都市長。すると、数人のメイドと執事と思しき男が一礼をして出迎えた。


「ああ。ヒースと客人達の食事はもう終わってしまったか? ドロイ」

「はい。残念ながら。……今からですと温め直すのに少々お時間を頂きますが、よろしいでしょうか?」

「頼む。もう大分遅いのにすまないな」

「その言葉は料理長に仰ってください。私共は旦那様の意に沿うよう動くのみでございます」


 ドロイと呼ばれた男の言葉に都市長は静かに頷き、一度自室に戻って少しゆっくりめに部屋着に着替える。そうして料理の出来る時間を稼ぎ、のんびりと食堂にやってくるとそこには先客がいた。


「おや? もう食事は終わったと聞いたが」

「いやなに。うちの依頼人に合わせて終わったのは良いが、少し食い足りないと思いましてね。何か残り物でもないかとぶらついていたら丁度都市長殿のご帰還。となればご相伴にあずかれるかなと思った次第ですよ」


 食堂にはアシュが席に着いて待っていた。後ろには食事の世話係としてメイドが一人付いているが、アシュが断ると一礼して都市長の後ろに移動する。


「良いとも。丁度こちらも折り入って話したいことがあったのでな」


 タイミングを見計らっていたのだろう。都市長がそう言って席に着くのとほぼ同時に、食堂に夕食が運び込まれてきた。


 運び込んだメイドは配膳を終えるとこちらも都市長の後ろにつく。夕食と言うには遅く、夜食と言うにはやや早い食事会だ。


 それからしばらくは黙々と食事をする音だけが響いていた。都市長の後ろに控えるメイド二人は給仕役として動く以外は微動だにせず、よく訓練されているのが分かる。


 そして前菜や主食が終わる頃、話の口火を切ったのは都市長からだった。


「ところで、愚息の様子はいかがかね? アシュ殿」

「それは剣技の方ですか? それとも隠し事の方で?」

「両方ともだ」


 その言葉を聞いて、アシュは少しだけ悩んだ素振りを見せる。そして数秒ほど思案すると、


「まず剣技の方ですが、やはり少しなまってますね。ただ元々筋は良いし、基礎もしっかりできている。間違いなく都市長殿の剣をしっかり継いでますよ」

(出来れば剣より学問の方に力を入れてほしかったのだが)


 個人の武力が必要無い訳ではないが、学問も出来なくては人の上に立つことは出来ない。その点は若い頃の自分に似てしまったかと、都市長はその言葉を聞いて少し困った顔をする。


「俺個人としては下手に今の形を崩すよりも、戦い方に幅を持たせる程度の教え方で良いと思っています。どちらかというとヒースには、俺よりも都市長殿の剣の方が合っている」

「そうか。ではそちらはそのようにお願いする。ただ愚息はアシュ殿の剣を選ぶかもしれないがな。……隠し事の方はどうかね?」

「あ、ああ。そちらね」


 都市長としてはこちらの方がどちらかと言えば本命なのだが、アシュはどうにも歯切れが悪い。


「……何か気にしているのはすぐに分かったんですが、細かい内容まではまだどうにも。あんまり根掘り葉掘り聞いたら頑なになりかねませんし。……やはりそっちはジューネ達に任せた方が賢明じゃないですかね」

「やはりそれしかないか」


 そうして話が途切れたのを見計らい、小皿に乗せられたデザートが運ばれてくる。この辺りではやや贅沢品の果物の盛り合わせだ。それを摘まみながら、都市長はふと問いかける。


「それはそうと、やはり考えは変わらぬかねアシュ殿。我が家では貴殿を食客としてもてなす準備は充分あるのだが」

「……折角の申し入れですが、俺は流れの用心棒なもので。あんまり長くどこか一か所に留まるつもりは無いんですよ。それに今は依頼主がいますしね」

「そうか。……惜しいな。貴殿ほどの剛の者がいれば私も頼りにできるのだが。純粋な武力としても、愚息や調査隊の教育係としてもな」


 都市長は心から残念がっていた。都市長会談も近い今、いざと言う時のための戦力は多いに越したことはない。特にアシュほどの実力者であればなおのことだ。


「買い被りですよ。俺はただの用心棒ですから」

「ただの用心棒がかの『剣聖』と引き分けることなぞ出来まいよ」


 今でも都市長はあの時の興奮を忘れない。初めてアシュを見た時、彼がヒト種最強の剣士と謳われる『剣聖』レオンと一対一で戦い引き分けた時のことを。


 あの時にどうにか口説き落とし、短期的ながら愚息や調査隊の鍛錬を頼めたのは我ながら英断だったと思っているほどだ。


「あの時は時間制限がありましたから。上手いこと時間いっぱい逃げ切っただけですよ」

「はっはっは。謙遜することはない。並の剣士では『剣聖』相手に五秒と立っていられぬよ。それだけに……やはり惜しい。もし気が変わったらいつでも声をかけてほしい。当家はいつでも歓迎しよう」


 そうしてその後は他愛無い雑談などを挟みながら、食事会はお開きとなった。





「……ふぅ」


 自室に戻り、椅子にもたれかかって大きく息を吐く都市長。多少疲れが溜まっているようだと自己分析するも、この都市の都市長としては休むわけにはいかない。


(寝る前に一杯飲んでおくとするか)


 都市長は部屋の棚から果実酒を取り出し、共に備え付けられているグラスに注ぐ。


 嗜好品としても良い物だが、遠くココの大森林でしか採れないココの実の果汁を混ぜてあるため、若干の体力と魔力の回復にも効果がある。それに口をつけようとした時、


(……んっ!?)


 机に置かれている通信用の魔道具が点滅している。これは点滅によって相手の特定が出来るため、都市長はすぐに誰の連絡か分かった。都市長はそのまま椅子に座ると、魔道具を起動して通話状態にする。


『よう。まだ起きていたか?』

「ああ。寝る前に一杯やろうとしていた時にこれだな。せめて一口飲んでから連絡すれば良いものを」

『どうせ飲んだ後なら後で、飲む前に連絡しろよとか言うだろう?』

「まあな」


 都市長は少し砕けた口調でそう返す。それもそのはず、相手は古い馴染みだ。対外用に取り繕った言葉遣いなどあまり意味がない。


「まあ良い。果実酒だけでは少し寂しいと思っていた所だ。酒のつまみ程度には面白い話があるんだろうな? ディラン」

『ああ。色々と話すことがある。つまみだけで腹いっぱいにしてやるぜ。ドレファス』


 自分を役職名ではなく名前で呼ぶ友人に少しだけ機嫌を良くしながら、ドレファス都市長はゆっくりと果実酒を口に含んだ。

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