閑話 嘘を見抜く男

 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 パチパチと焚き火が弾ける。その明かりに照らされながら、アシュは一人火の番をしていた。無論周囲の警戒も怠っていない。……いや。意識せずとも周囲を探ってしまうと言うべきか。


 今のところこの部屋に近づいてくる者はいない。通路に仕掛けを施したことにより、この部屋は下級モンスターから自然と避けられるようになっている。無理やりに入ろうとすれば意外にあっけなく入れるようなものだが。


「…………まだ起きてたのか。早く寝な。朝になったらすぐ出発だろ? あいつらとの取引がどっちに転ぼうともな」


 アシュは他の者を起こさぬよう静かに、しかし今起きているであろう自分の小さな雇い主に対して声をかけた。ジューネはしばらく動かなかったが、これはもう仕方ないともぞもぞ寝袋から這い出してきた。


「……ちょっと話があって。隣良いですか?」


 アシュが何も言わなかったので、ジューネは肯定だと受け取ってのそのそとアシュの横に座って焚き火にあたりはじめる。並んで焚き火にあたる商人と用心棒。そのまましばし焚き火の弾ける音だけが聞こえる。


「…………まず先に謝っておきます。さっきはゴメンナサイ。貴方の意見も聞かずに取引に付き合わせてしまって」


 先に口火を切ったのはジューネの方だった。彼女の方から話があると言ってきたのだから当然と言えば当然だが。


「あの場合、護衛である貴方の意見を聞いてから取引に組み込むべきでした。場合によっては護衛対象が増えて貴方の負担が大きくなりますからね。これは私の不手際です」

「良いって。どのみち俺の意見を聞いた後でも取引自体はやめなかっただろ?」

「それは…………そうですね。その方が儲けがあると踏みましたから」


 どうやら彼女にとって、アシュを取引に組み込むこと自体は決まっていたらしい。あくまで謝ったのは、勝手に組み込んだことのみのようだ。





「……それで、あの人達の話したことをどう見ますか?」

「話したって……ここに来るまでの話か? それとも取引のことか?」

「両方です。貴方の率直な意見を聞かせてください」


 その言葉に、ふ~むと目を閉じて考えるアシュ。ジューネは何も言わずにただ答えを待っている。十秒ほど経って、アシュは目を開けて軽く膝を打った。


「ここに来るまでの話は微妙に嘘が混じってる。多分おおよそは本当だろうが、どこか肝心のところを話していないってとこか。さしずめエプリの嬢ちゃんの辺りだな。隠してんのは」


 ジューネはアシュの意見に高い信頼を寄せていた。その理由の一つは、彼は相手の嘘を見抜く能力があるからだ。それが何らかの加護かスキルかはジューネも知らない。アシュ曰く誰でも練習すればこれくらいは出来るようになるらしいが、彼の場合は相手が嘘を吐けばほぼ百発百中で反応する。あくまで何か嘘を吐いているという事しか分からないらしいが、騙しあいが日常茶飯事の商人の世界では非常に有用な能力だ。


「成程。では取引の方は? 情報が間違っている可能性はありますか?」

「こっちはさっき言ったように嘘は吐いていなかった。あるとすれば自分で気が付かない間違いだな。探査に失敗したとか、あとからダンジョンに手が加えられたとかな。……まあ嬢ちゃんの探査能力は相当高いぜ。そこは確認したから間違いない」


 アシュはエプリとの話し合いの中で、互いの能力を一部打ち明けあっている。エプリが見せたのは、風を通じて周囲の情報を探る方法。風の流れがある限り、広範囲かつ細かな情報を得ることが出来る優秀な能力だ。風属性の使い手でもほんの一握りしか出来ないであろう精密かつ圧倒的なコントロール。まさにこの妙技に、アシュはすこぶる感心していたのだ。


「それなりに情報の正確性は保証されていると。……それなら安心です」


 ふぅと小さな商人は軽く息を吐いた。取り扱う情報が正しいかどうかはいつも気にかかるものだ。今回のような大金が動く可能性のある場合は特に。


 どこの世界でも、一番儲かる可能性が高いのは最初に足を踏み入れた者だ。無論そこには危険が伴う。あとから来れば来るほど安全ではあるが、その分実入りは少ない。


「…………今回のことが上手くいけば、私の目的に大きく近づきます。そのためにも、調査隊にはなるべく高く情報を買っていただかないと」

「そうだな。……おっと。商人が暗くなってちゃお客さんも寄ってこないぜ。ほらっ! 笑顔笑顔!!」


 呟くジューネの横顔はどこか張り詰めていて、それを見たアシュは両手の指で彼女の口角をあげて見せる。最初は嫌がっていたジューネだが、すぐに自分で営業スマイルを作ってみせた。


「よしよし。その調子その調子。……それじゃあ話が終わったんならそろそろ寝な。明日も歩くぞ」

「はい。見張り番よろしくお願いしますね」


 そう言うと、ジューネは軽く服をパンパンと払いながら自分の寝袋に戻っていった。そしてすぐに寝息をたてはじめる。まだ疲れていたらしい。それを確認したアシュは、再び火の番と見張りに戻る。火が弱くなってきたら薪を足し、時折自分の雇い主や一緒に行くかもしれない者達に視線を向ける。





「…………まだ交代の時間には少し早いぜ」

「……アナタとジューネの声で目が覚めてしまったのよ」

「それは悪いことをしたな。スマンかった」

「……いえ。丁度良かったわ。どうせ早めに交代するつもりだったから」


 ジューネが寝入ったのを見計らったかのように、今度はエプリが起きだしてきた。交代まではまだ三十分ほどあるが、そのまま焚き火の近くにやってきてアシュの対面に座る。


「…………どうしたの? 交代なのだから自分の寝袋に戻ったら? 別に元々の予定時間まで粘るなんてことは要らないわよ」

「ああ。いや。一応聞いておきたいことがあったしな。折角早く来たから今のうちに聞いとこかなって思ってな」


 アシュはそう言うと、もう一度ざっと通路周りを確認する。仕掛けが壊されたわけでもないが、こまめに点検は見張りとして必要だ。


「聞いておきたいこと? 取引についての内容確認とか?」

「いや。そういうのじゃなくて…………実は人を探してるんだ」

「人?」


 エプリは首を傾げる。


「ああ。もしかしたら知ってるか? 





 そしてダンジョンの夜は更けていく。

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