第三章 ダンジョン抜けても町まで遠く

第66話 用心棒と調査隊

 近づいてくる人達は何者か分からない。さて、どうしたものか。


「エプリの嬢ちゃんとトキヒサは、ジューネとバルガスを連れて隠れてな。大丈夫だと思うが念の為だ。俺がまず話をしてみる」

「何を言うのですかアシュ!? 私も一緒に行きます。交渉事なら私が居なくてどうしますか!」

「…………分かったよ。じゃあジューネは俺と一緒に居な。まあいざとなったら護りながら逃げるくらいは出来るさ」


 よく見れば微かにジューネの足が震えている。それでもついていこうとするのを、アシュさんは仕方ないなあという顔をしながら渋々認める。荒事になっても何とかなる自信があるのだろう。俺とエプリは言われた通りに近くの岩陰に身を隠す。俺も出ていきたいが、下手に足手まといになったら目も当てられないからな。ここは我慢だ。


 そのまま少しそこで待っていると、ようやく謎の集団の姿がはっきりと見えてくる。それは……。


「……何だあれ?」


 数は全部でざっと三十人と少し。そのうちの大半が揃いの濃い緑色の制服を着て、これまた揃って馬に騎乗している。馬もただの馬ではなく、尾がいくつも生えていて少し額から角らしきものが見えるものだ。ユニコーンの親戚かね? ファンタジーならユニコーンでもペガサスでも居たっておかしくはないが。


 集団はアシュさん達を見つけたらしく、そのまま近づいて行って少し前で動きを止める。そのまま指揮官らしい少し他の人より服装が立派な人が馬から降り、そのままアシュさんに向かって歩いていく。アシュさんの方も近づいていく。これから何が起こるのかとひやひやして見ていると、


「…………えっ!?」


 なんと、互いに手を出してがっしりと握手したのだ。エプリが知らなかっただけでこの世界にも普通に握手はあったらしい…………じゃなくて、あの人は知り合いだったのか? アシュさんはそのまま何か話したかと思うと手を離して、ジューネと共に俺達が隠れている方に向かって歩いてきた。


「もう大丈夫だぞ。話はついたからな」

「まったく。心配して損しました」

「あの、何が何だかよく分からないんですけど、あの人たちはアシュさんの知り合いですか?」


 気楽な態度で言うアシュさんと、完全に震えも止まって落ち着いた感じのジューネ。二人だけで納得してないでこちらにも説明してほしいのだが。


「それが奇妙な偶然がありまして…………調

「あと隊長は俺の知り合いだな。飲み友達だ」


 調査隊って町にいるという話じゃなかったっけ? あと飲み友達って何? まあ早く合流できたことは良いことか。俺は頭の上にはてなマークを浮かべながらも、何とか前向きに考えることにした。





「おおっ! あなた方がアシュ先生のご友人で?」


 話がよく分からないまま、俺達は調査隊の隊長さんと引き合わされた。隊長さんは隊長と言うにはまだ若く、二十代半ばくらいだろうか? 人の好さそうな顔をしていて優しそうな印象の人だ。……というかアシュ先生って?


「私はこの度ダンジョンの調査隊の隊長を任じられました、ゴッチ・ブルークと申します。アシュ先生には大変お世話になりまして、この度またお会いできて嬉しく思います」


 隊長さん……ゴッチ隊長は、ビシッと姿勢を正してこちらに敬礼する。見れば他の調査隊の人達も馬から降りて敬礼している。…………アシュさん一体何したんだ?


「ああ。以前少し縁があってな。一時期ちょっとだけ剣とか体捌きとかを教えたことがある。……よく見たら今回の調査隊はその時の奴らばかりだな。お前ら元気にしてたか?」

「「「はいっ! 先生!」」」


 なんか物凄く慕われている。しかし先生って…………アシュさん二十歳くらいの見た目だけど、調査隊の人達明らかに年上の方々も結構いるんだよな。どうにも違和感がある。年功序列の考え方がある日本人特有の物かな。アメリカとかだと実力主義だから年齢関係ないかもしれないけど、異世界もそんな感じかね?


