第17話 内緒話とデートのお誘い

 あわよくばイザスタさんに良いところを見せられるかもしれない。なんてちょっとした下心があった時期もありました。だが現実は。


「せいっ!」


 飛びかかってきた鼠凶魔を、イザスタさんはアッパー気味の掌打で迎撃する。そのまま吹き飛ばした鼠凶魔を別の相手にぶつけることで連携を崩し、その隙に別の個体に肘打ちをお見舞い。手刀、膝蹴り、拳打。一撃一撃を繰り出すごとに的確に鼠凶魔の数を減らしていき、遅れて向かってきた一体に華麗とも言えるハイキックを決めて見せる。


  …………なにこのアクション映画ばりの動き!? どこのカンフーマスター!? 決して目で追えないという訳ではない。何というか時代劇の殺陣を見ているかのように、とにかく動きに無駄がないのだ。一つの行動が全て次の攻撃なり防御なりに繋がっているというか。強いとは聞いていたけどまさかここまでとは。


「トキヒサちゃん! そっちに一匹行ったわよ」

「はいっ! このぉぉぉっ!」


 イザスタさんとウォールスライムが討ち漏らした鼠凶魔に俺は勢いをつけて貯金箱を叩き込む。およそ五キロはある手提げ金庫型貯金箱が直撃した鼠凶魔は、動かなくなると光の粒子となって消滅し小さな魔石を一つ残した。半ば生き物でないとは言われたが、自分達が倒した命への最低限の礼儀として拾っていく。


「そっちは大丈夫? トキヒサちゃん」


 時折こちらに確認の声をかけてくれるイザスタさんは、何十という数の鼠凶魔と戦ったのに息が乱れていない。改めて俺との実力差を感じさせられる。


「イザスタさんとスライムが大半の相手を引き受けてくれたから何とか」


 俺達は鼠凶魔が発生している場所を探るべく、奴等が出てきた方向へ突き進んでいた。前衛はイザスタさんとウォールスライム。俺はそこを突破してきた奴を担当する。まず物理耐性のあるスライムが壁を造り、一度に向かってくる数を制限。そこを抜けてきた相手をイザスタさんが各個撃破。俺の相手は更にそれを抜けてきた鼠凶魔なのだが、大半はイザスタさんとスライムが倒しているのでせいぜい一匹か二匹くらいだ。


 ちなみに同行しているのはうちの牢屋のウォールスライムだ。イザスタさんはともかくとして、俺はまだ厳密に言えば囚人に近い。普通に外にいたら他のウォールスライムに取り押さえられる可能性があった。なのでうちのスライムが同行することで、目的地まで護送するという体を装っている。……実際に鼠凶魔を多く倒しているのは事実なのであながち間違ってはいないが。


 イザスタさんの牢屋のウォールスライムは元の所で待機。この監獄は大きな環の形に造られていて、ぐるっと一周出来る構造になっている。出入口は俺が入ってきた所だけだが、万が一反対側の通路からも鼠凶魔が来た時に備えてのものらしい。


「きつくなってきたらすぐに言ってね。幸い空いている部屋は沢山有るから適当にお邪魔させてもらうから。もう疲れたって時に襲われるのが一番危ないの。早め早めに休まなきゃ」

「まだまだ余裕ですよ。それにあんまり時間をかけると他の人達が危なそうですし」


 ここまで来る途中、囚人達とウォールスライムが協力して鼠凶魔と戦うのを見た。イザスタさんによると、凶魔にも襲う優先順位が有るという。鼠凶魔はスライムよりもヒト種を優先して狙う。スライムは囚人が外に出ようとしない限り侵入者である鼠凶魔を攻撃する。そして囚人側としては、下手に逃げようとして両方を相手取るよりもスライムと協力して鼠凶魔と戦う方が得策な訳だ。


 幸い鼠凶魔は凶魔の中では弱い部類らしいので、これまでの所誰も死んでいない。しかし大なり小なり怪我をしている者は多かったし、このまま増え続けたら死人が出かねない。まったく。こちらに来てまだ一週間もたっていないのにこんな物騒な事態になるなんて。こちとら早いとこ金を貯めなきゃならないというのに。


