第85話 影の嵐への突入

「……準備は良い? もういつ限界を迎えて爆発を起こしてもおかしくない。……時間との勝負よ」

「分かった。アシュさんもお願いします」

「任せろ」


 簡単な作戦を立て、俺達はいよいよセプトの魔力暴走を抑えるために動き出す。その方法はある意味非常に単純だ。


 。ただしそのまま外すのは危険が伴う。


 普通隷属の首輪には、下手に外そうとすると奴隷に害を与える機能があるという。それも単に痛みを与えるものから、身体を麻痺させるもの。場合によってはそのまま奴隷及び外そうとした相手を死に至らしめるものもあるらしいから恐ろしい。


 今回のセプトの首輪がどの程度のものかは分からないが、あのクラウンのことだからとんでもない仕掛けがある恐れもある。


 ならば話は簡単だ。。ダンジョンでマコアの入った宝箱だけを換金した時の応用だ。


 ……先に言っておくが、普通はこんな方法は使えない。奴隷には必ず主人が居て、その人の所有物に近い扱いとして見なされる。身に着けているものも同様だ。


 だから例えばそこらの奴隷の首輪を片っ端から換金して、金儲け及び奴隷解放といったことは出来ない。……と言うより奴隷には罪人の奉仕活動という側面もあるので、適当に解放して凶悪犯を野に放つなんてことは避けたい。


 ……話が逸れた。という事で普通はおそらくクラウンの所有物であるセプトの首輪を換金することは出来ない。しかしそこで、奴の言った置き土産という言葉が意味を持ってくる。置き土産。つまりは立ち去る前に贈り物として残したものだ。


 ならば、という扱いにはならないだろうか?


 いくら所有権を放棄しようが、最後に残した命令は強制されたままだから普通はどうしようもない。そのまま爆発して終わりだ。しかしこの『万物換金』なら首輪を外せるはずだ。


「……タイミングは任せるわ。アナタの銭投げでさっきのようにセプトの影を照らし、出来るだけ周囲の影との繋がりを遮断する。それと同時に私がまた影を抑えるから、動きが止まった瞬間にトキヒサとアシュが突入。アシュが残った影の相手をしている間にトキヒサがセプトの首輪を換金。そのままセプトを叩き起こして魔力暴走を止めさせる。……良いわね?」


 エプリが作戦の最終確認をすると、俺の服にまた入り込んでいたボジョが触手を一本伸ばしてアピールする。自分を忘れるなっていう事かな?


「……忘れていないわ。ボジョはギリギリまでトキヒサの傍に。最悪起きたセプトがまた襲い掛かってくる場合があるから、その時はボジョが抑えて。……私の代わりにトキヒサの護衛を頼むわ」


 エプリの言葉に、ボジョが任せておけって言うかのように触手を振る。


「……よし。じゃあ行こうか」


 こうして、セプトの魔力暴走を止めるための戦いが始まった。





 俺達は再び荒れ狂う影の刃の前に立っていた。……立っていたと言っても、おそらくセプトがいるであろう中心部からは大分離れているが。


 おそらくと言うのは、もはや影の刃の範囲が広くなりすぎて、セプトを視認することが難しくなっているからだ。ドーム状になったちょっとした嵐のような影の隙間から、チラチラと僅かに見るのがやっとだ。


 これ以上近づけば、まず間違いなく身体をズタズタにされるであろうギリギリの位置。作戦はここから始まる。


「でえりゃああぁっ!」


 俺は作戦開始の合図である、一万円分の金を袋に詰めて空に放り投げた。加護のおかげか肩の力も大分上がっているので、袋はグングンと空高く舞い上がっていく。そして、大体影の中心部辺りの上に差し掛かったと思う所で、


「金よ。弾けろっ!」


 上空の袋はつい先程の戦いと同じように、閃光と共に炸裂して一瞬周囲を照らし出した。その一瞬、セプトから伸びていた影が光によって繋がりを断たれ、刃の嵐は少しだけ勢いを弱らせる。だが、


「……嘘だろっ!? まだあんなに残ってる」


 影の侵食は大分収まったのだが、それでも全ての繋がりを断てた訳ではない。よく見ればセプトの所まで、影が何層もの壁になってある程度の距離ごとに重なっている。


 今消えたのは一番外側の層だ。外側が一番広かったようだが、まだ大雑把に見ても全体の半分以上が残っている。


 元となっている分が多すぎたんだ。……これじゃあ。


「トキヒサっ! “光球ライトボール”を!」


 俺が気圧されかけた時、エプリの静かだがハッキリとした声が響き渡った。光球を? 一体なんで…………そうか! エプリの考えに気がついた俺は、素早く小さな光の球を出現させてエプリの方に飛ばした。


 光球はエプリの元に到達すると、その姿を明るく照らして長く伸びた影を作り出す。その影が他に岩場に伸びていた影と重なった瞬間。


「…………“影造形シャドウメイク”」


 そう言ってエプリが地面に手を突いたかと思うと、その場所にあったエプリの影とそこに重なっていた影がウネウネと動き出した。そのまま今度は影がまるで一本の樹のように姿を変え、枝分かれしながらセプトの影に向かって伸びていく。


