第104話 教会と見舞い

「ヒース副隊長ももうそろそろ大丈夫ですので、私達も出発するとしましょうか」

「そうですね。アシュは……」

「済まないがもうちょっとだけ居させてくれ。どうせ一度ここに戻ってくるんだろ? その時に拾ってくれればいい」

「だから用心棒が離れては意味が…………もういいですよ。こういうヒトだって分かってますとも」


 出発しようとするが、アシュさんはここに残るようだ。ジューネは諦めたように軽くため息をついて許可を出す。この二人の関係も謎だよなぁ。用心棒と言う割にはちょくちょくジューネの傍を離れるし。


「もう行ってしまうのか? ラニー」


 出発しようとする俺達に……正確に言うとラニーさんに呼びかけるヒース。もう大分回復したようで、多少ふらついてはいるものの自分の足で立てている。


 あの一撃をもらってもう回復したのはスゴイ。地球に居た頃の俺だったら、一時間くらいまともに動けないんじゃないだろうか?


「はい。このセプトちゃんを医療施設に連れて行って、引継ぎを終えたらまた調査隊に合流しなければ。……鍛錬、頑張ってくださいね。でも。アシュ先生もその点は気を付けてくださいね」

「……あ、ああ。分かってるよ」

「鍛錬に怪我はつきものなんだが……まあ上手くやるさ」


 どこか凄みのあるラニーさんの言葉に、男二人は揃ってうんうんと頷いた。こういう時、女性の言葉に逆らってはいけないのだ。


 そうして鍛錬の続きを行うアシュさん達を残して、俺達は屋敷を出て再び馬車に乗り込んだ。目指すはこの町の医療施設。


 ……しかし考えてみると、医療施設とは言うけれど一体どんなところだろうか? もしや拠点にあった仮設テントを大きくしたようなものじゃないだろうな? 





「皆さん。着きましたよ」


 馬車に乗り込んでしばらく経ち、今度は目の前で事故が起こることもなく目的地に到着した。そしてラニーさんの言葉で降りた先に見たのは、


「ここは…………教会か?」


 見たところ規模としてはそこまで大きくはない。一戸建てよりも少し大きいくらいだ。


 これまで見てきた建物と同じく石造りで、一際高く伸びた屋根の部分にそこそこの大きさの鐘と十字架が飾られている。…………うん。教会だ。


 まあ教会と病院というのは昔深い結びつきがあったというし、教会が医療施設であっても別に驚きはしないけどな。


「うむ。来たな」


 入口の扉の前にはドレファス都市長ともう一人、穏やかな顔をした老シスターが待っていた。


 顔はしわだらけだが背筋はまっすぐ伸びていて、身に着けている修道服も年季が入ってはいるものの、傷やほつれなどは見当たらない。品の良い老婦人といった感じだ。


「お待たせしました。ドレファス都市長。皆様をお連れしました」

「ご苦労。ラニー。……ではエリゼ院長。よろしく頼む」

「はいはい。分かっていますよ。ドレファス坊や」


 エリゼさんと言われた老シスターは、歳を感じさせないしっかりとした足取りでこちらに歩いてくる。…………って言うかドレファス坊やって!?


 都市長が僅かに顔を赤くしている。どうやら恥ずかしかったみたいだ。


「皆さん初めまして。私はエリゼ。この教会の院長をしているわ。……と言っても私以外にシスターが数人いるだけの小さな教会だけどね。フフッ」


 エリゼさんはそう言って明るく笑う。……優しそうな人だ。俺達も各自で自己紹介をする。…………おや? ラニーさんだけ自己紹介をしない。すでに顔なじみなのだろうか?


「……それで? ここでセプトを診るの? ドレファス都市長」

「ああそうだ。ヒトの凶魔化がらみのことを下手な場所で調べる訳にもいかないからな。エリゼ院長なら口も堅く信用できるのでここを贔屓にしている」


 エプリの疑問にそう答える都市長。考えてみればこういう事は情報漏洩が一番怖い。下手に大きな施設だと人目に触れやすいし、このくらいの規模の方がバレにくいのかもしれない。


「さあさあ。いつまでもこんなところに居ないで。中へお入りなさいな」


 エリゼさんが扉を開けて中に入り、そのままこちらを手招きする。


 確かにここにずっといても仕方ないか。教会というとどうも荘厳な感じがして苦手なんだけど、まあセプトのためだ。俺達は扉の中に入っていった。……御者さんはまたここで待機だ。





