第124話 稼ぐ理由は人それぞれ
「これは俺の勝手な推測なんだけど、エプリが金が必要な理由ってその薬のためなんじゃないか? 俺に以前使ってくれたポーションは相場は金貨一枚した。つまり良い薬はそれだけ値が張るってことだ。しかもキリの言葉から察すると、そんじょそこらにあるような物じゃない。つまりエプリはいつその薬が見つかっても良いように金を貯めている。違うか?」
「…………話す理由はないわね」
コトリと薬瓶の一つを床に置き、エプリは作業の手を止めずにそう言った。まあ簡単に話すわけは無いか。それにあくまで想像だから間違っている可能性も高いもんな。
「……確かにキリとの話に出てきた薬の件で、少し考え事をしていたのは事実よ。……いつも通りに振る舞っているつもりでトキヒサ達に気を遣わせたのなら謝る。……だけどそれと内容を話すことは別問題。そこははき違えないように」
それはもっともだ。言うつもりのないことまで無理やりに聞き出そうとは思わない。と言うか聞き出せる気がしないしな。
「そっか。分かった。そうなると十日後にキリが戻ってきたらそのことについて話を聞くのか?」
「…………そうね。まずはジューネの依頼した指輪の情報を手に入れてくるか確かめてからね。……まだ私はキリの情報の信憑性については知らないから」
まずはキリの腕前を知りたいってことか。このままキリが指輪のことについて調べてこれたのなら、それはキリの情報収集能力が高いことを示している。
キリの言う薬がどういうものかは知らないが、エプリとしては今日会ったばかりの相手が探し物の情報を持っているのは少々胡散臭い。
なら実力の証明として、ジューネの依頼を無事にこなせるかを見るというのは一応納得できる。試すようなやり方は個人的にあんまり好きじゃないけどな。
「もしキリがその薬の情報を持っていたら……どうするつもりだ?」
「……多少の無理をしてでも情報を聞き出す。対価としてどれだけの物を要求されるかは分からないけれど」
「そっか。じゃあその薬の在処が分かったらそっちに向かうのか?」
そんな言葉が口から出たことに自分でも驚いた。今のは自然と口をついて出たのだ。
「…………何? 私が依頼人を放っておいて薬を取りに行くとでも思っているの?」
その言葉と共に、エプリは静かに立ち上がってこちらに歩いてくる。
う~ん。この流れはアレか。ちょっと予想できる流れに、俺は言葉選びを間違ったとうっすら冷や汗を流しながら迫りくるエプリをじっと待つ。そしてエプリは俺の前に立つと、
「……舐めないでくれる?」
その言葉と共に指先から発射された“風弾”が俺の額に直撃した。アウチッ。久々に食らったけどやっぱり痛い。悶絶しながら額を押さえたところに、エプリが俺の鼻先に指を突きつける。
「……たとえ情報が正しくても、依頼人の護衛を投げ出すつもりは無い。
俺が先ほど言った言葉を皮肉気に返すエプリ。今のは完全にこっちの失言だった。
「悪かった。確かにエプリは請け負った仕事をホイホイ投げ出すような奴じゃなかったよな。相手がどんな嫌な奴だって、仕事をキャンセルするだけの理由がない限りは絶対最後まで守り切る。エプリはそういう責任感の強い奴だ」
「……分かれば良いのよ」
あのクラウン相手にだって、筋を通して仕事をこなそうとするくらいに義理堅い奴だ。あんな言い方をしたら怒るのは無理ないだろう。
俺が頭を下げながら謝ると、少しは機嫌を直してくれたのか指先を下ろすエプリ。
「それにしても、こちらが悪かったから仕方ないとはいえ、一応依頼人に風弾をぶっ放すのはどうかと思うぞ」
「……心配しないで。手加減はしてあるし、余程無礼なことを言った相手かトキヒサにしか撃ったりしないから」
「俺常時無礼者扱いっ!?」
そんな所だけ特別扱いしなくても良いんだけどな。俺の額赤くなってないかとさすっていると、今の騒動で目が覚めたのかセプトがベットから抜け出してこちらに歩いてきた。
「ゴメンな。起こしちゃったか?」
「別に良い。トキヒサ。大丈夫?」
「ああ。大丈夫さ。ちょっと額をぶつけただけだ」
エプリにやられたとは言わない。わざわざ事を荒立てるものでもないし、セプトを心配させることもないだろう。
セプトは俺の額をじっと見つめている。……自分じゃ見えないけどやっぱ赤くなってるかな? そして、
「よしよし」
セプトはググっと背伸びをして、何とか届いた手で俺の額を撫で始めたのだ。
「ど、どうしたセプト?」
「私、治癒系統使えないから。これで、少しは良くなるかなって」
う~む。年下の子にナデナデされるこの微妙な背徳感。……だがこれもまたロマンだ。逆ナデポってのはないのかね?