「しっかし調査隊が来るとは聞いていたがゴッチが隊長とはねぇ。ダンジョンの場所的に来てもおかしくはないとは思っていたが、順調に出世しているじゃないか」

「全て先生の薫陶のおかげです。短い期間ではありましたが、様々なことを教わりました」


 肩を組んで笑いながらそんなことを話しているけど、その合間合間にアシュさんがゴッチさんの背中をバンバン叩いている。微妙に隊長が痛そうな顔をしているのでそろそろやめたげて。


「アシュ。もうそろそろ」

「おっといけね。つい知り合いに会ったもんで嬉しくてな。悪い悪い」


 アシュさんはそう言われて姿勢を正すと、ゴッチさんに向き直って少しだけ真面目な顔をする。


「ゴッチ。紹介するぜ。まず俺の今の雇い主のジューネ。それとこっちが途中で知り合ったトキヒサとエプリ。それとそこの荷車で寝ているのがバルガスだ」

「ジューネと申します。しがない商人をしています。何か入用な物があれば是非ご一報を」

「トキヒサって言います。どうぞよろしく」

「……エプリよ」


 アシュさんが順々に俺達を紹介していく。ゴッチさんも一人一人よろしくと握手していく。第一印象通り良い人みたいだ。そして極めつけは、


「……あまり利き腕は預けたくないの」


 とどこぞのスナイパーみたいなことを言って握手をしようとせず、おまけにフードを被ったままで思いっきり失礼なエプリの態度にも別に怒らない。それどころか「私が何か気に障るようなことをしてしまったのでしょうか?」なんてこっそりアシュさんに聞いていたりする。


 バルガスを見た時なんか「これはかなり衰弱していますね。大丈夫です。うちの部隊には腕の良い薬師も同伴していますから。すぐに診てもらいましょう」と言って調査隊の人を呼んできた。かなりレベルの高い良い人だよ隊長。バルガスもこれならもう大丈夫だろう。一安心だ。


「助かるぜ。ところでゴッチ。新しく見つかったダンジョンについてなんだが」

「はい。……もしや先乗りしたんですか先生! 確かに前情報があれば助かりますし、先生ほどのお方であれば大抵の場所は問題ないとは思いますが、我々にも段取りと言うものが」

「それについては私から説明します。……よろしいですか?」


 ゴッチさんの言葉にジューネが割り込む。交渉事なら自分がって前から言ってたからな。その際にこちらの方をチラリと見てくる。コアのことで一番話を聞いているのは多分俺だろうからな。説明するのも俺でなくて良いのかという事だろう。俺は構わず進めるようにという意味を込めて目くばせする。


「……少々お待ちを。それならばこんな所で立ち話もなんですので、先にそのダンジョンの近くまで行って陣を張りましょう。先生。大変恐縮ですが、陣を張るのに適した場所を知っていたらお教えいただきたいのですが」

「分かった。丁度来る途中に良い場所が在ったからな。そこまで先導するぜ。……すまないが乗り物を用意してくれるか? 怪我人や疲労困憊な奴もいるんだ」

「それなら輸送用の馬車があります。多少揺れますが布を敷けば大丈夫かと。中も大分余裕を持って空けてあるので皆さん全員が乗っても問題ありません」


 その言葉に調査隊の奥の方を見ると、成程かなり大きい幌付きの馬車がある。地球で言うと大型トラック並みの大きさで、御者席には馬が四頭も繋がれている。その馬も他の調査隊の人達が乗っているのとは少し違って、全体的にややずんぐりむっくりしている。速くはなさそうだがその分馬力は期待できそうな感じだ。


「さあ皆様どうぞ中へ。先導していただく先生には予備の馬をお出しします」


 俺達は調査隊の人に手伝ってもらいながらも全員馬車に搭乗する。中は少し荷物でごちゃごちゃしていたが、ちゃんとロープで固定されているようで安心だ。


 御者の人に布を敷いてもらい、それと一緒にラニーという薬師の女性が同乗してバルガスの診察を始める。起こされたバルガスは最初は戸惑っていたが、今ではまんざらでもなさそうな顔をしている。ラニーさん結構美人だもんな。十人に聞いたら七、八人は美人って答えるくらいの整った顔立ちだ。


 アシュさんに貸し出されたのはこげ茶色っぽい毛並みの馬だった。軽くアシュさんが背を撫でると、何故か自分からすり寄っていく。あの馬が人懐っこいのかアシュさんが馬に好かれやすいのかは分からないけれど、俺的には後者じゃないかと思う。


「では出発しましょう。先生。お願いします」

「分かった。よっと!」


 アシュさんは颯爽と馬に跨ると、そのまま軽く手綱を握って足で合図する。すると馬はまるで嫌がりもせずにそのまま走り始めた。それに続くように、隊長を筆頭に調査隊の人達も出発する。合わせて俺達が乗っている馬車も御者の人が出発させた。殿に調査隊の人が数人後から来ているので、後ろへの警戒も怠っていないようだ。これなら盗賊が来てもよほど大規模でなければ襲われることはないと思う。





