第16話 初戦闘はネズミ退治
つい弱気な本音がポロリと出たのを見抜いたのか、角ネズミは二匹同時に飛びかかってきた。だがこれは想定の内。
「こっちは勇者らしい剣も盾もないけどな……代わりにこれがあるんだぞっ!!」
俺は角ネズミ達の動きに合わせて空中から貯金箱を取り出した。そのまま上部の取っ手の部分を掴み、片方の角ネズミに向けてカウンターで叩きつける。ボキッと何かが折れるような音がして、角ネズミは壁に衝突する。見れば角が半ばから折れていて、身体はぴくぴくと痙攣している。あれなら戦闘不能だろう。そのままもう一体の突撃を貯金箱を振るった反動を利用してギリギリで回避する。
「見たか。これぞ秘技
俺はなるべく強そうな雰囲気を醸し出しながら残った角ネズミに話しかける。正直このまま帰ってくれれば万々歳だ。言葉は通じないかも知れないが、戦わずに済むならそれに越したことはない。だが、
「ギ、ギギャアァァッ」
それでもこいつは突っ込んできた。その瞳はいささかも怯えを感じさせず、映るのは只々狂気のみ。自分の命を守ることよりも相手の命を絶つことを優先するその様子に、むしろこちらの方が一瞬だけ驚愕で動きが止まる。
「やばっ。かわし切れない」
必死に身をよじるが、どう頑張っても身体のどこかにあの角がぐっさりといくコース。刺さったら凄まじく痛そうだ。俺は迫りくる痛みを覚悟して歯を食いしばる。
次の瞬間、目の前に突如として一枚の壁が出現する。いや、よく見れば壁でなく、この牢屋に常駐するウォールスライムだ。身体を大きく広げることで、向かってくる角ネズミをそのまま包み込んでしまう。外で戦っていた同種のスライムと同じやり方だが、明らかにこちらの方が動きが早くサイズも大きい。瞬く間に包み込まれた角ネズミを沈黙させてしまう。
「……ふうっ。ありがとう。助かったよ」
スライムに礼を言うと、角ネズミを包み込んだまま身体をふるふると震わせて反応する。
「どうってことないって言ってるんじゃな~い?」
「そうなんですか。……ってイザスタさん!?」
は~いと朗らかに返すイザスタさん。颯爽と立つその姿はとてもさっきまで穴にはまってもがいていたようには見えない。……いや、そうではない。何故、
「何で
「フフッ。さあてどうしてでしょう。……なんてね。そんなに悩むことでもないわ。ただうちのスライムちゃんに開けてもらっただけ。看守の役目もあるのなら、いざという時の為に牢を開けることも出来るでしょう?」
いささか強引な論法の気もするが、そういうものなのかと一応納得する。実際外には出ている訳だしな。
「……っ!! そうだ。外の角ネズミ達は?」
まだ外には二桁を超える角ネズミ達がいたはずだ。何匹かは外に出ていたウォールスライムに押しとどめられているだろうが、また何匹かこちらに来てもおかしくない。だが、牢の中から辺りを伺ってみるも先ほどの角ネズミの奇声が聞こえない。遠くの方で何やら悲鳴や怒号のような声は聞こえるが、近くにはいないようだ。
「スライムちゃん達が頑張ってくれたからね。ここら一帯の安全は確保されたんじゃないかしら。トキヒサちゃんは怪我はない?」
「何とか。それにしてもあの角ネズミ達は何なんでしょうか? やたら攻撃的で話も通じないし」
「そうねぇ。……話すより見た方が早いわね。トキヒサちゃん。ちょっと後ろを見てもらえる?」
俺の疑問に対しイザスタさんはそう返してくる。後ろ? 俺は少し警戒しながら振り向いた。
「これは……!?」
そこには………………先ほど散らかった菓子を少しずつキレイに吸収していくウォールスライムの姿が。なんというか床がもうワックスをかけたようにピッカピカになっている。……いや流石にこれじゃないだろう。先ほど倒した角ネズミのことだよな。うん。
気を取りなおして角ネズミの方を見てみると、そこで倒れている角ネズミの身体から、光の粒子のようなものが吹き出している。やがて角ネズミが力尽きて動かなくなると、そのまま全身が光の粒子となって消えていった。そのあとには小さな光る小指の爪サイズの石が落ちている。
