第120話 世間話と三人目

「物資の補充ですか? 構いませんよ」

「交渉成立ですね」

「…………えっ!?」


 俺がついつい声を漏らしてしまったのは責められないと思う。だって交渉に入ってからまだ五分も経っていないんだぞ。


 ネッツさんに連れられてこの商談用にしつらえられた部屋の一つに入り、ジューネが簡単な近況報告をし、それから本題である物資の補充について切り出した瞬間にこれだよ! ヌッタ子爵との商談とはえらい違いだ。


「こんなに早く物資の交渉が終わったのが不思議ですか?」

「まあな。さっきのヌッタ子爵みたくこう丁丁発止の交渉が展開されるのかと気合を入れてたんだけど」


 ジューネが不思議そうに聞いてくるので、俺もついそう返してしまう。


「まあ物資については昨日の内に手紙でリストを送っておきましたから。必要な物とその値段、用意してほしい予定の期日や金額の支払い方法などもね。あとは実際に会って細かなすり合わせをするだけという訳です」


 そう言えば昨日アンリエッタが言ってたな。ジューネが手紙を何通か送っていたって。さきに交渉の内容を書いて送っておくことで時間の短縮を図ったってことか。


 さっきのヌッタ子爵の場合は実際に見てみないと分からない品物とかが多かったからあんまり意味はなかったようだけど、こっちの方はバッチリ効いているみたいだ。


「それにしても何も変更がなかったというのは驚きました。私が言うのもなんですが、リストのままで良かったんですか? ネッツさん」

「構いませんよ。物資は十分に用意できる物でしたし、納品の期限も無理のないものでした。多少適正価格より値切ってありましたが…………まあこれは最初から商談の中で私が引き上げると予測してのことでしょうかね。このくらいならここは一つ、という事でお受けしましょうか」


 これにはジューネもちょっと苦笑い。本来ならここで値段の競り合いをする予定だったのだろうが、先に全部OKを出されては交渉のしようがない。それに向こうは全て分かった上で譲歩してくれた感じだしな。


 ジューネにとっては金が儲かった分代わりに、借りを一つネッツさんに作ってしまった形になる。こういう目に見えない貸し借りと言うのは結構後々に効くんだ。素直に適正価格にしておけば良かったかもな。





「ほうほう。あの町でそんなことが」

「そうなんですよ。アシュがいなかったらどうなっていたか。……まあアシュがいなければそもそも関わることはなかったんですけどね」


 速攻で交渉が終わり、次の商談までは少し余裕が有るということで軽く世間話に興じることに。と言っても商人からすれば、世間話こそが大事な情報源なのだが。


 ジューネの話はどうやら俺達と会う前のことが主なようで、俺達もビックリする話も多かった。ジューネとアシュさんはこのノービスを拠点に、いくつかの交易都市を回っていたらしい。


 その旅路はけっして安穏としたものばかりではなく、時には道に迷ってモンスターに襲われ、またある時は人同士のいざこざに巻き込まれた。


 その度にジューネの交渉術やアシュさんの力技で乗り切っていく様子は、子供の頃に読んだ冒険譚そのままだ。


 ワイバーンの群れに襲われたところなんかもう手に汗握ったもんな。一緒に居た商人や冒険者と協力して切り抜けたりとか。


 それをジューネが臨場感たっぷりに語るもんだからなお凄い。ネッツさんも驚きながら聞き入っていた。


「そう言えばネッツさん。最近魔石の値段が高騰か何かしていませんか?」

「……? いえ。特にそういった情報は来ていませんが。ここしばらく値段も安定しています。……何かありましたか?」


 ジューネはその言葉を聞いて、こちらの方にチラリと視線を向ける。


 魔石と聞いて思いつくのは今のところ二つ。俺の持っている鼠凶魔の魔石と、昨日このノービスに入ってすぐの荷車事故で、積み荷の中に有ったという大量の魔石のことだ。


 俺の魔石のことだったら交渉は全部任せるつもりだったので別に良い。荷車の方はややきな臭い感じがするが、目の前のネッツさんはこの商人ギルドの重役だ。物の流れから何か分かるかもしれない。


 この場合、唯一の懸念は目の前の相手がその件に最初から噛んでいる場合だが……俺よりも付き合いが長く商人として勘も鋭いジューネが話そうとしているんだ。おそらく問題はないだろう。


 念の為エプリともアイコンタクトを取るが、エプリは我関せずの態度だ。セプトもそういう所にはノータッチだし、ここはジューネの意思を尊重しよう。


 俺がそのまま静かに頷くと、ジューネも分かったというかのように軽く頷き、ネッツさんに昨日の出来事を話し始めた。


 突然荷車が横転したこと。その積み荷の中に大量の魔石があったこと。そんな貴重な物を運んでいる割には護衛らしき護衛もなく、丁度人気のないところで横転したことなどどうにもきな臭いという事もだ。