 教会の中は結構想像していたものに近かった。室内は奥に広い空間になっていて、左右には人が数人座れそうな長椅子がそれぞれ三列ずつ。


 中央には通路があり、そのまま進むと祭壇のようなものが見える。祭壇には屋根についているのと同じ十字架が飾られていた。


 やや地球のキリスト教に近い感じだが、よく見れば十字架に妙な細工がされている。中心部に掘られた円環の周囲に、七つの小さな丸が均等に配置されている。


 教会の屋根に飾られていたものも、遠目だったけど同じような細工が見えた気がするな。一つの円環と七つの丸。この世界の宗教に関係があるのだろうか?


「シスターとしては本来ならここで説法の一つでもするのだけど、今回はそんな場合じゃないわね。さあ。こちらへどうぞ」


 エリゼさんについて奥へ進み、祭壇の脇にある扉から中に入る。どうやらこっちがシスターの居住スペースらしい。


 通路の壁にはいくつかの扉があり、部屋になっているようだ。照明代わりの魔石が一定の間隔で壁に埋まっている。そのまま石でできた通路を進んでいくと、


「「「キャッキャッ!! スゴイスゴイ」」」

「そ、そうか? それならこんなことも出来ちゃうぞ」


 何やら部屋の一つが騒がしい。……いや、何と言うか妙にハモっていると言うか。そしてよく見れば扉が僅かに開いている。

 

「あらあら。まったくあの子たちときたら……ちょっと待っていて頂戴ね」


 エリゼさんは少しだけ困った顔をすると、俺達にそう一言残して一人先に行って扉を開ける。


「貴女達。お客様が来るというのに遊んでいるんじゃありませんよ。……それにバルガスさんも。まだ完全には治り切っていないんだから、無理をしないように」


 なぬっ!? バルガス!? 俺達はその言葉を聞いて急いで扉に駆け寄った。するとそこには、


「「「ゴメンナサイ。院長先生」」」

「すまねえ院長先生。しかしこいつらを責めないでやってくれよ。俺がちょっと調子に乗っちまっただけなんだ」


 綺麗にハモって全く同じ風にエリゼさんに頭を下げる三人のシスターと、同じように頭を下げるバルガスの姿があった。


 シスターの方は顔もほぼそっくりだ。三つ子かな? ……いや、今はそれよりも。


「バルガスさん!」

「うんっ!? その声は…………トキヒサじゃないか! それにお前達も! 見舞いに来てくれたのか?」


 バルガスは俺達に気づいて嬉しそうな声を上げる。エリゼさんは苦笑すると、そのまま三人のシスターと一緒に少し下がる。気を使ってくれたみたいだ。


「ま、まあそんな所です」


 正確にはセプトの診察及び治療のためなんだけど、どのみちいずれお見舞いをしようと思っていたのも事実だ。


 調査隊の拠点でいつの間にかいなくなっていても気が付かなかったしな。悪いとは思っているのでバルガスを傷つけないよううんうんと頷く。


「お加減は如何ですか? バルガスさん。あっ! これ見舞いの品です」

「おう。ありがとよ。まだ全快とは言わないが、大分回復してきたんだ。院長先生が言うには、あと数日もすればまた冒険者として仕事ができるようになるってよ」


 さりげなくリュックから何かの果物を取り出して手渡すジューネ。しまった。見舞いの品を忘れてた。……次来る時に持ってくるから勘弁してもらおう。


 バルガスは果物にムシャリとそのままかぶりつき、嬉しそうな顔で近況の報告をする。


「良かった。早く良くなってくださいね」


 俺が言うのもなんだけど、やはり一緒にダンジョンを抜けた仲だ。元気がないよりは早く良くなるに越したことはない。


 その後他愛のない世間話を少しし、俺達はバルガスの部屋を離れて別の部屋に向かった。今度はセプトもこんな感じに笑えると良いんだけどな。





「ちなみに部屋の中で何をしていたんですか? あの三人と一緒に」

「ああ。あれか。あれは俺が身体を鍛え直そうと腕立て伏せをしていたらあの三人に見つかってな。興味深そうに腕の筋肉を見てるから、よかったら触ってみるかって力こぶを触らせてたんだ。そうしたら予想より喜んだから、今度は一人腕にしがみついたままで持ち上げてやろうとしたんだ。直前で院長先生に見つかったけどな」


 一応病人なんだから、もっと安静にしていてくださいね。

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