第89話 薄れゆく意識の中で

「……ダメ。貴方、死んじゃう」


 俺が魔力の受け皿になるという言葉に、セプトはそう言って止めに入る。でもな、それじゃあダメなんだよ。


「どのみちこのままじゃ皆そうなっちゃうからな。なら一か八か試してみるさ。それに身体の頑丈さには少しだけ自信が有るんだ。さっそくやり方を教えてくれ。腕にでも触れてれば良いのか?」


 俺はセプトを支え直し、その右腕を自分の手で掴む。……掴むというより添えると言った方が正しいかな? 本気で掴んでいたら何かの拍子で力が入りすぎるかもしれない。軽く添えるように持つ。


 セプトはまだ止めようとしていたようだが、俺が譲らないことと、この状況を何とかするにはこれしかないという事が分かっていたこともあって、遂に息を大きく吐いて頷いた。


「…………分かった。でも、どうなっても、知らない」

「おうっ! 望むところ……って熱っ!?」


 その言葉を言い終わるかどうかという所で、セプトの腕から急に熱い何かが俺の身体に入ってくる感じがした。それに呼応するかのように、セプトの身体から出る黒い光の靄の勢いが目に見えて減る。しかし次の瞬間。


「ぐっ!? ぐわああっ!?」


 急に身体を襲う激痛に、俺はたまらず声を漏らす。身体の中で形のない何かが荒れ狂っているような感覚。これが、今の今までセプトの身体の中で暴れていた魔力かっ?


 このたとえようのない痛みに、歯を食いしばって耐えながらセプトの方を見ると、セプトは再び腕を掲げて魔力を頭上に放出していた所だった。目の焦点もはっきりして、さっきよりましになったように見える。


 ……。もう片方の俺が触れている腕はそのまま下に下ろしている。


「大丈夫?」

「……ぐっ! こ、これくらい大丈夫だ。言っただろ。俺は頑丈さには自信があるって。だから、構うことはない。もっと、魔力をこっちにまわせ」


 セプトは俺を気遣ってか、身体の中で荒れ狂う分の一部しかこっちに送っていないみたいだ。そうじゃなかったら両腕をさっきみたいにかざして全体の放出のペースを上げている。


 俺はただ腕を添えているだけだからな。腕が邪魔になるってことは無いはずだ。


「でも、これ以上は、貴方が本当に死んじゃう」

「だがこのままじゃセプトの負担がまだ大きい。セプトが倒れたら結局爆発だ。だから、もっとこっちに送ってくれ。…………それに」


 俺は支えながらチラッと見えたセプトの横顔が、汗にまみれながら疲労の色がとても濃いのを見て取った。無理もないか。俺の受けている痛みよりも凄い物を、現在進行形で受け続けているのだから。


「……美少女が頑張っているのに、何もできないなんて悔しいだろ? …………安心しろよ。俺は死なない。だから……やってくれ」

「………………うん」


 セプトも覚悟を決めたのか、俺の言葉を聞いてもう片方の腕も上げる。当然俺の腕も添えたままだ。そして、


「…………っ!? ぐあああああああぁぁっ!?」


 これまでとは段違いの痛みが全身を襲った。もはや痛みと言うか熱だ。身体の中に真っ赤に熱した鉄か何かが有るのではないかと錯覚するような熱さ。呼吸する息も一呼吸ごとに喉が焼け付くのではないかという感覚にとらわれる。


 ……気が付けば、俺の身体からもセプトと同じような黒い光の靄が僅かに出始めていた。


「もう少し。もう少しだから」


 セプトの方は完全に身体からの靄の放出が止まり、幕の外側の様子はドンドン落ち着いていく。これならもう数分もすれば、


「ぐああああああぁっ!」


 と冷静に考えるのも難しいか。だけど根性でセプトの腕から俺の腕は外さない。今外したらセプトがこれを受けることになる。


 気合を入れろっ! 俺の身体っ! 身体の中で暴れる魔力が何だってんだっ! こんなもの、“相棒”に本気でぶっ飛ばされた時に比べれば痛くないっ! 俺は歯を食いしばりながら、身体を内側から食い破ろうとする魔力を抑え続けた。