 ネッツさんは話を聞いている内に少しずつ難しい顔になっていく。


「……という事があったんです。なのでネッツさんの耳には何か届いていないかと思いまして」

「ふ~む。期待に沿えなくて申し訳ありませんが、私の所には特に情報は来ていません」

「そうですか……」

「いえ。むしろこれで良かったのかもしれませんよ」


 少しがっかりした顔をするジューネだが、ネッツさんの言葉にどういう事ですかと首を傾げる。


「私の耳に入らなかったという事は、その物が完全に非正規の流れの物である場合か、かなりの力を持つ誰かが隠そうとしている場合です。どちらにせよ、下手に探れば手痛いしっぺ返しを食う可能性があります。安全性を取るなら関わらないのが一番ですよ」


 ネッツさんはどこか諭すように、そしてジューネの身を案じるようにそう語った。その意見には俺も賛成だ。俺は冒険は好きだがもめ事は好きじゃない。


 別に法に触れている訳でもないし、肝心の荷物はベンさん達衛兵に没収された。御者のラッドさんも医療施設に送られたらしいし、これ以上わざわざ掘り返すこともないだろう。


 ジューネはどこか釈然としない風だったが、どのみちこれ以上の詮索は難しいと判断したのか素直に頷いた。


「それにしても、久しぶりにこちらに来たと思ったらクラウドシープに乗ってくるとは、流石はジューネさんですね。やはり私のヒトを見る目はそれなりにあったようですねぇ」

「褒めても何も出ませんよネッツさん。色々ありまして、少し都市長様と繋がりが出来ただけですよ。ネッツさんも個人的に繋がりがあるでしょうに」


 少し強引だが話題を変えてきたネッツさんの言葉を、ジューネは何でもないようにさらりと返す。やはり町の偉い人同士だと繋がりがあって当然か。都市長としては町の物流に一枚噛んでいる方が自然だしな。


「いえいえ。私はギルドという組織としての繋がりに過ぎません。ジューネさんのように個人としての繋がりを持てるヒトはとても珍しいんですよ。これからも是非良き取引相手として、ご贔屓にしていただければ幸いです」

「それはこちらこそお願いしたいところです。これからもよろしくお願いします」


 ネッツさんが言葉と共に差し出した手を、ジューネはしっかりと握り返す。これがこの商談の終了を知らせるものとなった。





 無事商談も終わり、俺達は商人ギルドの外に出る。ちなみに俺の持っている魔石のことも忘れていない。ジューネはギルドに掛けあい、しっかり値上げ交渉もして四千二百デンで買い取ってもらうことに成功した。


 普通に売ったら全部で三千デンくらいの所を、およそ千デンも値上げさせたのだから流石だ。まあ交渉の相手はネッツさんではなく一般職員だったが。


「それじゃあお客様! こちらが私の取り分になりますね!」

「ああ。ありがとなジューネ。おかげで儲かったよ」


 約束通り、値上げした分の一部である二百デンを取り分として持っていくジューネ。商人としての交渉だったからまだ商人モードが抜けきっていない。


「……儲かったみたいね。じゃあ私への払いも少しずつ出来るのかしら?」

「それはもうちょっと待ってくれると嬉しいというか何と言うか」

「私も、稼いで渡す?」

「セプトは俺のためと言うよりも、まず自分のために稼ごうな」


 エプリの軽い催促を両手を合わせて拝みながら回避し、セプトが無表情ながらもやる気を見せるのを何とか宥める。


 商人ギルドにも冒険者ギルドと同じく商人向けの依頼やら何やらがあるのだが、俺やセプトが出来そうなものもいくつかあった。それに刺激されたらしい。


「まあ今はそれは置いておいて、さっそく次の商談に向かいますよ」


 ジューネの意見はもっともだ。先にそっちを片付けないとな。俺達はギルドの外に待たせている雲羊の所に向かった。……だが、何故かそこには先客がいた。


「よしよ~し。良い子だ。実にもふもふだねぇ。流石高級衣類の材料にも使われるというクラウドシープの毛並み。癖になりそうだ」

「メエェ~!」

「…………誰だアレ?」


 妙な人物が雲羊の毛並みを撫でまわしていた。


 頭には砂漠でよく見るようなターバンを巻き、服もダブっとした布製の物で体型などがまるで分からない。声からすると女性のようだが、やや声の高い男性と言う可能性もある。


 そして撫でまわされている雲羊は嫌がっているかと言うとそうではなく、むしろ気持ちよさそうな顔をしている。適当に撫でまわしているように見えて的確に気持ちのいい所に触れているらしい。


 ……姿と言い動きと言い、これは只者じゃない。


「……これは予想外でしたね。まさかそちらから来るとは」

「たまたまだよ。丁度近くにいたから寄っただけ。クラウドシープを撫でまわす機会でもあったしね」


 年齢性別共に不明のその誰かは、そこでやっと雲羊を撫でまわすのを止める。なんかこっちの方が目的だったっぽいな。


「ジューネ。知り合いか?」

「知り合いと言うか、このヒトがこれから会いに行こうとしていた三人目。情報屋のキリです」

「お~っとこういうのはもう少し焦らしてくれてもいいんじゃないかい? まあ良いけどね。只今ご紹介に与りました情報屋のキリですよっと。お代と時間さえいただければ、大抵のことは調べてみせるよ。以後よろしく!」


 この妙なテンションの人が三人目の商談相手!? ヌッタ子爵といいネッツさんといい、何か濃い~面子ばっかりじゃないか? しかしまあこれで商談は終わる。ここもきっちり頑張れよ! ジューネ!

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