第34話 予想外の遭遇

「……マズイわね」


 それは休憩を終えて、俺達が再びダンジョンを進み始めてしばらくした時のことだった。時間は午後の八時頃。もう少しで階段というところで、定期的に周囲の様子を探っていたエプリが急に顔色を変えたのだ。


「どうした?」

「……この先の部屋に動きがある。おそらくスケルトンが少なくとも五体。それと一体動きの速い奴……多分ボーンビースト」

「数が多いな。これまでみたいに避けては通れないか?」


 少なくとも六体以上は居るなら、出来れば通るのは避けたいものだ。俺のその言葉に、エプリは静かに首を横に振る。


「……ここを避けて行くには相当時間がかかる。少なく見積もっても数時間。それに、ここの奴らは部屋から移動する気配がない。つまりこれはという事。それが私達なのか、それとも他の誰かなのかは分からないけど」

「……つまり、これがもし俺達を待ち伏せているものだったとしたら」

「下手に回り道をしても、移動中に待ち伏せの場所を変えられたら意味がない。しかし待ち伏せの対象がこちらではなく階段から降りてくる誰かと言う可能性もある。……このまま進むか迂回するか。アナタはどう思う?」


 えぇ~。そこで俺にふるの? 俺は戦術家でもないただの高校生なんだけど。…………しかしどうしたもんか。


「……ちなみに真正面からぶつかったとして突破できそうか?」

「相手の人数や装備にもよるから一概には言えないけど…………アナタを守りながらでもおそらく平気。ただし無傷かどうかはアナタ次第ね。最低限自分の身を守れるのなら問題はないでしょうけど」


 自分の身ね。そう言えばスケルトンとは実はまだ戦ったことないんだよな。ああ見えて実は滅茶苦茶強いということはないだろうな。


「……スケルトンって強さで言ったらどのくらいなんだ?」

「そうね。……スピードで言ったら牢にいた鼠凶魔の方がかなり上。力もそこまですごいってことはないわ。奴らの厄介な点は、とにかく数が多いことと暗闇でも関係がないこと。だから明かりはなるべく絶やさないように。こちらだけ暗闇で見えないということを避けるために必ず光源を二つは用意しておくことね」


 鼠凶魔より弱いなら何とかなりそうだ。あとは、


「あとボーンビーストの方はどうだ?」

「こちらは鼠凶魔よりもスピードもパワーも上。一体でスケルトン数体分と思った方が良いわ」


 と考えると、実質待ち伏せはスケルトン十体分くらいの戦力ということになる。こっちの戦力は俺とエプリとヌーボ(触手)。俺は鼠凶魔の一、二体なら何とか戦えたし、ヌーボ(触手)は言わずもがな。エプリも数体くらいなら物の数ではないとか言っていたから、数字の上ではスケルトン十体までなら引けはとらないということになる。


「………………よし。このまま突破しよう。この戦力なら何とかなりそうだし、迂回して時間をかけても食料と体力がなくなっていくだけだ。なら行ける時に行った方が良い」

「……私も同意見よ。では、作戦を立てましょうか」


 俺達は移動しながら対スケルトン用の作戦を立て始めた。





「……準備は良い?」

「ばっちりだ」


 スケルトンが陣取っていると思われる部屋の手前。ギリギリ中から察知されない通路の途中の曲がり角で、俺達は作戦の最終確認をしていた。


「まず、私が先に入って部屋全体に“強風ハイウィンド”を使いスケルトン達の動きを止める。部屋全体にかけ続けるのは大体十秒が限界だから、アナタは動きの止まったスケルトンから順に銭投げで仕留めていって。出来ればボーンビーストが最初の奇襲で仕留められれば一番だけど、位置取りなんかの関係もあるから出来ればで良いわ」

「それで十秒経ったら一度通路に引っ込み、追ってくる奴から一体ずつ倒していくと。広い部屋でそのまま大人数相手にしても不利だもんな」

「そういうこと。部屋の入口には“風壁ウィンドウォール”をギリギリ通れる強度で張っておくから、一度に来られる人数には制限がかかる。幸い二人とも遠距離攻撃が出来るし、近づかれるようであればそのスライムの出番よ」


 そこで俺は身体に巻き付いているヌーボ(触手)を見る。どうやら俺達の話はしっかり聞いているらしく、会話の中でうんうんと頷くように動いていた。


「……では今から私が五数えたら突入する。アナタは更に三秒経ったら突入。“強風”が切れる時に合図するから、それまでになるべく多く倒して。……では行くわよ」


 そうしてエプリはカウントを始める。一、二、三、四、五っ!


