第32話 短い間の協力者

「それでこれからどうする? 戦うのは勘弁な。俺は女の子を殴る趣味も殴られる趣味もないから」


 ひとしきり転げ回ったあと、俺はすくっと立ち上がって言った。今までの醜態をなかったことにするかの如くビシッとした立ち姿だ。……手遅れ? あっそう。


「……一応聞いておくけど、そこで眠っているスライムが一体でスケルトン達を倒したって本当? 私達を庇いながら?」

「ああ。直接は見てないけどな。周囲に散乱した骨から俺を守るように絡みついていた。そうでもないと気を失っていたのに俺達が無事だったのに説明がつかないだろう?」

「……そう言えばその骨はどうしたの? 私が目を覚ました時には見当たらなかったけど?」

「それなら置いといたら邪魔になるから俺が預かっているよ。ほらっ!」


 俺は貯金箱を操作して、スケルトンの骨を数本とダンジョン用の核を出してみせる。手数料の一割を取られるが仕方がない。まあクラウンも牢では勘違いしてたし、これも空属性の一種って誤魔化せるだろう。きっと。


 エプリはそれを見ると何故か驚いたようだった。フードの下で一瞬息をのんだように思える。しかしすぐに落ち着くと、骨や核を手に取ってしげしげと検分する。


「…………確かについさっき採れた物のようね。アナタが私が眠っている間に倒したという可能性もあるけど……まあ良いわ。一応そのスライムがやったと信じましょう。それを踏まえてだけど………… ここを出るまでの間」


 それは、イザスタさんの時と同じく一つの大きな分岐点。この選択は確実にこれからに大きく影響する。また不意にそんな気がした。





「雇うって……ずいぶん急だな。さっきまで俺を殺すだの色々言ってなかったっけ?」

「…………気が変わっただけ。それに、私を雇うのはアナタにもメリットがある話よ」


 エプリは軽く腕を組んで壁にもたれかかりながら言った。


「まず私の目的は、早くこのダンジョンから出てクラウンと合流すること。アナタもダンジョンから出るまでは私と目的は同じ。そうでしょう?」


 俺はうんうんと頷いてみせる。俺も早くダンジョンから出てイザスタさんと合流しないといけない。


「ここが閉ざされた場所でない限り、必ず風の流れがある。例えダンジョンでも入口がある以上、私ならその風を読むことが出来る。外までの最短距離を見つけることが出来るわ。アナタはただ私についてくればいい。それが一番早くここから出る道よ」


 なるほど。本当に風が読めるのなら、それを辿っていけば入口なり出口なりにはすぐ辿り着けるわけだ。しかし、



「一つ聞きたいんだけど、それなら自分一人だけで行ってもいいんじゃないか? 何でまた俺を誘うんだ?」

「…………この風を読む技には一つ問題があって、読んでいる間高い集中が必要なの。普段ならスケルトンの数体程度なら物の数ではないし、アナタを護衛することも問題ないわ。だけど集中している時だけは無防備になるの。アナタ、正確にはアナタと一緒にいるウォールスライムにその間だけは私の護衛を頼みたいの。一体でスケルトン数体を仕留められるなら、多少は護衛として役に立ちそうだから」


 俺じゃなくてヌーボ(触手)が目当てかいっ! ……まあ分かるけどな。本体から離れてあんな小さくなったのにこの強さだ。


「……一応アナタも荷物持ちとしては期待しているから」


 俺の顔色を見て察したのか、エプリがフォローのような役割を追加してくる。……荷物持ちか。確かに『万物換金』なら擬似的な収納スペースとして活用できるけどな。しかしあれ金がかかるんだよなあ。


「私からの提案は以上よ。断るんだったらここで別れるわ。アナタを仕留めるのは…………そこのスライムと戦うのは面倒だからやめておく。……それで返事は?」


 さて、どうしようか。まずここで受けるのはこちらにもメリットはある。今エプリが言ったように、最短ルートで行けるならそれに越したことはない。それに、エプリの戦闘力はここでは相当頼りになる。なんせ散々戦った俺が言うのだ。まず間違いない。


 問題なのは、彼女はと言ったことだ。おそらく話の流れから、ここから出たらクラウンがお得意の空属性で迎えに来るということなのだろう。それなら牢獄内でエプリが殿を務めたのも多少納得がいく。仮に捕まったとしても、牢の中にも跳べるクラウンが居ればすぐに脱出できるからな。


 それでクラウンが合流したらどうなるか? …………うん。ロクなことにならないのは確実だ。襲ってくる可能性もある。そしてイザスタさんのいない状態で、クラウンとエプリの二人がかりで来られたらこちらに勝ち目はまずない。一対一でも多分厳しい。


 かと言って、ここで断って俺とヌーボ(触手)の二人旅というのも出来れば避けたい。こちらのダンジョンの特性はまだ不明だし、アンリエッタに聞こうにも丸一日連絡はとれない。それに普段ならじっくりダンジョンを調べて回りたいところだが、何の道具もなしにさまようのは流石に辛い。せめて俺の荷物があれば少しは他にも手があったんだが。


「…………やはり私のことは信用できないか。当然ね。今の今まで殺しあっていたのだもの。…………我ながらバカな提案をしたものね。……今のことは忘れて」


 答えない俺を見てエプリはそう言うと、踵を返して部屋の通路に向かって歩き出した。……俺は何をやっているんだ。彼女は一人で行くと言った。だけど本人が言っていたじゃないか。風を読むには高い集中が必要だって。このスケルトン達が闊歩するダンジョンで、奴らに見つからずにそんな高い集中が出来るとは思えない。つまり地道に少しずつ探っていくか、危険を冒して風を読むかだ。


 普通なら地道に少しずつ探っていく。だが、今の彼女は急いでクラウンと合流しようと焦っている。このままだと一人でも最短距離を探そうとするだろう。スケルトンに襲われるリスクを承知の上で。


「まっ、待ってくれっ!」


 そう考えたら急に声が出た。自分でもビックリするくらいの大きな声だ。その声を聞いて、部屋を出ようとしていたエプリも足を止めて俺の方に振り向く。


「…………俺も一緒に行く。だけど雇い主兼荷物運び兼仲間としてだ。仲間なら互いを護衛しあってもおかしくないだろ?」


 俺はそう言って手を差し出した。エプリはその手を怪訝そうな態度で見つめる。


「…………この手は何? まさか雇われる側に対価を求めるつもり?」

「違うって! これは握手って言って、挨拶とかこれからよろしくって意味のものだよ。互いに手を握り合うんだ」

「……良いでしょう。一応は雇い主になるのだから顔を立てるとしましょうか」


 エプリはそう言うと、俺の手をギュッと自分の手で握り返した。その手はほっそりとしていて暖かく、見た目と同じく戦いを生業にするとはとても思えないものだった。


「短い時間だけどこれからよろしく。荷物持ち兼雇い主様」

「ああ。ヨロシクだ」


 こうして、俺達は一時的だがちょっとややこしい関係になった。この選択がどう転ぶかは、今の俺にはまだ分からなかった。







「……ちなみに報酬の件だけど、まず前金で一万デンを頂くわ」

「相場が分からないのでお手柔らかに頼む」


 ああ。また金が減っていく。いつになったら貯まるのやら。

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