「焦っても良いことないわよん。……やっぱり小休止をとりましょ。少しくらいなら問題ないでしょう?」


 内心の焦りが顔に出ていたのか、イザスタさんに半ば強引に近くの空き牢に入らされる。囚人が入るまでは鍵は開いているようですんなり入れた。元々中にいたウォールスライムが反応したが、同行しているスライムが触手を伸ばして少し触れるとすぐにおとなしくなる。スライム同士で状況は伝わったらしい。


「ふぅ~」


 壁に背を預けて一度座り込むと、意図せずして大きく息を吐いた。どうやら知らないうちにかなり疲れていたらしい。異世界での初めての実戦。しかも連戦だ。身体は異世界補正のお陰で軽く疲れただけで済んでいても、精神の方はそうはいかない。


「はい。お水よ」


 イザスタさんが手渡してくれた革製の水筒をお礼を言って受けとる。一度口をつけると、自分が相当のどが渇いていたことに気が付く。ぐびぐびと身体が欲するままに飲み続け、いつの間にか満タンだった水筒は半分くらいになっていた。


「す、すみません。俺ばかりこんなに飲んでしまって」


 慌てて水筒を返そうとするが、イザスタさんはどうぞどうぞと笑って受け取ろうとしない。そのまま軽く伸びをして、俺の横に同じように脚をくずして座る。ウォールスライム達は牢の入り口で待機。何か外で起きたら反応できる位置だ。イザスタさんが持っていた菓子を与えると、どちらもすぐに菓子を取り込んでしまった。エネルギーの補充はこちらもしっかりするようだ。


「さっき戦っているのを見た感じ、力や素早さは明らかに常人以上なのに戦いかたは素人のそれ。多分実戦は初めてだったりするかなぁって思うんだけど……合ってる?」

「……はい」


 イザスタさんの問いに俺は静かに頷く。以前“相棒”と山で三日間遭難した時に野生動物と戦ったことはあるが、その時だってここまでキツくはなかった。一番手強かった熊だって“相棒”がほとんど一人で仕留めたようなものだったしな。


「やっぱり! じゃあここから出所して一段落したらちょっと訓練した方が良いわね。大丈夫。アタシも仕事がない時は付き合うから」

「……何から何までありがとうございます」


 マズイ。ちょっと泣きそう。なんて良い人なんだ。普通下心があったってここまで親身にはなってくれないぜ。そのまま軽く息を整えているうちに、道中気になっていた疑問をぶつけてみる。


「それにしても、うちのスライムはやけに強くないですか? 他の所のスライムに比べて」

「そ~お? …………偶然じゃない?」


 イザスタさんはそう言って誤魔化していたが、明らかに他より強い気がする。発生源に向かっている途中幾度となく鼠凶魔に襲われたが、何十という数を一時的にとはいえ押しとどめていたのは間違いないわけで。付け加えると他の牢のウォールスライムを何体か見てきたが、どの個体よりも動きが俊敏だしパワーもある。個体差にしてはその範囲を逸脱しているような。


「………………分かったわ。トキヒサちゃんの秘密を聞いたんだもの、こっちも秘密を話さないとフェアじゃないわよね」


 俺が不思議に思っているのが分かったのだろう。イザスタさんは少し困った顔をしながらポツリポツリと話してくれた。いわく、彼女は自分が牢に入ってから毎日、自分の牢と隣の牢、つまりは俺の牢のスライムに自分の血を少しずつ賄賂として与えていたという。彼女の血はスライムにとってとても栄養があるらしく、うちのスライムが強くなったのは毎日血を飲んでいたかららしい。


「賄賂って、毎日血を出して大丈夫なんですか!? 貧血とか色々とまずいんじゃ? というよりなんでまたそんなことを?」

「血といっても一日に数滴くらいのものだから心配ないわ。賄賂の理由は元々監獄内の情報集めのため。といっても最近はアタシやトキヒサちゃんのことを他の人に報告しないでってことも加えているけど。夜中にゴソゴソするのはあまり知られたくないものね。……お互いに」


