第108話 添い寝。それもロマン……なのだけど

「お世話になりました」

「お世話だなんてとんでもないわ。なんにせよこれからだもの」


 俺達は教会の前に立っていた。セプトの魔石に無事器具を取り付け、簡単な諸注意も受けたので、ひとまずドレファス都市長の屋敷に戻るのだ。


 見送りにエリゼさんとシスター三人組、そしてバルガスが来てくれる。調査隊の時もそうだったけど、ここの人達は皆こういう所がしっかりしている。……それは結構嬉しい。


「さっきも言ったけど、何か身体に異常を感じたら小さなことであっても気にせず来てね。それと器具に使われている魔石は小さなものだから、魔力が溜まって色が変わり始めたら早めに交換を。交換用の魔石はトキヒサ君に渡してあるわ」

「分かった」

「それと器具は補強してあるけど、それでも手荒には扱わないように。寝る時はなるべく仰向けを心がけてね」

「うん」


 さっきからエリゼさんがセプトにもう一度諸注意をしている。大事なことだからな。セプトも無表情のままでコクコクと首を縦に振って相槌を打っている。


 ちなみに魔石は魔素が溜まれば溜まるほど色が濃くなるという。色自体はそれぞれ違うが、その点だけは共通しているらしい。


「ジューネもまたね」

「待ったね~!」

「……また」

「はい。またいずれ寄らせていただきますよ。…………ところで、セプトに着けられた器具の設計について教えていただきたいんですが」


 シスター三人組とジューネは意外に仲良くなったらしい。


 正確に言うと、三人の方は普通に人懐っこいのだが、ジューネの方は金の匂いでも嗅ぎつけたようで、ちょくちょく突っ込んだところまで聞こうとしているけどなかなか聞き出せないといった感じだ。


 まあ下心とは別に普通に仲良くしようとする意思もありそうなので良いのだが。


「ほ、本当か? 本当に俺の治療費全部出してくれるんだなっ? ドレファス都市長!」

「ああ。それに無くした装備や道具も多少ではあるが補填しよう。その代わりといっては何だが、この件は一切他言無用で頼みたい」

「勿論だ。こんな事言ったってほら吹きって言われるのがオチだしな。そんなことで良ければ喜んで従うぜっ!」


 ドレファス都市長がバルガスに口止めをしている。凶魔化のことをなるべく広めたくない都市長としては、こういう根回しは必要なことなのだろう。


 ……秘密を知るものをこっそり始末するっていう流れにならなくて良かった。


「…………これで注意は以上よ。あとはセプトちゃん次第だから頑張ってね。それと……ラニー」

「はい」

「前に来た時より少し痩せたんじゃない? ちゃんと食事は摂ってる? 患者の治療が忙しいからって自分のことを後回しにしてない? たまには休まないと身が保たないからね」

「もう。そんなに心配しないでください。しっかり食事は摂ってますし、休みだって定期的に取ってますから」


 おおよそのセプトへの注意を伝え終えたエリゼさんは、次に何故かラニーさんに声をかける。


 そう言えばラニーさんはここに来てからほとんど話さなかったな。どうも二人は知り合いのようなんだけど、どういう関係なんだろうか?


 そんなこんなでそれぞれの話も終わり、俺達は馬車に乗り込んでいく。


「皆様お気をつけて。七神の加護がありますように」


 別れ際にエリゼさんとシスター三人組が、そう言って俺達に向かって祈るような仕草を見せる。


 ……なんか初めてシスターのシスターらしい所を見た気がする。どちらかと言うと薬師みたいなイメージがあったからな。


 そうして俺達を乗せた馬車は、教会を出てドレファス都市長の屋敷へ戻るのだった。





『…………それで? その後どうなったの?』


 その日の夜。俺は屋敷の自分に用意された部屋で、アンリエッタに定期連絡をしていた。繋がるなりアンリエッタは何があったのか聞かせろとせがむ。


 ……どうせ見ていただろうに。俺は声を抑えながら報告する。


「そうして屋敷に戻った後、ヒースをしごき終わって一息ついていたアシュさんと合流。ジューネ達はまた何処かへ出かけようとしたが、もうそれなりに良い時間なので今日は休むようにと都市長に止められてた」

『そのようね。まあこんなこともあろうかと、事前に都市長に頼んで手紙を何通か送っていたみたいだけどね。近々伺いますとでも書いたのかしら?』


 俺そんなこと初耳なんだけど! 一応アンリエッタの分かることは俺の周囲のことのみと聞いてはいるが、実際どのくらいの周囲なのかは詳しく知らされていない。


 普通に聞いても話を逸らすし、下手すると結構情報を掴んでいそうだ。


「ヒースのことについても明日からってことになった。……正直な話、アシュさんがついついしごきすぎてまともに動けないくらいになっていたらしい。ラニーさんがやりすぎだって怒ってた」

『まあ私からすれば、途中でへばらずに最後までしごきに耐えきったヒースはそれなりに評価に値するわね。少し見たけどあのしごきは中々ハードよ。普通のヒトならすぐに音を上げるレベルね』


