第103話 バックアップもしてくれますか?
時は俺達が都市長の頼み事を聞いたところまで遡る。
「愚息に喝を入れるって…………どういう事ですか?」
やけに曖昧な頼みごとに、俺はつい気になって質問を返してしまう。他の皆もどうにもよく分からないといった表情だ。
「うむ。実は先ほどのやり取りで察したかもしれないが、このところヒースは鍛錬や勉学をさぼりがちでな。時々昼間にふらりとどこかに姿をくらましては、夜中近くになって帰ってくるという始末だ。どこへ行っているのかと問いただしても、頑として話そうとしない」
なるほど…………それは確かに気になるよなぁ。ちゃんとした理由があるなら良いけど、話してくれないとなると心配になる。
「その上なまじ剣術も学問も出来るため、大抵の相手を自身より下に見るという悪癖がある。下手な教官では舐められて終わるということもしばしばだ」
うわっ! 何その絵に描いたみたいな良いとこの坊ちゃん像。そういうのは本か何かで読む分には良いけど、実際に居たらかなり扱いに困るよな。
「そんな中にまたアシュ殿が来たのはある意味丁度良かった。アシュ殿はヒースが自分から教えを乞うた数少ない男だからな。下に見ることもない。アシュ殿が連れて行かなかった場合、私からまた頼むつもりだった」
「…………つまり、アシュさんがヒースを足腰立たなくなるまで鍛えたらそれで終わりってことですか?」
「そうだ。今のアシュ殿の雇い主はジューネなのだろう? ジューネからアシュ殿に頼んでくれればよい。どのみちセプトの診察や治療にもかなり時間が掛かる。それに君達もしばらくこのノービスに滞在するのだろう。その間だけで良いのだ」
意外に何とかなりそうだな。……あれっ!? でもこれって苦労するのはアシュさんだけで、俺達は特にすることが無いような。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。これでは結局根本的な問題の解決にはなっていないのでは?」
「その通りだ。これでしばらくは大丈夫だろうが、アシュ殿がいなくなればまた同じことの繰り返しだろう」
ジューネの指摘に都市長は淡々とした口調で返す。その質問は想定内だと言わんばかりに。そう言えば確かにそうだ。
結局なんでヒースがさぼるのか? さぼってどこに行っているのか分からないことには解決にはならない。
「そこでだ。喝を入れるのはアシュ殿に頼むとして、君達にはアシュ殿とは別にヒースにさりげなく近づいて調べてほしいのだ」
…………なんかさらに滅茶苦茶なお願いをされた気がする。多分こっちの方がメインの頼み事だな。
「頼む。私の私兵では面が割れていて、近寄るだけで気付かれる恐れがある。このためだけに新たにヒトを雇い入れるというのもよろしくない。その点君達ならアシュ殿の知り合いという事で近づくきっかけもあるからな。……それに一日中一緒に居ろという訳でもない。アシュ殿の鍛錬のついでに寄って話をするくらいの頻度で良いのだ。それ以外の時間は自由にしてもらって一向にかまわない」
「そんなこと、急に言われてもどうしろって言うんですか? ……やってはみますけど」
「おお! 引き受けてくれるのか」
俺は素直に頷く。セプトのことがあるからな。金も無いし肉体労働で何とか支払うしかない。問題は他の面子がどう動くかだけど……。
「俺は引き受けようと思うけど、他の皆はどうする?」
「……私は遠慮しておくわ。……ただどちらにしても、護衛としてトキヒサの近くにはいるけど」
エプリはそう言って俺の後ろに立つ。……まず人と接すること自体があまり好きじゃなさそうだしな。今回は積極的には動かないって所か。
まあ護衛としては一緒にいるみたいだし、これまでと変わらないと言えば変わらないか。
「私もやる。私の、事だから」
セプトは珍しくやる気だ。自分の身体を治すために必要なのだからある意味当然だが。
「ジューネはどうする?」
「もちろん引き受けますとも。セプトちゃんのためですから」
ジューネは任せておいてくださいとばかりに軽く胸を叩く。……意外だな。いくらセプトのためとは言え、それ以外はあまりメリットはない。
そればかりか、下手をするとそれなりに時間的拘束を受ける可能性もある。商人としてはあまりよろしくない状況だから断るかもと思っていたんだけどな。
「……ちなみに都市長様。引き受けるとなると、当然何らかの協力と言うか手助けをしてもらえるのでしょうねぇ?」
