第42話 思うだけでも禍の元?
◆◇◆◇◆◇◆◇
異世界生活八日目。
俺は荷車に結ばれたロープを肩にかけて牽きながらダンジョン内を歩いていた。両手を使っているため松明は持てないが、代わりに光属性の光球を周囲に浮かべているので暗闇という訳ではない。その荷車の上には、昨日戦った元ゴリラ凶魔の男が横になっている。男の横にはヌーボ(触手)が陣取り、時折身体の位置をずらして床擦れしないように配慮している。出来たスライムだ。どのようにしてこんな状況になったか。それは今日の朝にさかのぼる。
「では、そろそろ出発するとしましょうか」
朝食を食べ、荷物を点検し、周囲を索敵する。そしてそろそろ朝の九時を回ろうかという時、もうここでやることはないって時に、ジューネはそう時間切れを切り出した。元々いつ出発するかは決まっていなかったが、本来ならもっと早い時点で出発していただろうと言うのはエプリの言。それをここまで引き延ばしたのは、ジューネの方も出来れば残って助けになりたいと思っていたからだと、俺は勝手に想像する。
展開していた店を元のリュックサックに戻し、再びそれを背負うジューネ。……明らかに重量が物凄いことになっていると思うのだが、それを軽々と背負っているのは一体どういう事なのだろうか? アシュさんも服の帯を締めなおし、腰に二振りの刀を提げてジューネに従うように立ち上がる。
「……行くの?」
「はい。すでに大分時間を使ってしまいましたから。情報の価値は時間が経てば経つほど下がっていくものです」
エプリの問いかけに、ジューネは軽く肩をすくめながら困ったような顔で返す。
「こちらが約束の品です。お確かめください」
昨日の約束の品。怪我人を運ぶための折り畳み式荷車や、近くのモンスターを寄せ付けないための使い捨て魔道具。その他役に立ちそうな品の数々がエプリと俺の前に積み上げられる。…………ホントにどんだけ入ってたんだあのリュック!?
「…………確かに。……ではこっちも」
品物を確認すると、エプリは手元の紙の束をジューネに手渡した。中身は俺とエプリで作成した、ここまでの道のりを地図にまとめたものだ。地図自体はここまでにちょこちょこ書いていたのだが、実際に渡すとなると何だかんだで不明瞭な所も多かった。なので二人で額を寄せ合って、細かいところを書き直していったのだ。朝方のみの短い時間ではあったが、大分見やすくなったんじゃないかと思う。
「…………取引成立ですね」
ジューネも中身をパラパラとめくって確認すると、地図を懐にしまってニッコリと笑いかける。相変わらずの見事な営業スマイルだ。世の客商売の方々には是非手本にしてほしいレベルである。
「互いに良い取引であることを願いますが……」
そこでジューネは一度言葉を止めて、眠っている男の方をチラリと見る。彼は昨日からずっと眠りっぱなしで一度も目を覚まさない。ずっと飲まず食わずでは身体が弱る一方なので、果物をすりつぶしたものを時折飲ませている。点滴とかがあればいいのだが、流石にそれはジューネも持っていなかった。どうやらまだ技術的にも医学的にも開発されていないらしい。
「……約束は約束。アナタが出発する前に彼が起きなかっただけの話よ」
「そうだな。ジューネは色々用意してくれたし、アシュさんには助けてもらった。礼こそ言え、文句なんて言わないぞ。そっちは急いでるんだろ? 後は俺達が何とか連れて行くから、ジューネ達は先に出発しなよ」
この二人がいなかったらそもそも助けられなかった可能性が高いからな。それに比べればまだ五体満足に無事でいるし、運ぶための道具もある。難易度はグンと下がっているのだ。これ以上は罰が当たるっていうくらい恵まれているとも。
「そうですか…………分かりました」
ジューネはそう言うと、こちらに背を向けて通路の方に歩き始める。すでに周りの通路の先にスケルトン等の巡回がないことは、エプリとアシュさんによって確認されている。ここにいるだけで周囲の様子を探れるというのは凄まじく有用だ。これがあったら“相棒”に怒られそうな時も素早く逃げることが…………ダメだな。多分位置が分かっても逃げきれずに捕まる気がする。
「……結局出発するのか?」
「えぇ。当初の目的を忘れてはいけませんから」
アシュさんが行こうとするジューネに声をかける。その声は決して彼女を咎めているのではなく、あくまでも確認の為のようだった。そして返事をしたジューネが通路に向かうと、自分もすぐ後ろについてスタスタと歩いていく。
「…………ですが」
通路に入る直前、ジューネはそこでピタリと足を止めた。
「……先ほどの地図にはやや分かりにくいところがありましたからね。そこの部分を少し確かめてからでも良いでしょう」
やや棒読みなジューネのその言葉に、アシュさんは少しだけ笑ったように見えた。
「そういうとこ商人としてはどうかと思うけどな。まあ、だから俺は付き合っているんだけどな」
「……何を言うんですかアシュ。これはあくまでも取引の一環。取引内容に不備がないようにより細かな確認を必要としたためです」