 そうして影同士がぶつかったかと思うと、影の刃にエプリの影が絡みついて動きを封じていく。それに呼応するようにアシュさんも走り出した。その走りには一点の迷いもない。


「…………相手の数が多いなら、こちらもそれだけの数を揃えれば良いだけのこと。……行きなさいトキヒサっ! 助けたいという言葉が口だけでないのならっ!」


 その言葉で、気圧されかけていた俺の心が再び奮い立つ。……ここまでされたのに動かなかったら男じゃない。


「分かった。ありがとエプリっ!」


 俺はエプリに向かって礼を言いながら走り出した。助けたいという言葉が口だけじゃないことを見せてやる。目指すはセプトただ一人。全速力で突撃だっ! 





「すみませんアシュさんっ! 少しだけ足が止まってました」


 エプリが食い止めている影の層を潜り抜け、俺はアシュさんの所に合流する。先に来ていたアシュさんは、一人影の刃と大立ち回りを演じていた。


 四方八方から襲い来る影の刃を刀で切り払い、時には紙一重で回避する。まるで何処から襲ってくるのかが全て分かっているかのような、鮮やかともいえる動きだった。


「なぁに。こちらも身体が暖まってきた所だ。それにお前なら必ず来ると思っていたさ。以前ダンジョンで、見も知らぬ他人を助けようしたお前ならな」


 アシュさんはこちらを向かずに戦いながらそう言った。ダンジョンでって……あぁ。凶魔化してたバルガスのことか。あの時初めてアシュさんとジューネに会ったんだよな。


「お前はあの時言ってたろ? 目の前の人のピンチを見捨てて迎える明日よりも、助けて迎える明日の方が気持ちがいいに決まってるじゃないですか!! って。……あの言葉に嘘は無かった。あれは奴の言葉だ。そういう奴は信用できる」

「そうですか? 我ながら結構自分勝手なことを言ってる気がしますけど…………ねっ!」


 俺はアシュさんの方に走りながら、貯金箱で襲ってきた影の刃をぶん殴った。そこらの岩を簡単に切断する影の刃だが貯金箱の強度の方が上らしい。


 アシュさんが斬ってもそうだが、ダメージを受けると影の刃は霧散していく。制御の上手くいっていない今ならすぐに再生すると言うのは無いみたいだ。こんな所で耐久戦なんてことにならなくて良かった。


奴よりは大分マシだな。……よし。俺が先導する。トキヒサは自分の身を護りながらついてこい。ボジョはトキヒサの死角を護れ」


 気が付くと、影の層の一部に人が通れるくらいの穴が開いていた。いつの間にかアシュさんが道を切り開いていたらしい。俺は穴を潜り抜けるアシュさんについて、より深く影の層に侵入していく。


 奥に行けば行くほど影の刃は数を増やしていく。自分の身を護りながら少しずつ前進するのだが、だんだん貯金箱でも防ぎきれなくなってくる。一つ間違ったら俺は何度も串刺しかバラバラの死体になっていただろう。


 そうはならなかったのは、凄まじい先読みで影の刃の半分以上を引き受けてくれたアシュさん。そして、自分では躱しきれなかった攻撃を捌いてくれたボジョの力によるものだ。





 ……どれほど時間が経っただろう? 三十分くらい戦い続けたような気もしたが、腕時計をチラリと見ると十分も経っていなかった。それだけ集中していたということらしい。


 僅かにチラチラと見えるセプトの姿に向かい、ひたすら俺達は進み続けた。そして、


「…………トキヒサっ! あと少しだっ!」


 アシュさんの言葉に、俺は向かってくる影の刃を貯金箱で受け止めながら顔を上げた。アシュさんの視線の先には…………居たっ! セプトだっ! 最後の影の層。その先にハッキリとセプトの姿が見える。


 彼女はさっき見た時と同じように、瞳を閉じたまま苦悶の表情を浮かべていた。その影は異様なほどに広がり、そこから次々と影の刃が作られていく。やはり本体であるセプトに近いためか、刃の大きさも数もこれまでと段違いだ。


 しかし、何故か最後の層の内側。セプトの周囲二メートルくらいには一切影の刃は無い。外側の刃はめったやたらに暴れまわっているというのに、まるで台風の目のようにぽっかりとそこだけ静かだ。


 もしかしたらあれも首輪で強制された命令なのかもしれないな。仮にセプトを魔力暴走で爆弾にする気なら、爆発する前に自分の影で自分を傷つけられるのはマズいはずだ。だから使い手には攻撃するなという命令が有ってもおかしくはない。


「アシュさんっ! あれなら至近距離まで近づけば」

「ああ。近づいてさえしまえば邪魔されないみたいだな。……もうひと踏ん張りするとするか」


 俺達はセプトの目を覚ますべく、最後の壁に向かって走り出した。

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