「うわっと!? 初めて馬車に乗ったけど、やっぱり結構揺れるな」

「……そう? 布もあるし大分揺れも少なめだと思うわよ」

「そうですね。乗合馬車にはよく乗りますが、この馬車は相当乗り心地が良い方ですよ」


 俺達はのんびり馬車の旅をしていたが、どうにもガタガタと揺れるのは落ち着かない。地球の乗り物がいかに乗り心地が良いかというのがよく分かるな。それにしても、


「さっき出たばかりなのにすぐとんぼ返りとは…………なんか顔が出しづらいな」


 まだ別れてから一時間くらいしか経っていないからな。さっきあれだけ見送りをしてもらった身としては居心地が悪いというか。いや、またなって言っておいたから行くのは当然なんだけど、話が急展開すぎて何が何だか。


「そう言えばジューネ。色々予定が変わったけどこれからどうする? 交渉はこの人達相手で良かったのか?」


 元々の予定では、交渉は調査隊の人達だけではなく他にも何人か町の有力者を交えて行うつもりだった。最初はそんな有力者と繋がりがあるのかと不思議に思ったが、商人としての人脈もあるだろうからあり得ない話ではない。それが調査隊の人達だけに話をしては問題があるんじゃないだろうかと思ったのだが、ジューネは別に困ってはいなさそうだ。


「元々他にも有力者を呼ぶつもりだったのは、相手が信用できない相手だった場合に有力な証人が必要だったためです。それならそう簡単には契約を反故に出来ませんからね。しかしアシュの知り合いであればそれなりに信用できます。他に話す予定だった相手には、あとで町に行った時にまた話を持ち掛けるので問題ありません」


 それはそれで大丈夫なんだろうか? だがまあジューネがそう言うなら一応おいておく。バルガスの方を見ると、ラニーさんの診察が終わって何か薬をもらって飲んでいた。


「かなり衰弱していたので、まずは体力を回復させるポーションを出しておきますね。怪我の類はなさそうですが、まるで飲まず食わずで数日動き続けたみたいに疲労が溜まっています。何があったのかお話を願えませんか?」


 流石薬師。少し診察しただけでかなり細かい所まで把握していた。実際バルガスは凶魔になって、二日間ダンジョンを彷徨っていた可能性が高いからな。加えて人が凶魔になるなんて体に負担がかかって当然だ。


「ジューネ。話すけど良いよな?」

「今回は人命優先ですからね。情報の拡散は痛いですが仕方ありません」


 人が凶魔化するなんてことは情報通のジューネでも知らなかった。つまり一般には知られていないことだ。そんなことをホイホイ喋るのは色々と問題がある。しかし何も言わずにこのままバルガスに何かあったら大変だ。一応これから交渉するジューネにも確認を取るが、何だかんだで利益よりも人命を優先するのは助かった。俺はバルガスがダンジョンの中で凶魔化していたことをラニーさんにかいつまんで説明する。


「そんな事が…………にわかには信じられません」


 まあそれが普通の反応だと思う。あれは実際に目の前で見ていないと信じられない。ラニーさんも困惑していたが、何度も説明してあくまで仮定の話として受け止めてくれたようだ。


「それが仮に本当だとしたら、なるべく早く町に連れて行ってもっと綿密に身体を調べた方が良いかもしれませんね。疲労は回復できても後遺症が残っては大変です」

「それについてもあとでゴッチ隊長との交渉の場で話し合います。ですのでこのことはその時まで伏せていただきたいのですが」


 ラニーさんは快く承諾してくれた。職業柄相手の秘密を知ってしまうことが多い分、秘密の漏洩にはとても気を付けているらしい。少しほっとして、俺達はしばらくの間これからのことを話し合った。交渉の内容の確認。話の持っていき方。最悪交渉が失敗した時の別案も。


 バルガスも一応参加させたのだが、ラニーさんの指示により途中で退席。また横になってもらう。何だか仲間外れになっている気もするが、美人の薬師さんに介護してもらえるという事で許してほしい。そしてそのまましばらくすると、


「見えてきたぞ。あそこなら大丈夫だろう」


 先導するアシュさんの声がこちらにまで聞こえてきた。どうやら陣を張る場所に着いたようだ。終わったらそのまま交渉だからな。頑張ってくれよジューネ。

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