 五を数えるのと同時に、彼女は一人通路を飛び出して部屋に突入する。俺もここでカウントを開始。エプリが出てから三秒待って突入だ。一、二……。


「作戦中止っ!! 入ってこないでっ!!」


 俺が三をカウントする直前、先に入っていたエプリが鋭く叫んだ。すると、


「ゴアアアアァッッ」


 突如として凄まじい轟音。いや、これは咆哮か? しかも、これは生きていないスケルトンやボーンビーストにはまず出せない、怒りと殺気に満ちたものだった。そう。


「…………マズイっ!!」


 俺はエプリの言葉を無視して突入した。そうしないと、何かとてもマズイことになる予感がしたからだ。角を曲がって部屋に入る。


 そこは凄まじい様相を呈していた。ここにいたスケルトン達は見るも無残に散らばっていたのだ。ヌーボ(触手)がやったのとは明らかに違う。ヌーボ(触手)が関節部や核を狙って骨をバラしたのに対し、こちらはもっとシンプルだ。単純に、力任せに骨を砕き、圧し折り、握り潰す。

 

 どれだけの怪力があればここまでのことが出来るか? 答えは明白、一目瞭然だ。何故なら、それを現在進行形で行っている怪物が目の前にいるのだから。


「ゴガアアアァッ」


 そいつは一見人型をしていた。しかし、人でないことはその額から伸びている角を見れば明らかだ。それに普通、。肩の付け根辺りから、それぞれ一本ずつ第二の腕が伸びている。体長は前戦った鬼に比べれば一回り小さく二メートルほど。全身が緑色の剛毛で覆われ、膨れ上がった筋肉とそのシルエットからどこかゴリラをイメージさせる。


「……っ! どうして来たっ!? 入ってこないでと言っただろっ!!」


 エプリは部屋の入口でその怪物に向き合いながらこちらに叫ぶ。どうやら興奮してるらしくまた口調が変わっている。


「何か放っとくとマズイ気がして来た。だけど、この状況を見ると来なかった方が良かったかも」


 ヌーボ(触手)も俺に巻き付いたまま臨戦態勢をとっている。明らかにアレはヤバい。


「……ガウッ!」


 部屋でまだ無事だったボーンビーストが、壁を蹴って怪物に飛びかかった。完全に俺達のことは眼中になく、あの四本腕のゴリラを敵として認識しているようだ。しかし右肩に食らいつくものの、筋肉とそれを覆う剛毛が予想以上に堅くダメージを与えられないようだ。そうしている内に、左の第一、第二腕にがっしりと掴まれて肩から引き剥がされる。


「ゴ、ゴアアアッ」


 そのままそれぞれの腕でボーンビーストの前脚と後脚を掴むと、勢いよく胴体から引き千切る。胴体のみになって床に落ちたボーンビーストに、トドメとばかりに四本の腕を重ねてアームハンマーを叩きつける。


 巻きあがる粉塵。床には直撃したところから放射状にヒビが入り、衝撃で一瞬周囲が軽い地震のように揺れる。腕を持ち上げたあとにあったのは、粉々に破砕されたボーンビーストの残骸のみ。


「……今からでも逃げられないかね? あんなのとは戦いたくないんだけど」

「無理だな。アレは意外に俊敏だった。普通に逃げても追いつかれる可能性が高い」


 俺の提案をエプリは即座に却下する。……かと言って、あんな四本腕ゴリラと戦うなんて冗談じゃないぞ。


「ゴアッ。ゴガアアア」


 これは非常にマズイ。アイツ完全にこっちをロックオンしやがった。……って、アレって!?


 よくよく見れば、ゴリラの胸元に何か光るものが見える。牢の巨人種の男に埋め込まれたものと同じ禍々しい輝き。……ってことはあれも元人間か?


「…………一つ聞くんだけどさ。あれもクラウンの仕込んだ何かだったりする? あの牢の巨人種の人みたくあちこち埋め込んでいたりとか?」

「……さあ? 私が奴に雇われたのは最近のことだから、その前のことまでは分からない。私もヒトを凶魔化させるなんてことはあそこで初めて知ったからな。内心凶魔化した時は驚いた」


 エプリもあのゴリラのことは知らないと。しかし、もし牢の鬼と同じなら、胸の魔石を取っ払ってしまえば戻せるかもしれない。最悪戻せなくても倒すことは出来るはずだ。狙ってみる価値はあるな。


「……来るぞ!」

「ゴガアアアッ」


 相手の動きを察知してエプリが警告する。そして向かってくるゴリラ凶魔。スケルトン達と戦うはずが、ややこしいことになってきた。


 こうして俺達は、頼りになるイザスタさんもディラン看守もいない状態で、鬼退治ならぬゴリラ退治をすることになったのだ。…………どうしてこうなった?

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