「はいはい。そういう事にしておくよ。それじゃあなるたけの~んびりと確認するとしますか」
「の~んびりとじゃダメです。至急かつ速やかに、それでいて細かな所までキッチリと……ですよ」
二人はそうこちらに聞こえるようなやや大きな声を出しながらこちらに戻ってきた。…………うん。なんだかんだ言ってもう少し待ってくれるのだから、やはりこの二人は良い人だ。俺はこの世界に来て色々酷い目にあっているが、出会う人の運だけは絶好調だと思う。……あのクラウンの奴は除くけどな。
男が目を覚ましたのは、俺達が地図の内容を細かく話し合って一時間経った時のことだった。……というか一時間もよく細かな所まで粘ったなジューネ。もう俺もエプリも話すことが無いってくらいなのに、聞いた話と自分達の情報を基にして新たな地図を作成しつつあったぞ。
「……それじゃあ何も覚えてないってことなのね?」
「あぁ。助けてもらって悪いんだがな」
男は自分の名前をバルガスと名乗った。中々に屈強な身体で、歳は以前の見立て通り三十一だという。職業は冒険者。以前牢の中でイザスタさんから聞いたのだが、冒険者と言うのは要するに何でも屋だ。よくライトノベルやゲームで見るように、依頼さえ受ければそれが報酬と危険度と労力に合う限り大抵のことをこなす職業。内容は町の人のちょっとしたお手伝いから危険なモンスターの討伐まで様々だ。さらにそこから細かく専門とするものが分岐していき、冒険者というのはその職業の総称でもあるという。
バルガスの職業はハンター。冒険者の中でも、主にモンスターを狩って生計を立てる者であるという。基本的にソロで活動していてランクはC級。年齢や実績から考えるとそこそこの位置づけらしい。ただ、ここに来るまでの記憶がぽっかりと抜け落ちているようだった。
「最後に憶えているのは、依頼で町はずれの街道に出たはぐれのブルーブルを狩っていた時だ」
ブルーブルとはデカくて青い肌をした牛型のモンスターで、いつもは群れて平原地帯を縄張りにしている。しかしときたまはぐれて町の近くや街道に出没することがある。そのままにしておくと危険なので、発見されたらすぐ追い払うか仕留めるかの依頼がなされる。
群れを相手取るのはとても危険だが、一頭だけならC級一人だけで十分勝てる。それにブルーブルは肉がそれなりに高く売れ、皮や角も様々な素材に使えるのでかなり割の良い相手だ。勢い込んでそうしてブルーブルを仕留めた時、突然後ろから声を掛けられたという。
「多分男の声だと思うがどうもはっきり思い出せねぇ。とにかく後ろから声を掛けられて、振り向いた瞬間胸のところに痛みが走ったんだ。そうしたら急に気が遠くなって、気が付いたらここに至るってわけだ。……あんまり役に立てなくてすまねぇな」
「…………いや。参考になりました。ありがとうございます。まだ身体が弱ってますから、横になっていてください」
俺達はこれでひとまず話を打ち切る。まだまだ聞きたいことはあったが、人に戻ったばかりで根掘り葉掘り聞いたら身体に良くないだろうからな。またそのうち聞くとしよう。それにしても、
「……まだ歩くことは難しそうだし、やはり荷車で乗っけていくしかないか」
「そうですねぇ。本来なら一緒に行く以上、道具を提供するというのは無しでも良いのですが」
今バルガスが着ている服も、飲んでいる水も、用意したのは全てジューネだ。もしここで全て返せと言われたら、バルガスは裸一貫でダンジョンに放り出されることになる。どうやら自分が身に着けていた物は何処かに落としてしまったらしく、金も無いから支払いも出来ない。だが、
「アシュに護衛させると約束した以上、護衛しやすいように用意を整えるのも取引の内ですね。引き続きこのままで行きましょう」
やはり色々言いながらも、助けようとする意思は変わらないようだ。
「さて。いくつか方法を考えましたが、時間も有りませんし手早くまとめるとしましょう。…………トキヒサさん!」
「おうっ!」
急に呼ばれたので少し驚いたが、なるべく驚いていないように返事をしてみせる。こちらを見たエプリとアシュさんがクスリと笑ったような気がした。……笑うなよっ!
「これから貴方には、ある意味で一番過酷な仕事をしてもらうことになります。覚悟は良いですか?」
「任せとけ。スケルトン軍団の追撃だって何とか戦ってみせる。あのボーンビーストくらいになると厄介だが、普通のスケルトンなら奇襲さえ防げれば多分勝てるだろう」
俺は意気込んでそう返す。これまであまり活躍できなかったからな。助けてもらった借りを返すために、気合を入れていくぞ。どんな仕事でもかかってこ~い。
そして現在に至る。確かにある意味過酷な仕事だ。俺はバルガスが横になっている荷車を引っ張っていた。どんな仕事でもかかってこ~いと考えるべきではなかったかもしれない。
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