「これは凶魔といって姿形は千差万別だけど、共通する特徴に真っ赤に充血した眼と身体のどこかにある角。それと異常な程の凶暴性があるわ。これはもうさっき体験したわよねん?」
俺は黙って頷く。確かにあの凶暴性は異常なものだった。生物は本能的に自分の命を守る傾向があるけど、あれにはそれがなかった。常に捨て身で向かってくる奴は恐ろしいものがある。
「凶魔は生き物というより、肉体を持った魔力、または現象というのが近いわね。だから傷つけばそこから魔力が漏れ出すし、肉体を維持できなくなったら消滅してしまうわ。核となっている魔石を残してね」
魔石というのはこの光る石のことか。一応拾っておく。待てよ? これどっかで見た記憶が……。
「魔石はこの国じゃあ日常的に使われるわ。炊事洗濯に照明器具。燃料としても使われるし、言わば生活の要ね。まぁあまり長いこと放置しておくと、場合によっては凶魔に戻ってしまうこともあるから注意が必要だけど」
なるほど。通りで見覚えがあると思ったらここの照明だ。なんて軽く考えていた俺だが、最後の言葉を聞いてギョッとする。この石をずっと持っていたらまたあの角ネズミになるのか!? というよりこの牢屋の照明もそのうちなるんじゃ!? 俺の考えたことが伝わったのか、イザスタさんは茶目っ気たっぷりに笑いながら首を横に振った。
「魔力が貯まりすぎないように定期的に使えばまず凶魔にはならないわ。それこそ少なくとも一年近く放っておくくらいじゃないと。……だからこそこんな所で凶魔が大量に出るなんておかしいのよねん。定期的に確認もしてるはずだし……まあ調べればはっきりするわね」
そう言うとイザスタさんは、牢に背を向けて歩き出そうとする。
「ちょ~っとそこまで行って原因を調べてくるわ。どこから出てくるかぐらいは調べておかないとね」
「ちょっ!! 待ってくださいよイザスタさん」
俺は咄嗟にイザスタさんを引き留める。何をいきなりふらっと散歩にでも行くかのように歩き出そうとするんだこの人は!?
「なあに? アタシのことならなら心配しないでいいわよ。ちょっとした荒事には慣れてるし、お姉さん結構強いのよ。それにここにいればトキヒサちゃんのことはスライムちゃん達が守ってくれるわ」
「いやそうじゃなくて、俺も一緒に行きます。どのみちこの騒動が終わるまでは出所できそうにないし、さっきのであの角ネズミ……凶魔のことも少しはわかりました。次は何とか戦えます」
実際動き自体ははっきり見えていたし、相手が捨て身で向かってくるのは驚いたが、それもどういう奴か分かっていればやりようはある。
「どれだけ数がいるか分からないし、今のネズミ以外の凶魔も出るかも知れないわよ。あんまり沢山いたらお姉さんも周りに気を配れなくなるかも。それでも行くの?」
イザスタさんが心配するのも当然だ。身体のスペック自体はかなり上がっていても、不測の事態はいくらでも起こる。さっきみたいにちょっとした隙を突かれてピンチになることも十分に有り得る話だ。だけど。
「それでも行きます。どのみちただここで待っているのは性に合わないし、俺もこんなことになった原因を知りたいですから」
イザスタさんは少し考えて「分かったわ」と苦笑しながら言った。ただし、決して許可なく自分の前に出ないこと。危ないと思ったらすぐに逃げることの二つを約束させられたが。
これから助けてもらう女性を一人危険地帯にやって、自分だけ隠れてるっていうのはマズイだろ。男としても人としても。それにいくらイザスタさんが腕が立つといっても、あれだけの鼠軍団を相手にしたらピンチになるかもしれない。少しでも恩返しが出来ればこれからの関係もより良いものになるはずだ。
そうして俺達は、牢を出て事態の原因究明のために出発したのだった。
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