「勿論だとも。セプトの治療は調査が成功しなくとも引き受けた時点で行うし、成功すればそれとは別に何らかの報酬を用意するつもりだ。他にも必要な物があれば手配する」
「そうですか。それは良かったです。報酬の細かい内容は後で詰めさせていただきますね」
ジューネはその言葉を聞いて、以前ダンジョンで見せた営業用天使のスマイルを見せる。
…………待てよ? 考えてみれば、こうして都市長という権力者と面識が出来ただけでジューネにとってはかなりのメリットだ。
その上今の発言から成功報酬と必要なバックアップも約束させた。これなら多少のデメリットを受けてでもやる意味がある。流石ジューネ交渉に関してはしたたかだ。
あとはラニーさんだけど、
「すみません。私は今日中にはここを発たねばなりませんので、ご一緒は出来ないのです。力になれず申し訳ありません」
「力になれずなんてとんでもない。ラニーさんには色んな事を助けてもらいました。……こっちこそすみません。気を使わせたみたいで」
どこかすまなそうにするラニーさんに、俺も静かに頭を下げる。
ラニーさんはこれから諸々の支度を済ませ、セプトの診察を見届け次第調査隊の所に戻ることになる。ほとんど休むことも出来ないハードスケジュールだ。これ以上頼ることは出来ない。
「引き受けてくれるのだな。この度の急な頼み事を引き受けてくれたことに感謝する。それでは早速セプトを医療施設に連れて行くとしようか」
「あ、少し待ってください。先にアシュと合流してこのことを説明しないと」
支度をするために部屋を出ていくドレファス都市長に、ジューネがそう言いながら追いすがっていく。なんかやることが増えてしまったけど、しかしこのままここにいても何も始まらないか。
残った俺達も急いでジューネ達の後を追いかけた。
「という事がさっきまであったんです」
「なるほどねぇ。それはどうにも難儀なことだ」
場面は戻って都市長の屋敷の中庭に。ヒースの鍛錬の休憩中に、アシュさんにこれまでの経緯を説明する。アシュさんはふむふむと木陰に入って静かに聞き、俺が語り終わるとそうポツリと呟いた。
「何ですか他人事みたいに。アシュだって関わっているんですよ?」
「関わっているって言っても、俺は奴の鍛錬の相手をしているだけだしな」
ヒースも現在木陰に設置された長椅子で横になって休んでいる。傍らで座っているラニーさんが診たところ、意識もはっきりしているし怪我の程度も軽いものだという。と言うよりラニーさんに看病されて微妙に嬉しそうに見える。
「いっそのこと俺が問いただした方が早くは無いか?」
「それはやめた方が良いかと。都市長様の話では、下手に直接聞くと警戒して口を閉ざすかもしれないとのことです」
「流石に黙りこくられると俺にも分からないな。となると難しいか」
ジューネとアシュさんが話し合うが、どうにもうまいやり方は思いつかないようだ。かくいう俺もアイデアが浮かばない。
エプリは我関せずといった感じだし、セプトも頭を捻っているがダメみたいだ。今回は一体どうしたものか。
「…………まあ一日で終わるとは思っていませんから、気長にするとしましょうか。幸いこの屋敷に滞在用の部屋を用意してもらえましたし」
都市長からのバックアップがいくつか受けられるのは大きな利点だ。そのうち一つが、この屋敷の客用の部屋をいくつか無料で使わせてくれるというものだ。
宿屋に泊まると宿泊費も馬鹿にならないので、これはとてもありがたい。まあ普通の宿屋に泊まってみたかったという気持ちも少しはあるが、それは資金に余裕が出来てからでも良いだろう。
「そうだな。どうやらヒースも鍛錬をさぼっていたみたいだし、その分を取り返すために少し時間が掛かりそうだ。都市長さんのご要望通りたるんだ心と体に喝を入れてやるとするか」
まずは他の教官にも会って教える内容を決めないとなと張り切るアシュさん。ただ闇雲に教えればよいのではなく、他の教官達の鍛錬内容にも沿わなければいけないので大変らしい。
「今回は都市長の覚えがめでたくなるかどうかの一大事ですからねアシュ。もう気合を入れてビシバシしごいちゃってください。そうしてヘロヘロになった所を私達が話を聞き出しますから」
ジューネが提案したのはつまりアメとムチ作戦だ。上手くいくと良いけど。そこにラニーさんがヒースと連れ立って歩いてきた。
ヒースも大分回復したようなので、そろそろ先に都市長が向かっている医療施設にセプトを連れて行くとするか。
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