第33話 エプリのアドバイス
ひとまずだが、エプリに支払う報酬の件はまず前金で千デン。そしてダンジョンを脱出したあとは、ダンジョン内で手に入れた金になりそうな物を売却した利益の二割ということで決着がついた。
前金一万デンは冗談だと言っていたが、俺が払えるようであればそのままぶんどっていた気がする。あと成功報酬を固定額にしないのは、俺がそこまでの金を持っていなさそうだかららしい。……間違いではないが何とも釈然としない。
さて、そうしてエプリを道先案内人にダンジョン脱出を目指す俺達なのだが。
「……前方しばらく行くと分かれ道。右に行くのが最短だけど…………おそらくスケルトンが二体か三体途中にいる。真っすぐだと遠回りになるけど、近くに動くモノのない部屋があるわ。どちらに行く?」
「戦闘は避けよう。真っすぐだ」
「……了解。先行するわ」
と、このようにエプリの先導によってスケルトンを避けつつ進んでいた。エプリの探知能力は凄まじく、多少の時間が必要なものの周囲の通路や部屋の大まかな構造、更には動くモノの有無などまで高い精度で把握できた。
「…………近くにモンスターはいない。ここは安全そうね。一度休憩にしましょう」
「そうだな。そろそろ一休みするか」
俺達は部屋の中に誰もいないことを確認して中に入る。部屋は六畳間程度の広さで、相変わらず明かりらしい明かりもない。手に持ったなんちゃって松明(二本目)と、エプリの周りに飛ばしている光球だけが唯一の光源だ。
現在時間は午後四時。何だかんだで二時間は動き続けた。俺は加護のおかげかあまり疲れていないが、エプリは探知と斥候の両方をやっているから負担も大きい。少し休ませた方が良いだろう。
「……ここまでは順調ね」
エプリは壁に背を預けて軽く息を吐いた。よく見れば額に汗が浮き出ている。俺は松明をそこらの石で固定すると、持っていたハンカチをエプリに差し出した。ここに来る前から持っていたものだが、意外にこれまで一度も使う機会がなかった。だから遠慮なく使えるはずだ。
「……やけに良い布地ね。ありがとう」
「いや、礼を言うのはこっちの方だ」
汗を拭うエプリに対し、頭を下げて礼を言う。実際彼女が居なければ、俺だけではここまで来るのに相当な時間がかかっていただろう。それに途中でスケルトンとも何度もぶつかっていただろうし、エプリには本当に世話になっている。
「別に。雇われたからには全力を尽くすことにしているだけ」
エプリはぶっきらぼうに言うが、本当に助かっているのだから頭を下げるのは当然だと思う。
ちなみにヌーボ(触手)は俺の身体に再び巻き付いている。一応起きてはいるようだが、本体の移動速度はそこまで速くないので自分から再び巻き付いてきたのだ。目覚めた直後はエプリの姿を見ていきなり臨戦態勢になったが、俺の話を聞くと少しだけ落ち着いた。
「この階層の出口だと思われる場所は探知した限りでは二つ。おそらく登り用階段と、下り用階段ね。登り用階段の方から風が吹き込んでくるから、ひとまずはそちらに向かっている」
エプリは懐から水筒を出して水を飲みながら言う。休みながらでもこれからのことを説明しようというらしい。
「階段までの時間は最短距離を行ってもまだ数時間はかかるわ。実際は途中スケルトンなどの邪魔が入るだろうからもっと。加えて言えば登り階段が即出口とは限らないから、どうしてもどこかで一泊する必要がある。アナタ野宿の用意は?」
「それが、持っていたんだけど牢獄に置きっぱなしだ。食料も牢を出てから補充するつもりだったから数日分しかない」
ちなみに牢を出所しようとした朝。『勇者』お披露目の祭りのために囚人も朝から食べ放題ということだったので、何度もお代わりしてこっそり保存食になりそうなパンや水を換金していたりする。それを出せば数日は保つ。少しずつ食べれば一週間はいけるだろう。
「私も大差ないわ。食料は非常食だけ。それも二日分といったところね。元々こちらもすぐに撤退するつもりだったから準備はなし。どのみち急いでここを脱出しないと動けなくなるわ」
確かに。ここまで見かけたのはスケルトンばかり。ボーンビーストは見かけていないが、それにしたってどれもこれも骨ばかり。野生の獣なら何とか倒して食べるということも出来るが、骨では食べる部分もない。このダンジョンは地味にやっかいだ。
「……そう言えば、エプリは何でまたクラウンと一緒に? 雇われたって言ってたけど?」
「……私が元とはいえ雇い主の情報をペラペラ喋るとでも? そんなことをしていたら評判に関わるわ。それより今のうちに食事でも摂っておきなさい。まだ先は長いから」
気になって聞いてみたがバッサリ切られた。傭兵としては秘密厳守と言うのはとても良いことだが、出来れば今はペラペラ喋ってほしかった。エプリはまた懐から何かを取り出すと、そのまま口に放り込んでもぐもぐしている。俺も食べとくか。貯金箱を操作してパンと水を取り出すと、一部をヌーボ(触手)に渡して残りを自分で食べ始める。ヌーボ(触手)は身体が小さくなった分、食べる量も少しで良いようで助かった。
…………何故かエプリがこちらを見てくる。そんなにおかしかっただろうか?
