第121話 やっぱりもふもふは偉大です。

「キリ。商談に移る前に、まずは前回の依頼の件についての報告をお願いします」

「はいは~い。もちろん調べてありますよ~。……だけど」


 ジューネのその言葉と共に、目の前のキリと名乗る人物はこちらの方を見る。よく見ると顔の部分もターバンに隠れて表情が読めない。ほとんど素肌を見せないけど暑くないのかね?


「そっちのトキヒサ君達の前で報告しちゃって良いのかな~って、ボクとしては一応確認をとっちゃったりするんだけど」

「……!? なんで俺の名前を?」

「そりゃあまあ情報屋だからね。他のヒトよりちょ~っと耳が早くて広いと自負しているよ。勿論トキヒサ君だけじゃない。君の後ろの二人のことや、君の服の中にへばりついているスライム君のことだってよ~く知ってますとも」


 まだ名乗っていないはずなのに、さも当然とばかりに知っているキリ。おまけにエプリやセプト、ボジョのことも言い当てられた。


 カマをかけているにしてはかなり的確だし、これは流石情報屋と言うべきか。……ただちょっとエプリの警戒度が上がった感じだけど。


「そんなに警戒しないでよエプリん。少~し宣伝を兼ねて驚かそうと思ったお茶目じゃない」

「…………エ、エプリん?」


 おっ!? エプリが珍しくあっけに取られているぞ。しかしエプリんって。俺もそのうち呼んでみ……何でもないですはいっ!


 俺の心中を察知したかのように、フードの下から鋭い視線を感じたので素早く思い直す。


「そうですね。個人的なものやアシュの依頼内容までは話すつもりはありませんが、それ以外ならここで報告してもらっても構いませんよ」

「へぇ~。これは少し驚いたね。以前のジューネだったら全部隠そうとしていたのに。アシュさん以外にも信用できる相手が出来たようで何よりだよ。それじゃあ…………これを。頼まれていた、君が居ない間にこの都市で新しく出来た店のリスト」


 キリはどこか楽しそうな声でそう言いながら、服の下から書類のようなものをジューネに手渡した。表紙は地図のようになっていて、ジューネは表紙に軽く目を通すとどこか満足げに頷く。


 どうやらジューネは自分が出かけている間、キリに町の情報収集を頼んでおいたらしい。


「良く調べてありますね。流石キリ。高い情報料を払っただけのことはあります」

「ちなみに所感とか評価はってことで! まあ見立ては商人であるジューネの方が正確だろうから、あくまで参考程度に留めておいてね」

「店の内容や店員の簡単な情報まで調べておいてサービスですか。追加報酬でも吹っかける気ですか?」

「いやいや。単純な話。本腰入れて調べるまでもなく、現地を見て分かったことをまとめただけなのよっと。そこまで大したことじゃないからサービスね」


 片手間でやったことだから気にするなってことか。それにしたってジューネがここまで言うってことはよっぽどだけどな。


「それでこっちが、ジューネの個人的な依頼とアシュさんの依頼の分。こっちはきちっと本腰を入れたからね。追加報酬なんか頂けるとと~っても嬉しかったりするんだけど……どう?」

「それは内容次第ですね」


 自分の方が背が高い(キリは俺と同じ百五十?センチぐらい)くせしてわざわざ屈んで上目遣いをするキリに、ジューネはすげない態度で受け取った書類をリュックの中に仕舞いこむ。


 ちなみにこっちの書類は二束あったが、どちらも先ほどの書類よりも分厚くてちょっとした本並だ。本腰を入れたというのは間違いないらしい。


「ちぇっ! そう簡単には報酬上乗せは無しか。まあいいや。ところでトキヒサ君達は何か依頼とかあったりしちゃう? 今なら初回サービスでお安くしておくよ!」


 キリは一瞬落ち込んだように顔を伏せたかと思いきや、すぐにググっと立ち直ってこちらの方に向き直った。


 どうしようかな。腕は確かみたいだし、こういう時初回サービスとか聞くとついついお得感を感じちゃうんだよなぁ。


「ちなみに依頼料っておいくらだったりするんですか?」

「別に敬語じゃなくても普通に話してくれて良いよ~。内容や期限にもよるけど、この都市のことで簡単な依頼だったら銀貨十枚くらいかな。期限が短いとか別の都市とかになると追加でお代を頂くけど。今なら出血大サービスでさらに半額で引き受けちゃうよ!」