 確かに屋敷を出発する時のアシュさんとの試合は凄かった。あんな感じのしごきを何度も続けられるのなら、それは評価されることだろう。


「あと特筆することと言ったらラニーさんのことかな。ラニーさんも本来ならセプトのことが終わった時点で調査隊の所にとんぼ返りするはずだったけど、ドレファス都市長に止められて明日の早朝出発するって。……いや。言われたからかもな」


 今日の夕食の時に分かったのだが、実はエリゼさんとラニーさんは叔母と姪の関係だという。エリゼさんの妹の娘さんがラニーさんらしい。


 ラニーさんの両親は子供の頃に亡くなっていて、一時期エリゼさんが親代わりとして育てていたという。


 そうして薬師としての技術を教えられていた時、昔の伝手でエリゼさんを頼ったドレファス都市長と出会い、それが元で調査隊の薬師になったという。……一応言っておくと、決してコネによるものではなく実力で入っているらしい。


「まあ大体そんな所かな。あとは夕食が豪華で美味かったとか、用意された部屋が良かったとかそれぐらいだな」


 俺達は客人扱いなので、夕食をしっかりご馳走になった。


 何かの鳥の丸焼きや、果物と野菜を綺麗に盛り付けたフルーツサラダなど、調査隊の所で食べた食事に比べてこっちの方が手間暇かけて作られたって感じがしたな。


 それとドレファス都市長はテーブルマナーにはあまりうるさくなく、俺ものんびりと夕食を味わうことが出来たのは幸いだった。昔冒険者をやっていたので多少の行儀の悪さには寛大みたいだ。


 あと、俺達やドレファス都市長の他に意外だがヒースも夕食に顔を出した。結構フラフラではあったけどな。庶民と一緒に食卓など囲めるかと言いそうなイメージだったのだが、どうやらもっぱらラニーさん狙いらしい。


 口説こうとまた頑張っていたのだが、肝心のラニーさんはどうにもつれない感じだ。ジューネも早速会話に混ざろうとするのだが、ヒースはラニーさんにしか目がいってないようで難航している。


「夕食の後は各自に用意された部屋に行って、明日も早いからさっさと寝ようって話になった。それで俺は寝る前にアンリエッタに定期連絡をしてるって訳だ。……ほら。話し終わったぞ」


 流石に客人用の部屋だけあって、内装もかなり凝っている。壁には何やら絵が飾られているし、高そうな置物も部屋の隅に置かれている。……と言うか本当に高い。


 さっき試しに部屋の中の調度品を査定してみたが、どれもこれもウン万円するものばかり。以前牢獄でイザスタさんの物を査定したけど、あれよりもお高い物ばっかりだ。当然持ち主がいるので換金不可。泥棒ダメ。絶対。


 俺が語り終わったのに、アンリエッタはニヤニヤと笑ってこちらを見つめている。…………何だよ? 何か言いたいことでもあるのか?


『へぇ~。全部話し終わったんだ? じゃあ聞くわよトキヒサ。ワタシの手駒。…………


 俺はその言葉にゆっくりと後ろを振り向く。そこには俺が寝るために使うはずだったかなり大きめのベットがあり、そこではセプトがスヤスヤと寝息を立てていた。


 そして少し視線をずらすと、そこには人一人横になって眠れる大きさのソファーが置かれており、エプリがわざわざ横にならずに座ったままの状態で毛布にくるまっていた。


 こっちは……寝息が聞こえないってことは多分起きてるな。今の会話で起こしてしまったか。眠りが相当浅い方って以前言ってたもんな。あとで謝ろう。


「これは………………やむを得ない事情って奴だ」

『へぇ~~~?』

「ああもうさっきからそのニマニマ顔を止めろってのっ! どうせ見てたんなら分かってんだろ? エプリは護衛として同じ部屋にいるって頑として聞かないし、セプトも俺から離れようとしないから仕方なくこうなっただけだ」


 この部屋で眠れそうなのはベットとソファーの二つ。女の子を床に寝かせるなんてのは論外だ。


 なのでちゃんと横にならないと器具が外れるからとセプトを何とか説得してベットで寝かせ、エプリも適当な壁に背中を預けて寝るというのを妥協させてソファーを使わせた。そうして二人を起こさないように静かに今まで話してたって訳だ。


 ちなみに二人とも気を遣ってか、それぞれベットとソファーにだけのスペースを空けておいてくれている。


 ……気持ちは嬉しいんだけど、美少女に添い寝されるとか色んな意味で眠れないことになりそうなのでお断りします。


 ロマンではあるのだけども、だからこそ手を出すつもりは無いと言うか。まだまだ紳士でありたいと願う今日この頃と言うか。


 俺は軽く頭を振って煩悩と邪念を振り払う。こういう時は……そう。他の話に話題を逸らすのだ。


「そう言えばアンリエッタ。七神って何のことか知ってるか?」


 それはエリゼさんが別れ際に言っていた言葉。


 最初はこの世界でも何らかの神様が信じられているのだろうと軽く考えていたが、深く考えてみれば俺の目の前には神様がいるではないか。話を聞くには丁度良い。そう思って聞いてみたのだが。


『ワタシ達のことだけど、それがどうかしたの?』


 そんな風に何でもない感じで返された。……いやもう少し重々しい感じで話してほしかったなそういう事は。

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