第107話 試作品と治療法

「待たせてしまってゴメンナサイね。準備に手間取ってしまって」


 やっと戻ってきたエリゼさんは、開口一番そう言って頭を下げる。見れば先ほどのシスター三人組も一緒だ。いえいえ。待ってる間にドレファス都市長の昔話を聞けたから結構有意義な時間でした。


「それでエリゼ院長。何を準備してきたのだ?」

「そうね。まずはそのことを話さないとね。私が用意したのは…………これよ」


 都市長の言葉に、エリゼさんは手に持っていた物を机の上に出す。これは……。


「これは…………何だ?」


 そこに出されたのは妙な物体だった。お椀のような形をしていて、大きさは俺の掌より少し小さいくらい。色は肌色に近い茶色で、中身がくりぬかれて空洞になっている。


 よく見れば、上から見ると丁度正三角形になる三点に留め具が付いている。これで固定するようだ。


 そしてその三角形の中央。お椀の底の部分には留め具から細い線が引かれていて、それぞれの線が交わる場所には一円玉くらいのサイズの加工された魔石が埋め込まれている。


「これは一言で表すと、中の物の魔力の流れを断つ道具よ。基本材質には魔力の流れを遮断するバリの木。だけどそれだけだとちょっとした衝撃で簡単に割れてしまうので、補強のために乾くと固まるカチリカの木の樹液を塗り込んであるわ」


 魔力の流れを断つ道具? いったいなんのこっちゃ?


「バリの木もカチリカの木も、どちらも魔素が大量にある森でないと育たない珍しい木です。それらの素材を使うということは、かなりの値が張る品のようですが……」


 ジューネもそう言いながら首を傾げている。どうやらこれが何かよく分からないらしい。エプリやセプトも分かっていないようだ。……俺だけが分からないという事ではなくてちょっとだけホッとする。


「じゃあ順を追って一つずつ説明するわね。セプトちゃんに埋め込まれた魔石を確認したのだけど、さっきも言ったように身体とほぼ一体化しているから摘出は危険を伴います。出来なくはないけど身体に負担がかかりすぎるので最後の手段ね。なので時間はかかるけど、負担のかからない穏便な手段を取ろうと思います」

「その穏便な手段に必要な道具がこれという事か?」

「そうよドレファス坊や。調べたところ、人為的な凶魔化には魔石に魔力が満ちる必要がある。ならば逆に言えば、


 確かにそうだ。だけどそれなら、拠点でも言われたように適度にセプトが魔法を使って消費すればいいのでは? 俺の疑問を察したのか、エリゼさんは説明を続ける。


「魔力が溜まったら使うというのも一つの手だけど、これはもっと根本的なもの。ことを目的にしているわ。これをセプトちゃんの魔石に被せることで、理論上は空気中からの魔素の吸引は防げる」

「しかし、セプト本人から流れる魔力はどうする? そればかりは流石に遮断は難しいだろう?」

「器具には取り外し可能な魔石を埋め込んであるわ。セプトちゃん本人の魔力はそちら側に優先して流れるよう器具の内部を設計してあるから、身体に埋め込まれた方に流れるのはごく微量。ほぼないに等しいでしょうね。数日おきに取り付けた魔石を交換する必要があるけど」


 都市長の言葉も予想していたようで、エリゼさんは落ち着いて対処法を語っていく。


「しばらくその状態を続ければ、埋め込まれた魔石は不要なものだと身体が判断して自然と外れていくと思うわ。まるで髪や歯が生え変わるみたいにね」


 言いたいことは何となく分かる。例えば髪の毛は毎日たくさん抜けて、その分新しく生えるというサイクルを繰り返しているし、サメは歯が傷つく度に新品の歯に生え変わると聞いたことがある。


 だから身体の一部が自然に外れることはそこまで珍しくはない。でも……。


「話は分かった。しかし上手くいくのか?」

「ここで誤魔化しても仕方がないわね。結論から言うと……分からないわ。勿論理論上はこれで上手くいくはずよ。でもこれは試作品。魔石使ったら完全に遮断できたけど、まだ一度もヒトには使ったことはないの」