「……何だよ? そんなにじろじろ見られると食べにくいんだけど?」
俺はたまらずに聞いてみる。そう言えば最初に使ってみせた時も見てたな。牢でも貯金箱を取り出したところは見てただろうし、そんなに驚くことでもなさそうなんだけど。
「…………アナタ。それは何の加護かスキル?」
「何ってその…………空属性……みたいなもの」
女神から貰ったなんて説明もしづらいしな。嘘を言うのも心苦しいし、ここは空属性
「……へぇ。
「…………えっ!?」
そうなのっ!? つまり俺は、使えないはずの魔法を平然と使っている変な奴じゃないか。そりゃあエプリだって見るよ。
「……誤魔化さないで。こちらも雇われた以上全力でアナタを脱出させる。そのためには雇い主に何が出来て何が出来ないのか、ある程度は知っておく必要があるの」
そう言うエプリの眼は真剣だった。別に騙そうというのではなく、純粋に脱出の可能性を上げるために訊ねている。
「……そうだな。考えてみれば俺が異世界から来たって知ってるわけだし、こんな状況じゃ隠し立てすることに意味はないよな。……話すよ。俺の能力は……」
俺は“万物換金”と“適性昇華”の加護について説明した。もっとも、“適性昇華”は俺の推察に過ぎないし、アンリエッタのことも伏せなくてはならないからかなり不完全になったが。実際にそれぞれの加護を使ってみせることで、エプリも少しは納得してくれたようだった。
「“万物換金”と“適性昇華”……ね。どちらも使い方によってはかなり使えそう。特に“万物換金”の方はダンジョンとは相性が良いわ」
「どういう事だ?」
「スキルのアイテムボックスも使えないから、ダンジョンに入る際は少なくとも十日分の準備をしておくのが基本よ。だけど荷物がかさばる上に、ダンジョン内で見つけた宝やモンスターの素材なんかも持たなきゃならない。専用の荷運び、ポーターを雇うことも多いけど、その分全体の取り分は減ってしまうしトラブルの元にもなる。だけど、“万物換金”の加護ならその問題は大半が解決する」
エプリのその言葉に、俺は額に手を当てて少し考える。“万物換金”だからこそ解決する問題…………そうか。荷物運びが格段に楽になる。
「この加護なら荷物はかさばらないし、宝や素材もその場で換金すれば良い。ポーターを雇う必要もないってことか」
「そう。取り出す時に金がかかるらしいけど、それで少し金が減る以外は問題は解決するわ。今回は脱出が優先なのであまり使わないけれどね」
おう! 扱いづらかった能力も、遂に役立つ時が来たのか。今にして思えば、普通に活躍したのはイザスタさんの私物を換金した時ぐらいだった。それ以外は貯金箱でぶっ叩いたり、咄嗟にクッションを出して壁に叩きつけられるのを防いだりと普通じゃない活躍の仕方だったからな。
「“適性昇華”の方はシンプルに手札が増えたと考えれば悪くはないわ。威力はなくても使えるというだけで大分違うもの」
…………なんだろう? さっきまで散々酷い目にあわされたけど、今になってエプリの評価が爆上がりしているような気がする。これは一時的とはいえ味方になったことによるものなのだろうか? なんだかんだ言って雇い主のことを気にかけてくれるし。仕事ぶりも申し分ない。
「…………何? その目は?」
「いや。エプリって良い奴だなって思っただけだ。加護のアドバイスもしてくれたし」
知らず知らずの内に彼女を見つめていたらしい。先ほどとは立場が逆になっている。訝しげな顔をするエプリに俺がそんなことを言うと、
「…………言ったでしょう。私はただ雇い主を脱出させるために必要だから聞いただけ。どうせここを出るまでの関係よ。……話は終わり。もう少ししたら出発するから、口を閉じて身体を休めておくことを勧めるわ」
そんなことを言って、エプリは壁によりかかったまま目を閉じる。そうやって人を心配するところが良い奴だと思うんだけどな。俺はまたヌーボ(触手)にと一緒にパンを齧り始めた。そして、その中でまた考えてしまうのだ。
このエプリが、何故クラウンと一緒にあんなバカなことをやったのかと。
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