 ってことは半額の銀貨五枚。五百デンか。探偵や興信所に頼むよか断然安いな。しかし調べてほしいものと急に言われても出てこないし。


「う~ん。半額ってのはそそられるけど、今は特に調べてほしいことは特にないな。イザスタさんのことは気になるけど……こういうのは自分で調べる方が好きって言うか」

「あ~ららそういうお方? それは残念。じゃあエプリんやセプトちゃんはどう? 誰か気になるヒトのあ~んな事やこ~んな事も知りたくはない?」


 俺が断るとキリは一瞬残念そうな声色に変わるも、すぐに立ち直って今度はエプリとセプトの方に依頼の確認をする。


「私は、トキヒサに自分で聞くからいい」

「……エプリんって言わないで。……個人的に知りたいことはあるけれど、こんな場所で言うべきものじゃないわね」

「え~っ! エプリんでいいじゃん。こっちの方が可愛いと思うよ。それと、フムフムなるほど。セプトちゃんは望み薄だけど、エプリんは何かありそうだねぇ」


 エプリの鋭い視線も意に介さずに、エプリん呼びを続けるキリ。命知らずなやつだ。


 ただまあこの場で聞きはじめるという事は流石にせず、「もし連絡を取りたくなったらこちらまで」とエプリに連絡先を書いた紙を渡す。俺も後で見せてもらおう。ところで……。


「セプトは俺に何か聞きたいことがあるのか?」

「うん。トキヒサはどうしたら喜んでくれるかなって」

「…………とりあえず、その気持ちだけでお腹いっぱいなんで今は良いよ。またそのうち考えよう」


 ホントにどうしてこんなに好感度が高いんだか。魔力暴走の件で恩に着ているんだったらそこまでしてもらわなくても良いんだが。……やっぱり以前のナデポが原因か? よく分からん。





「さてと。では前回の依頼も終わったところで、次の商談……と言うより依頼に移りましょうか」

「お仕事だねっ! 一体どんな情報をご所望なのかな?」


 意識を切り替えてジューネの言葉を待つキリ。情報屋に頼らないといけないとなると、かなり重要な案件じゃないだろうか? 俺達が聞いても良いものなんだろうか? 


「……個人的なことなら少し距離を取っても良いわよ」

「いえ。エプリさん。これはむしろ聞いておいてほしいものですから。トキヒサさん達も一緒にね」


 エプリが俺の言いたいことを見透かしたようにそう訊ねると、ジューネは視線をこちらに向けながらそう答える。つまり俺達にも関係があることだな。


「キリ。調べてほしいのはある指輪のことなんです。闇夜の指輪という」

 

 闇夜の指輪。俺が持っている箱の中に入っていた物。破滅の呪い(特大)というものが付与されながらも二十万デンという高値をたたき出しているお宝だ。


 しかし分かっているのは査定で表示された名前だけ。いったいどういうものなのか? どんな来歴があるのかなど未だ謎が多い。


 以前それとなく調査隊の面々に聞いてはみたけれど、誰も知っている人はいなかった。


 直接見せたらまた違う反応があるかもしれないが、下手に箱から出して呪いが振り撒かれでもしたらと思うと危なっかしくて出すに出せない。という訳で結局分からないままになっていたのだ。


「闇夜の指輪……ねぇ。残念だけど聞いたことないな。お宝なの?」

「お宝であり厄介ごとでもあります。トキヒサさんが言うには破滅の呪いが付与されているようです」

「な~るほど。それは確かに厄介ごとだね~」


 破滅の呪いと聞いてもキリの態度は変わらない。肝が据わっているというべきなのか。


「現物を見たいところだけど……呪い付きとなると色々マズいか。じゃあいくつか教えて。形状とか手に入れた経緯とか」

「分かりました。まず手に入れた経緯ですが……」


 ジューネは指輪についてのことを出来る限り説明する。以前アシュさんと立ち寄ったところで偶然手に入れた箱のこと。それを俺が買って開け、中身を確認したこと。大きさや宝石の形状など、出来る限りのことだ。


 キリは服の中から取り出した紙に内容をメモしていく。なんだかこっちが情報屋みたいだな。


「大体分かったよ。それじゃあこれらを基に調べてみる。期限はいつ頃まで?」

「そうですね。ひとまずは十日後を目途に。その頃にはヒースさんとの件も良い所まで進展しているでしょうから」

「十日ね。あんまり時間はなさそうだ。さっそく行動しないとね。……話は変わるけど、報酬の方はどんなもんなのかな~って思っちゃったり。依頼の内容から考えるとそれなりに奮発してくれるのかな~?」


 キリのその期待するような言葉に対し、ジューネはキリの耳元に顔を寄せてぼそりと何かを呟く。すると、


「おおっ! ジューネちゃん太っ腹! それじゃあボクも気合入れて頑張っちゃおうかな。やる気出てきたよ~!」


 なんか凄くやる気が漲っている。いったいジューネはどれだけの報酬を約束したんだ? 高すぎる値段だと儲けが少ないんじゃないかと少し不安になる。


「なあ? キリになんて言ったんだ? ジューネが値段交渉もせずに即決なんて珍しい」

「フフッ。実はキリはもふもふの毛並みに目がないんですよ。だからこう言ったんです。都市長様に口利きして、キリ好みのもふもふをたっぷり堪能できる機会を用意するってね」


 う~む。この世界でももふもふの力は偉大らしい。あとジューネ。それ自分の懐一切減ってなくないか? そういう視線を向けると、ジューネはニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべるのだった。

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