 考えてみればその通りだ。ヒトの凶魔化なんてまず起きない。なら使う機会もほとんどないだろう。…………だけど困ったな。これじゃあイマイチ不安だ。


「だから、最終的な決断はセプトちゃん自身に委ねるわ」

「私?」


 急に話を振られてセプトが無表情ながら驚いた様子を見せる。……セプトも一応自分のことなんだから聞いとかないとダメだぞ。


「そう。もしこれを使うのが不安であるというならそれでもいいわ。ラニーの見立て通り、おそらく定期的に魔力を消費して魔石に溜まり切らないようにすれば凶魔化はしないと思う。無理やり摘出するという場合でも、出来る限り手を尽くして副作用がなるべく出ないようにする」


 エリゼさんはセプトに目線を合わせて静かにそう語りかけた。その言葉は静かではあったけど、どこまでも真剣で真摯な物だった。


「でも、個人的には私を信じてこの器具を使ってほしいの。それが一番安全にその魔石を外せる方法だと思うから」

「…………トキヒサ。どうする? 私は奴隷だからトキヒサに従う」


 こんなタイミングで奴隷根性出さなくても。……しかしどうしたもんか。エリゼさんの言う通り、こういうのは自分で決めるのが一番良い。


 だけど、セプトはどうも自分のことでも俺の方針を優先する気がある。自分のことを決めるのは最終的には自分であれと思うんだけどな。





「エリゼさん。いくつか質問があるんですが。まずその器具ってどのくらいの間着けてないとダメなんですか?」

「先ほど調べたセプトちゃんの魔力量、それと魔石の状態から見て、少なくとも七日はかかるわね。魔石の取り換えの時や体を洗う時なんかに短期間外すくらいなら問題はないと思うけど」

 

 七日か。見たところそこまで大きな物でもないけれど、常時着けているというのは地味にしんどいかもしれない。補強はしてあるとはいえ壊れる危険性もあるし、これはサポートしないとマズいな。


「じゃあ次の質問です。セプトが器具を着けている間、魔法とかは使えるんですか?」

「可能よ。魔力を抑えるというより流れを変えるための器具だから。むしろ時々使った方が確実に身体の魔石から魔力を減らせるわ」


 器具を着けたままでも魔法の使用は奨励と。いざとなった時の護身も出来ないんじゃ危ないもんな。となると残るは……。


「……最後の質問です。?」

「思わないよっ!」


 最後の質問の答えは思わぬ所から返ってきた。シスター三人組の…………確か次女のシーメだったかな? ブローチの形から多分そうだと察する。


「エリゼ院長と私達で頑張って作ったんだもん。絶対不具合を起こしたりなんかしないから」

「そう。その通りです。良く言ったわシーメ」

「シーメ姉の言う通り」


 シーメがそう力説すると、他の二人も掩護射撃する。それを聞いたエリゼさんは、困ったようでそれでいて笑っているような不思議な表情を浮かべる。慕われているんだなぁ。


「この子達ったら……でも、そうね。試作とは言え、ヒトを助けるために全力を尽くして作ったわ。なので敢えて言います。不具合を起こすことはないとね」


 ……そうか。今の言葉で腹は決まったな。ならば、


「…………セプト。エリゼさん達を信じてみよう」

「分かった」


 セプトは何のためらいもなく承諾した。……いや少しは自分でも考えようよ。


 正直ドレファス都市長の信頼度なんかを踏まえると、もう最初からある程度は信頼していた。それに着けたままでも魔法の使用有りの時点で、最悪不具合があってもカバーできる可能性が高いと踏んだしな。


 だけど、最後の決め手になったのは三つ目の質問。ここでの質問に対し、シスター三人組は迷うことなく答えた。そして、エリゼさんもはっきりと不具合を起こさないと言ってみせた。


 これはそれだけ自分達の作った物に、あるいは行った仕事に全力を尽くしたという事だ。そういう人は信用できる。


「エリゼさん。こちらからもよろしくお願いします。セプトに埋め込まれた魔石を何とかするのに力を貸してください」


 俺が頭を下げると、エリゼさんは柔らかな微笑を浮かべながら静かに頷いた。

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