「……ちなみにこれも情報元はアーメ達だったりするか?」
「うん。こうすると、男は元気になるって言ってた。でも、やりすぎると元気になりすぎて危ないから、基本的に好きなヒトだけにやった方が良いって」
「そ、そうか。確かに誰彼構わずするとマズイからな! うん」
言外に自分のことが好きだと言われている訳で、ちょっと体感で顔が熱くなっていたりする俺。
……ただエプリのジト~っとした冷たい視線が後頭部辺りに突き刺さっているので、実質プラマイゼロな気がする。
「も、もう大丈夫だからっ! ほらっ! この通り元気になったからもう良いよっ!」
「本当? 良かった」
これ以上続けたらエプリの視線がマジな意味で痛みを伴いそうなので、僅かに名残惜しみながらもセプトを引き離して元気だぞアピールをする。幸いセプトは素直に引き下がった。
……言っちゃあ何だが、俺の言う事に全面的に従う美少女っていうのはある意味グッとくるものがあるな。これがずっと続くといつかダメな奴になってしまいそうでホントに怖い。
「ということでだ。もう俺は大丈夫だからまたお休み。明日も忙しくなるぞ」
「うん。分かった。…………トキヒサも、一緒に寝る?」
「お、俺はもう少し起きてるからっ! お休みセプト」
上手いことセプトをベットに押し込み、すぐにスヤスヤと寝息を立てるのを確認する。エプリもセプトもやたら寝つきが良いよな。
エプリは再び作業に戻り、今度は護身用と思われる短剣を布で拭いていた。……エプリが刃物を持つと一気に凄みが増すからおっかない。人となりを知らずに夜道で会ったりしたら腰を抜かすかもしれないな。
「そう言えばエプリがそれを使っているのを見たことが無いな」
「……でしょうね。実際これを戦いで使ったことは数えるぐらいしかないもの。……敵を切り裂くなら“風刃”で事足りるし、そもそもこれを使うほどの接近戦自体あんまりしないから。……接近戦が出来ない訳じゃないけど」
「でも、それにしちゃあ大切に手入れしているみたいだな」
その短剣には古くて細かな傷がたくさんあった。明らかに最近ではなく、何年も前に付いた傷らしきものもある。
しかし傷がたくさんあるというのに、その刀身にはほぼ曇りが無かった。これは定期的に、それもそれなりの長い時間手入れをしていないとこの状態は保てない。
「……フッ。ただの貰い物なだけよ。捨てるのも売り払うのも面倒だから持っているだけ」
皮肉気にそう笑ってみせるエプリ。だが彼女のそれを見る瞳からは、決してそんなどうでも良いものを見るようには見えなかった。
そもそも本当にどうでも良いものだったら面倒くさがらずに捨てるなりなんなりしているだろうしな。エプリだったら。それをしないってだけで大切な品だと分かる。
「そうか。……じゃあ聞きたいことも一応聞けたし、そろそろこっちも寝るとするかね」
なんだかんだアンリエッタの後連戦で結構話し込んだので、こっちもまぶたが重くなってきた。今日無理に全部聞く必要もないか。欠伸を一つすると、俺は用意された寝袋に潜り込む。
「今日はジューネの護衛もあって無理だったけど、明日こそは町の様子を探って金稼ぎの糸口を見つけるからな。早いとこ稼がないとエプリの給料も払えないし」
「……そこについてはぜひ頑張ってほしい所ね。……あんまり期待していないけど」
言ってくれるじゃないか。見てろよっ! このノービスにいる間に、少なくともこれまでのエプリの給料分くらいは……行けるかどうか分からないけど、出来る限り稼いでやるからな。
そんな思いを胸にしつつ、一気に俺の意識は薄らいでいく。そう言えば寝つきが良いのは俺も同じだった。
薄れゆく意識の中で、
「…………待ってなさいオリバー。嫌だって言っても助けて見せる。……病気で死に逃げなんて許さないから」
そうエプリが短剣を見つめてポツリと漏らしたような気がした。だが俺はそれがどういう事か考える余裕もなく、完全にまどろみの中に落ちていった。
アンリエッタからの課題額 一千万デン
出所用にイザスタから借りた額 百万デン
エプリに払う報酬(道具の経費等も含む。現時点までで) およそ一万デン
その他様々な人に助けられた分の謝礼 現在正確な値段付けが出来ず
合計必要額 一千百一万デン+????
残り期限 三百四十八日
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