 あちゃ~。夜中にゴソゴソって言い方が引っかかるけど、俺がアンリエッタと話してることもこりゃばれてるよ。お互いにってことはイザスタさんも夜中に何かしていたのかね? まあ今は別にいいけど。


「え~っと、つまりは俺が夜中に話していたことはイザスタさん以外にはばれていないってことですかね?」

「そういうこと! 当たり障りのない報告のみしてもらっているわ。もっとも、元々あまり報告が得意な方じゃないからあんまり変わらないかもしれないけど」


 助かった。いや、別にこれがもとで何か陰謀とか騒動に巻き込まれるとかを心配していた訳じゃない。スライムが、コイツは毎夜毎夜何かブツブツ言っている危ないやつって報告していたらどうしようと、ちょっと不安だったんだ。内緒にしてくれるならその心配はないな。俺がそう安堵していると、イザスタさんがじ~っとこちらを見てくる。な、何でしょうか? そんなに見つめられると恥ずかしいんですけど。


「…………トキヒサちゃんは聞かないの? アタシの血のこととか、なんでこんな体質になったのかとか?」


 そのことか。何か付いているんじゃないかとついつい顔を触ってしまった。イザスタさんの方を見ると、普段よりも真面目な表情をしている。なのでこちらも襟を正して出来るだけ真摯に話すことにした。


「う~ん。なんとなく聞いちゃマズイかなぁと思って。ほらっ。イザスタさんって結構おしゃべりな方じゃないですか。だけど話さない一線はきっちりわきまえているっていうか。ここまで話さなかったのはあんまり話したくない話題だからじゃないかって思ったんです。さっきのことは俺の秘密を知ったからその分話してくれたって感じだったし、それじゃあ今は聞く時じゃないなって」


 俺の言葉を聞いてどう思ったのか、彼女は「そう……」と言って少しだけ瞑目する。俺もそのまま口を閉じ、そのまま一分くらい沈黙が続いた。そして、軽く息を吐きだすと、彼女はどこか昔を懐かしむように目を細めながら話し始めた。


「これは以前色々あって手に入れた……というか、こうなっちゃったというか、そんなスキルなんだけどね。この血の事を知った人は大抵は怖がるか利用しようとしたわ。こう言ってはなんだけどこのスキルは結構アレだから」


 だろうな。スライムとか限定で言えばメチャクチャ有用なスキルだ。加えて昨日見せてもらったスライムの気持ちが分かるスキルを併用すれば、スライムを手懐けまくって一大軍団を結成するとか出来そうだ。この世界ではスライムは雑魚じゃなくてかなり厄介なモンスターらしいし、それを更に強化できるとすれば脅威だ。一個人でそれが出来るってだけで怖がられるのもなんとなく分かる。


「どちらでもない人もいたけど、それほど多くはなかったわね。やっぱり怖がられるのも利用されるのも面倒だから、人にはあんまり話さないようにしてるの。だからトキヒサちゃんも内緒ね!」


 自分の口に指を当てておどけたような顔で笑うイザスタさん。人の秘密を勝手にばらすなんてことはしませんとも。それがその人にとっての大事なことであれば尚更だ。俺は彼女に絶対に言わないと約束する。


「……ありがとね。トキヒサちゃん。さあて、そろそろ休憩も終わりにして先に進みましょうか」

「そうですね。だいぶ話し込んでしまったから急がないと」


 なんだかんだで十分くらい休んでしまった。だけど休みながらイザスタさんのことが聞けたのは大きなプラスだ。俺達は牢の外へ注意しながら出る。


「それにしても、これでアタシとトキヒサちゃんはお互いの秘密を知る深~い仲になったのよねん。出所したらデートでもしましょうか。うふふふふ」


 何故だろう? この言葉を聞くとなんだか一瞬背筋がゾワッとした。何というか肉食獣にロックオンされた小動物の気分というか。……うん。気のせいだよな。俺は軽く頭を振って気合を入れなおすと、再び鼠凶魔の発生源の探索に向かった。と言っても直ぐにイザスタさんとウォールスライムが先頭に戻ったのだが。なんか情けない。

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