 それからどれだけの時間が経っただろうか? 体感では一時間くらいこうしていたようにも感じるが、そんなわけはないと自分に言い聞かす。……そして、その瞬間は急に訪れた。


「…………ふぅ」


 急にセプトが両腕を降ろし、その場に座り込んだのだ。その拍子に俺の腕も外れる。そして、俺の方に振り返ってこう言った。


「もう、大丈夫」


 俺はその時になってようやく気付いた。もうこの幕の外側は完全に鎮静化していて、あれだけ荒れ狂っていた影も元の岩場に戻りつつあるのだと。道理でさっきから身体の魔力がおとなしくなってきたと思った。


「まだ少し残っているけど、時間が経てば消えると思う」

「そっか。良かった」


 それなら、もう、俺も休んで良いかな。俺はその場に腰を下ろそうとして……。


「……おっと」


 急に身体の力が抜けて立っていられなくなり、バランスを崩して倒れこんだ。そのまま地面に直撃するかと思ったが、ボジョが服の中から出てきて咄嗟にクッションになってくれたので事なきを得る。


 ちなみにあの中で、ボジョも僅かだけど魔力の制御を手伝ってくれていたのだ。そのためボジョも大分疲れている。


「ありがとな。ボジョ。……それとセプトも」

「礼を言うのはこっち。助けてもらった。……そんなになってまで」

「いや、まあ、名誉の負傷ってやつだ。気にするなよ」


 身体に力が入らず、何とか首だけ動かして自身を見ると酷い格好だった。身体のあちこちが傷だらけ。力みすぎたのか鼻血も少し出ている。


 傷はこれまでの戦いのものもあるけれど、特に酷いのは


 同じ属性か魔法の達人じゃないと受け皿になれないという理由がよく分かる。魔力が内側から身体を侵食し、皮膚が少し裂けてそこから魔力が血と一緒に漏れ出した時は気絶しかけた。そのすぐ後で魔力がおとなしくなっていなかったらどうなっていたか。


 ……と言うか加護で頑丈になっていなかったら流石に死んでたかもしれん。今更ながらに少し怖くなる。


「それを言うならセプトもだぞ。そのローブの下はもう傷だらけだろ? 俺がこんなになっているってことは、セプトも似たようなダメージを受けているってことだからな。ちゃんと治療しろよ」


 流石に耐性のない俺よりは少ないと思うが、それでもあんな痛みを受け続けたわけだからな。セプトの方も倒れたっておかしくないはずだ。


 ……こんな痛い思いを強いたクラウンの奴は、次会ったら貯金箱マネーボックスクラッシュの刑だ。


「さて…………うっ!?」


 急に目の前に霞がかかったように見づらくなった。頭もくらくらしている。血が上手く回っていないみたいだ。少し頑張りすぎたかな。


「大丈夫っ!? ……えっと」

「そう言えば言ってなかったな。トキヒサだ。トキヒサ・サクライ」

「トキヒサ……?」

「そう。流石にちょっと疲れたから、俺はここで少し休むよ。……セプトはどうする? 今なら逃げることも出来ると思うぜ」


 身体が動かないんじゃ俺にはもうセプトを止めることは出来ない。もう少ししたらエプリやアシュさんが駆けつけてくるとは思うが、それまでに逃げることは十分可能なはずだ。それに対してセプトは、


「ううん。ここにいる。話をするって約束したから」

「そっか。…………じゃあ俺も、少しだけ……眠るよ。起きてから……話を聞かせて……もらうから」


 だんだん意識が薄れていく。悪いけど倒れた後の俺のことはアシュさん辺りに運んでもらおう。いくら何でもエプリに運ばれたんじゃ情けなさすぎるからな。

 

「アシュさん達には……よろしく……言っておいて。ボジョがいれば…………大丈……夫……だから」


 薄れゆく意識の中、何とかその言葉を言い終える。これで安心だ。


 ……そう言えば、これじゃあアンリエッタに報告が遅れそうだな。また怒られるんじゃないだろうか? ……まあ、これだけ色々あったんだから、少しくらいは大目に見てくれよな。


「うん。待ってる」


 そんな声が横から聞こえた気がした。……ああ、約束だ。そんなことを思いながら、俺は意識を失った。

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